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【閑話】カチーナなら出来てしまうのだろうな

ニコラス翁戦決着~結婚式 までの間のお話

ネタバレは少ないのでコミカライズで興味を持ってここを開いた人でも大丈夫……な、はずです


 私の結婚の準備が着々と整っていく日々の中、ふと思うことがある――


「カチーナって、いつまで私についてきてくれるの……?」


 朝起きてすぐの時間。

 髪を整えてくれているカチーナが目を瞬いているのが、鏡越しに見えた。


「なにがご不満がありましたでしょうか?」

「そうじゃなくて……。

 結婚、したあとも……ついてきてくれるワケでしょう?」

「はい。もちろんです」


 揺るぎない様子で、カチーナがうなずく。

 その揺るぎなさが時々、不安になることがあるんですよね。


「カチーナは、結婚とか考えていないの……?」

「ああ――そういうコトですか」


 彼女は私よりも年上です。

 まだ行き遅れと呼ばれるような歳にはなっていないものの、ずっと私についてくるということは、その年齢を超えてしまうのではないだろうか――という申し訳なさがあります。


 それに――


「お嬢様は、当家の――ロジャーマン家についてのコトも考えていらっしゃいますね」

「うん。ロジャーマン家は、後継ぎがカチーナしかいないでしょう?」


 ――カチーナ自身が口にする通り、ロジャーマン家の後継者の問題もある。


「あと、エクセレンスの理事長だって」


 従者育成機関エクセレンスという学校の管理をしているのはロジャーマン家です。

 当主の仕事と一緒に、こちらの学校の理事長もまた、ロジャーマン家の当主の仕事になっていますから。


「そうですね……父はまだ現役でいけると息巻いてはおりますし、実際まだまだいけるかと思います。ですが、だからといって後継者を気にしないワケにはいきません」


 私の髪の毛をセットする手は止めないまま、カチーナは穏やかな様子でうなずく。

 それから、穏やかな表情のまま――だけど芯を感じさせる調子で告げる。


「私はいつまでもお嬢様にお仕えしたいです。

 同時に、私を養子にし、実子のように育ててくれた両親への恩返しとして、家とエクセレンスを継ぎたいとも思っています」

「カチーナ、それは……」


 思わず振り返ろうとしてしまい、カチーナが私の頭を押さえた。


「お(ぐし)が乱れてしまいます。動かないでください」

「うん、ごめんなさい……でも、カチーナ……」

「はい。お嬢様の言いたいコトは分かります」


 カチーナは私の髪を整えなおすと、よし――と小さな声を上げる。


「終わりました。動いて大丈夫ですよ」

「いつもありがとうカチーナ」


 お礼を告げて、それから改めて私は振り返った。


「でも、実際のところ……その三足のブーツを履いて、仕事をするのは……大変だと思うけど」

「そうでしょうね。それは理解しています。

 まぁ、やってやれないコトはないと思っていますよ」

「やってやれないコトはないと、思える時点ですごいと思うけど……」


 正直――それを全部こなしていたら、忙しすぎて休む暇もなさそうです。


「うーん……色んな仕事を、振りすぎている私も……悪いのかもしれないけど、カチーナのワーカーホリックっぷり……は、日に日に酷くなってない?」

「そうですか? 余り自覚はないのですが……」


 その仕事に対する真面目さと情熱の根幹には、カチーナなりの感謝と恩義が大きいというのは分かるのだけれど。


 とはいえ、私のことを意識しすぎて婚期を逃されてしまうという状況も、あまり私は好ましいとは思えない。


 すこしだけ考えて、私は少しわざとらしく訊ねる。


「ロジャーマン男爵令嬢は……気になる殿方などは、いらっしゃらないのですか?

 必要とあらば……ドリップスの名で、後押しなど可能です……けれど」


 カチーナは私の言葉に困ったような笑みを浮かべ、従者ではなく令嬢の顔で首を横に振った。


「ドリップス公爵令嬢におかれましては格別のお気遣いをして頂き感謝致します。

 ですが申し訳ありません。あいにくとそのような殿方はおりませんので――お気遣いのお気持ちだけ、ありがたく頂戴したく思います」


 さらりと躱されてしまいましたか。

 まぁカチーナなら、そうでしょうね。


 でも、最後に浮かべた微笑みはちょっと納得いきませんね。

 あの顔、どう見ても妹とか娘とかのイタズラに対して、仕方なさげに笑って見守る保護者の顔だった気がするんですけどッ!


 とはいえ、まぁ――これ以上は話も発展しなさそうなので、切り上げるとしましょう。


「話は変わりますけど」


 私がそう口にすると、カチーナは珍しいことに分かりやすく安堵したような顔をしました。

 なんというか、だいぶ困らせてしまっていたようですね。


「ロジャーマン家って男爵であってますよね?」

「あってますよ」


 うなずくカチーナに、私の眉間に皺がよります。

 さっき、男爵と口にして間違ってはないはずなのに、それでいいのか……みたいな感じになってしまったんですよね。


「家格と仕事が、あってないような気もしますけど……」

「王家から陞爵(しょうしゃく)の打診はあります。わりと毎年……」

「毎年!?」

「お義父様も、先代当主も、先々代当主も、そのたびに辞退しているのですよ」

「それはまた……どうして?」


 訊ねると、カチーナは先ほどまでとは異なる困り顔を浮かべました。


「従者教育をしている家が男爵であるという状況を維持したいのです」


 カチーナの言っていることがイマイチ理解できず、私は首を傾げます。


「ロジャーマン本家で直接の指導を受けるにしろ、エクセレンスに入学するにしろ、指導者の中心が男爵であるという理由でナメてかかってくる生徒を排除する為――らしいです」

「ああ、その時点で、相応しく……ないと?」

「はい。主人がもてなしているお客様の身分がなんであれ、その従者が客人に見下した態度をとってしまうのは問題外ですから」

「かなり厳しいんですね」

「そうですかね? 従者教育を受けようとしている時点で、通常の貴族以上に表情や態度を取り繕ろうという意志は大事ではありませんか? これから従者になろうとしている者が、内心はどうあれ、外側の態度や感情を取り繕えないとなると、この仕事は難しいですので」


 あ、そうか。

 カチーナは、ロジャーマン本家で、当主夫妻直々に指導された上に、途中から自分の意志でエクセレンスの最難関と呼ばれるコースを受講しているのでした。


 従者としての思考は、完全にロジャーマン流なんですよね。

 だから、従者という仕事に関しては、他者に対しても自分に対して相当に厳しい。


 ロジャーマン夫妻はカチーナに甘いですが、一方で従者の仕事に対してはとても厳しい人たちですから。

 子供の頃から公爵令嬢(わたし)に仕えることを目標としていたカチーナに対して、かなり厳しい指導をしていたのは予想できます。


 大人でもシンドイと聞く指導に対し、音を上げないどころか、むしろ貪欲にあらゆることを吸収してきたらしいカチーナは、完全にロジャーマンに染まってるんでしょう。


「それに納得がいかないなら――別に当家やエクセレンスでなくとも、従者教育は受けられますので」

「な、なるほどー……」

「そうはいっても、エクセレンスは国内の教育はもちろん、昨今は周辺諸国からの留学希望者も受け入れてますからね。

 一種の外交商材にもなっている為、王家としても何もしないワケにはいかないというコトで、裏では国から優遇して頂いておりますよ」


 エクセレンス運営で必要な備品などの補充額への補助金などは出ているそうです。


 でも、そうなると少しややこしい気もしますね。


「その辺りの立ち回りに……理解出来ない人って、ロジャーマン家でお仕事するのって……難しいですよね?」

「そうですね。結果として、従者だけでなく武官も文官もその辺りを理解できない方にはご遠慮してもらっているので、総じて優秀な人が多いかと」

「いっそ、エクセレンスを複合教育機関にしちゃえば……っていうのは、ちょっと無責任すぎますね」


 忘れてください――と口にしようとして、カチーナの目が輝いているのが分かりました。


「悪くないかもしれません。しかしそうなると、準備するべきは……」


 ロジャーマン家の利益に繋がりそうな内容を耳にしたカチーナが思考を回し始めます。


 うーん……こういう姿を見ると、カチーナが結婚するには、デキる女であるカチーナに嫉妬しない殿方であるのが大前提になってきてしまいますね。


 加えてロジャーマン家の抱える特殊な事情に順応できるかどうか……。


 そうなると、結局カチーナは一人で全部こなすようなことになってしまいそうだけど。

 とはいえ――


「カチーナなら、三足のブーツ生活も……やっぱりなんとかできちゃいそうですね」


 ――そう、思わず独りごちたのは、カチーナの耳に届いたらしい。


「はい? まぁそのつもりではいますが……」


 少し困ったように、考えるように、カチーナが告げます。


「でも、三足履きつぶすのが難しそうなら……見つけるつもりではいるんですよ。一応」

「見つける? 何を?」

「理想の殿方を、ですかね」

「え?」


 予想外の言葉に、私は目を瞬きます。


「私の仕事について来れて、ロジャーマン家のあれこれを理解し立ち回れる……それでいて私がお嬢様にいつまでも仕えたいという思いを邪魔しないでくれるような、そういう方を。

 ああ――世継ぎについても考えるなら、私のように表情と態度が冷たく面白みのない女であっても、(ねや)を共にして頂けるような方であれば、なお良いですね」

「カチーナ……私より貴族らしいよね」


 苦笑しながらそう口にすると、カチーナは少しきょとんとした顔を見せました。


「そうですか? 別に恋愛結婚は否定しませんし、憧れや興味がないワケでもないですよ?

 ただ優先順位としては、お嬢様や実家に関するコトの方が上にくるというだけです」

「そこに興味あるっていうの……ちょっと意外かも?」

「……まぁ、お嬢様に限らずそう思われている自覚はありますが……」


 はぁ――とカチーナは嘆息するのを見て、私は思わず笑ってしまう。

 確かにそういう誤解をされやすい人ではあるよね、カチーナって。


「ともあれ、見つかるといいね……そういう人」

「お嬢様、違います。必要な時は見つかればいい……ではなく、必要な時は絶対に見つけるんです」


 だいぶ真剣な眼差しで言われ、私は笑うしかありません。


「ほんと、カチーナならできそうだよね……」


 カチーナのことだから、絶対どこからともなくそういう人を見つけてくるんだろうな……って、思わずにはいられませんでした。

 それでも一応、訊ねてみます。


「候補はいるの?」

「まぁ……いなくなくはないかも、と言ったところでしょうか?」


 おや?

 ちゃんと目星はつけてるあたり、さすがはカチーナですね。


 どんな人かは気になりますが、そろそろ朝食の時間です。

 今日はとりあえず、この辺りでとどめておきましょうか。


 カチーナが目星をつけているのはエクセレンスの時に知り合った同世代の男性「レックス・ホーセン・アウルシグル」さん。

 カチーナは意識してませんでしたが、彼の方はカチーナをライバル視していました。

 そしてカチーナが彼に何かしたワケでもないのですが、ライバルであるカチーナに負けるたびに悪感情を募らせていっている人です。でもカチーナはその悪感情を向けられていたのに気づいてません。

 カチーナがモカに仕えるようになってから、彼とは顔を合わせる機会はなく、やや忘却気味。結婚について考えだした時に、優良物件かもしれない……と思い出した次第。

 一方で彼の方は、片時もカチーナを忘れたコトはなく、ライバルとして敵としてしっかりと認識してるんだけど、最近会えないし何してるかなー? まだライバルたり得る能力を維持してるかなー? 次会う機会にリベンジしっかりしないとなー! でもアイツももっとすごいやつになってると嬉しいなー、でも次会った時は絶対嫌がらせしてやるぜ! だから久々に会いたいなー……みたいに悶々としているらしい。レックス君、君のそれはもう恋では?



===


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