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【閑話】いっぱい食べるキミが好き


「そうだ。これは言っておかなければいけませんでした」


 サバナスとの打ち合わせを終えたカチーナが、最後に何か思い出したらいし。


「なにか打ち合わせに漏れた話が?」

「はい。食事に関してです」


 モカは近々、王子の婚約者として王宮へと住まいを移すこととなる。

 その打ち合わせをしていたのだが、どうやらカチーナは相談をし忘れていたことを思い出したようだ。


 それが食事についてのようだ。

 モカが住まいを移したあと、食事を準備するのは王宮の料理人たちだ。


「確かに重要ですね。何か食べられないモノなどがおありですか?」


 好き嫌いは当然として、体調的なところで口にできないものもあるかもしれない。

 毒が混ざらずとも、口に出来ないモノをうっかり口にして体調を崩してしまえば、それは調理した料理人の首が飛びかねない。


「好き嫌いに関してはございません。美味しければ何でもござれな方ですので。

 貴族向け、平民向けも特に気にされません。料理によっては平民向けのモノの方を好む場合があるくらいです」

「ふむ。それであれば注意するべきコトはなさそうですが」


 言い忘れていてもあまり問題がなさそうではないか――とサバナスが首を傾げる。


「ただ気をつけていたきたいコトがございます」

「なんでしょうか?」


 それに対して、カチーナはしごく真面目な顔で告げた。


「お嬢様はああ見えて健啖家(けんたんか)でいらっしゃいます」

「健啖家……」


 箱から出てきた姿を思い出してみるサバナスだったが、あの細身の美しい令嬢に似つかわしくないワードであった為にさらに眉を(ひそ)めた。


「一般的な令嬢の食事量とされる分量など、お嬢様にとってはまさに朝メシ前。つまりは食前のおやつ。そういう扱いです」

「……なるほど?」


 言われたからには用意するつもりではあるが、サバナスとしてはやはりピンと来ないような顔をしてしまう。


 カチーナもそれを察して、少し思案した。


「ちなみに……当家夫人――ラテ様も、大変な健啖家でございます。

 健康維持、体型維持の為に、暇な時は当家の騎士たちに混じって鍛錬などをされているのもあるかと思いますが」


 言われて、サバナスはラテの姿を思い浮かべる。

 国王夫人のフレン同様にほっそりとした人物だったはずだ。


 表情には気をつけていたのだが、カチーナはサバナスが訝しんでいるのが分かったのだろう。補足するように付け加えた。


「お二人とも、旦那様より食べますよ?」

「そうなのですか?」

「旦那様がむしろ小食寄りな気もしますが」


 そう言われても、モカとラテが、ドリップス公爵よりも食べる姿というのがあまりイメージできない。


「ならもう、お一方付け加えましょう」

「そのプラスワンは要ります?」


 とりあえずモカが健啖家なのは分かったのだから話は終わりで良い気がするのだが。


「ウェイビック侯爵家のコナ様も大変な健啖家であると伺っております」

「……言われて見ればかなり食べられていた気がしますね」


 コナに関しては、サイフォンやフラスコとよく一緒にいたのを見ている。

 言われてみれば二人と同じくらい食べていた気がするのだが――


 そこでふと、サバナスは気づいた。

 モカ、ラテ、コナ……三人の共通点だ。


「……サテンキーツ家は健啖家の血筋なのでしょうか?」

「武人の家系ですからね。身体を作り上げようと栄養を欲するのではないでしょうか」

「なるほど」


 納得して、けれどもサバナスは首を傾げる。


「ラテ様は騎士たちと混じって鍛錬をされているそうですし、コナ様はそもそも騎士団員ですが……モカ様は?」

「当然の疑問ですね」


 カチーナはそこで一つうなずき、答えた。


「モカお嬢様本人から聞いた話ですが、恐らくは魔法のせいではないかと仰っていました。

 お嬢様の場合、常時魔法を発動し続けている状態です。その為、減った魔力を補う為に、身体が栄養を欲している。それが食欲になっているのではないか――と」

「それは納得出来る理由ですね」


 何はともあれ、モカの食事を作るに当たっては量を気にするべきだろう。


「食事の量の件、了解しました。料理人たちへ伝えておきます」

「はい。よろしくお願いします」


  ・

  ・

  ・


「今度、お城に住まいを移される殿下の婚約者様は大変な健啖家であるそうなので、食事の量には注意するコト


「サイフォン殿下の婚約者であるモカ様はかなりの健啖家であるらしい。量に気をつけてくれ」


「モカ様は女性にしては食べる方らしい。量に気をつけるように」


「箱姫様の食事の量には気をつけた方が良いそうだ」


「箱姫様の食事は、量を気に掛けないといけないんだよな……」


「量に気をつける……なるほど、量を制限されていらっしゃるのだな」



  ・

  ・

  ・



 王宮に住まいを移してから、初の夕食――


 届いた料理は綺麗に盛られていて、とても美味しそうなのだが。


(ち、チマっとしてます……)


 味はさすがは王宮。とても美味しい。


(でも、物足りませんね……全然)


 結局、最後まで食べても全然足りず――けれども、それを言い出せずどうしたものかと困ってしまう。


 その様子に、当然サイフォンは気づく。


「どうしたモカ? 口に合わなかったかな?」


 箱から身体を出していたモカが食べ終えた皿を見下ろしながら何とも言えない表情を浮かべていたのでサイフォンが訊ねた。


「ええっと、その……美味しかったの、ですけれど……」


 困った様子で視線だけキョロキョロさせている。

 何か落ち着かない様子のようだ。


 普段のモカらしからぬ様子に、サイフォンが首を傾げていると――サバナスが、耳打ちしてくる。


「恐らくは量が足りなかったのだと思われます。一般的な女性よりも食べると伺っておりますので。

 多めにするよう伝えていたのですが、どうやら伝達のミスがあったのかと」


 なるほど。

 それを言い出せずに困っていたのだろう。


「モカ、足りなかったのかな?」

「それは、その……」


 恥ずかしそうにする姿は可愛いが、今はその姿を堪能する前に言っておかねばならないことがある。


「モカ、オレは量を食べるコトをはしたないとは思わない。

 それに、足りなければ足りないと言ってくれ。まだ王宮の厨房はキミに関しての情報が全くないんだ。

 キミにとっての適切な量、好み、そう言った情報が正しく持たなければ、厨房も適切な料理を作れない」

「……はい。その、足りなかった、です……全然……」


 俯き加減で顔を真っ赤にしながらそう口にする姿は愛おしいが、食事が足りないのは頂けない。


「そうか。ならば追加の料理を貰おうか。

 だが、それが多くても少なくても面倒だしな……」


 サイフォンは少し思案してから、サバナスに声を掛ける。


「サバナス。モカからカチーナを借りて一緒に厨房に行ってくれ。

 それとモカ、カチーナを借りるぞ?」

「え? あ、はい。それは構いませんが」

「カチーナ、キミなら適切な量を把握しているだろう。厨房に伝えて欲しい」

「かしこまりました」


 そうして、サバナスとカチーナが持ってきた量は、ちょっとサイフォンの想定よりも多かった。


「なるほど。現役騎士並に食べるのだな」

「…………」


 サイフォンにそう言われてしまうのが恥ずかしいのだろう、モカは俯いてしまう。


「良いコトだ」


 そんなモカを気遣うように、背中を押すようにサイフォンは笑う。


「え?」

「俺がコナとは幼馴染みなのは知っているな?」

「え? ええ」

「彼女は幼少期から騎士を目指していたし、俺や兄上と一緒に剣術の鍛錬もしていたほどだ。共に食事をすると、俺たちと同じ量を食べていたんだ」

「そう、なのですか……」


 確かに、コナならそれぐらい食べるか――とモカは納得する。


「だから俺にとって、女性もそのくらい食べるモノだという認識が最近まであったんだよ」


 苦笑するように、サイフォンは続けた。


「だから、女性の多いお茶会や食事会に参加した時、みんなが思った以上に食べないのを見て驚いたんだ」


 そう言って、サイフォンはくつくつと笑う。


「そのコトを母上に話したら、『サテンキーツの女性と一般の女性を比べるのはダメ』と言われてしまったよ。

 母上のあの言い方からして、ラテ様もかなり食べる方なのだろう?」

「えーっと、はい……」

「なら、それでいいじゃないか」

「サイフォン様……」


 顔を上げて、モカがサイフォンを見る。


「先ほどまでの食べている時のモカは幸せそうで、見ているこちらも嬉しくなってくるほどだった。

 キミがいっぱい食べるというのなら、俺がそれを眺めていられる時間が延びるというコトだ。

 悪いコトなんて何もないだろう?」

「ありがとう、ございます」


 ようやく立ち直ったような顔をしたモカは、改めて頂きますと口にしてカトラリーを手にした。


 サイフォンはそんな様子をじーっと見つめ――


「あの、サイフォン様?」

「なにかな?」

「ずっと、見つめられるのも……落ち着かないのですが」

「気にしないで食べるといい」

「えーっと、その……はい……」


 何か言いたげなモカだったが、特に何も言わずに手と口を動かす。

 その様子が、さっきに比べてぎこちないのを分かった上で、サイフォンは楽しそうに彼女を見つめている。


(ひー……なんか、恥ずかしい……。たすけて、カチーナ……!)


 思わず視線でカチーナに助けを求めたものの、カチーナはとても澄んだ良いモノを見れたという顔でモカを見ているだけだった。


(か、かちーなまで……サイフォン様の味方してるの……?!)


 結局、モカは最後まで見つめられたまま食べ続けることとなったのだった。


 途中から、料理を味わうことよりも、羞恥が上回ってきて、味がよく分からなくなったとは、後日のモカ談である。



 ――なお、食事中にサイフォンが眺めてくるのは日常的な光景になったので、しばらくしたら慣れたそうである。



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