第11箱
本日2話公開。
こちらは本日の1話目です。
成人会でサイフォン王子と接触できてテンションが上がり気味のまま、過去に思いを馳せていましたが、冷静になってきました。
王子とあのようなやりとりをした以上、少しばかり周囲の状況が気になってきますね。
私は手に持っていた本を本棚に戻すと、『箱』の中のリビングからメインルームへと移動します。
そこにあるのは、私の箱魔法によって『箱』の中に作り出された、大きな正立方体の箱です。
私はそれを『知識箱』と呼んでいて、この箱はその本体なのです。
知識箱は、その周囲にいくつも浮かぶ半透明の立方体――映像箱と私は呼んでいます――を作りだし、そこへ知識箱の情報や、先ほど見ていた王子の映像だったりなどを映し出すことができるのです。
知識箱は、この『箱』の中を楽しそうに漂っている、『知識小箱』こと通称ハココを使って操ります。
余談ですが、この『箱』の中を漂っているハココたちを眺めていると、なんとなく癒されるんです。
なので、普段使わない時は、自由にさせています。
まぁ自力でほとんど動かないので、ふわふわと漂っているだけなのですけど、そこがまたいいんですよね。
それはそれとして――
そんな複数の箱が連なる一連の魔法の箱たる知識箱。
これを用いることで『情報の海』へと赴き、様々な叡智を引き出すことができるのです。
そして叡智によって拡張されていく『箱』の機能。
使い魔ならぬ使い箱。その一つが、これから使うつもりの『見聞箱』です。
ハココもそうですが、見聞箱も、縦線二本と横線一本で描かれた顔を持つ箱です。
この見聞箱、掌サイズながらなかなかに優秀な能力を持っています。
基本的には、この箱が見聞した内容を知識箱が映像箱へ投影したりしてくれるのです。
とはいえ『箱』の外にでてしまうと見聞箱は、自力で動くことはできないので、あちらこちらへとこっそり設置してあったりします。
そして、見聞箱は私が魔力を多めに与えることで、見聞箱の背面には翼の絵が現れます。
こうなった見聞箱は、私がハココで操ることで、空を自由に飛び回ることができるようになるのですッ!
事前にどういう風に動くかの指示を出しておくこともできますが、今回はハココを使って直接操っていきたいと思います。
このハココでの操作――最初は非常に難しかったのですが、今は、操作にも馴れ、よそ見しながらでもかなり動かせるようになりました。
さて、そんな飛行状態の見聞箱でまず収集したい情報は、サイフォン王子の様子――でしょうか。
タイミング的にはそろそろ自室に戻っている頃でしょうし、見聞箱を飛ばしてちょっと覗いて見るとしましょう。
私は知識箱の乗った机の前に座り、『箱』の中に漂うハココの一つに手を伸ばしてたぐりよせます。
それから、『箱』の外で控えているカチーナに声を掛け、見聞箱の邪魔にならないよう窓際のカーテンを押さえてもらって発進です。
私の操作する見聞箱はスムーズに宙を泳ぎ、開けられた窓から飛び出すと、王城を目指します。
地平線にその身体の半分ほどを隠した太陽が、大地を紅く染めているのが見えました。
こうやって見聞箱を飛ばしていると、空を飛ぶ鳥たちは、こんな風景をいつも見ているのかな……などと感傷的な気分になりますね。
王城の天辺よりも高い位置を飛びながら王城へと近づいていき、屋根づたい壁づたいに、サイフォン王子の部屋の側へと近づけていきます。
王子の部屋の窓は開いていて、中からカーテンが外へと靡いているのが見えました。
これはちょうど良いですね。
あそこから、ちょっと覗いてみましょう。
そうして、見聞箱を窓の近くまで移動させ、その目で部屋の中を覗き込むと――
「…………ッ!?」
私は思わず見聞箱を急浮上させてしまいました。
「…………」
い、今のは――
気持ちを落ち着けるのに合わせるように、見聞箱をゆっくりと降ろしていきます。
開いた窓。靡くカーテン。その隙間から見えるのは……
「…………」
ドキドキした気持ちと、勝手に覗き込んでいる背徳感。
様々なモノが入り交じり奇妙な気分になりながらも、私は思わず画板を凝視してしまいました。
……着替え中のサイフォン王子。
脱ぎ捨てられた礼服は、手近な椅子へと放り投げられていて、今は上半身は何も身につけていません。
王子は嗜みとして武術を習う慣習があるからでしょう。
騎士ほどではないにしろ、鍛えられた二の腕や腹筋。
情報収集が目的であり、王子の着替えを覗きみるのはイケナイコトです。イケナイコトなんですが……。
「…………」
こう、目が離せないというか、ドキドキが止まらないというか……。
わ、私は何をしているんでしょう……。
トントンと、王子の部屋のドアがノックされます。
その音で私はハッとすると、見聞箱を動かして、中の音が拾いやすい場所へと移動させました。
見聞箱の目では中を覗けない場所ですが、これでいいのです。これでいいはずです。
……もっと見たい……と、思ってしまうのははしたないことです。はい。
ハココから手を離し、私は自分の顔を両手で包みました。
どうにも熱を持っているというか、恐らく紅くなっていることでしょう。
「……はぁ……す、すごいモノを見てしまった気分です……」
独り言と共に熱を吐き出すような気分で、大きめの息を吐いて気を取り直した私は、意識を映像箱へと向けました。
本日は2話公開。
次話は20時頃の予定です。