第99箱
越冬祭が終わり、年を越え、新たな年の夏――
記録的な暑さとなったその日は、同じくらい記録的な賑わいを見せていた。
王都や王国の民のみならず、様々な国の人たちが集まり、かつてないほどの喧噪が、夏の暑さを上回る。
街の広場では、様々な踊り子たちが、代わる代わるに祝福の舞を舞う。
別の広場では、様々な歌い手たちが、代わる代わるに祝福の歌を歌う。
昨年から続く箱ブームは、さらなる加速を見せており、屋台で売られる軽食などは、何かしら箱に肖っているものばかりだ。
箱をモチーフにした工芸品がどんどん増えており、もはや流行を越え定番の名産物になりはじめている。
王都こそ一番華やかで盛大な祭りとなっているが、他の領地だって負けていない。
その筆頭が、ドリップス公爵領だ。
自領の姫が王家に嫁ぐともなれば、王都に負けず祝福しなければ――そんな領民たちの思いが、領地の祭りを盛り上げていた。
屋台なども王都の箱ブーム、箱工芸品に負けてなるものかと、気合いが入っているようで、こちらでも様々なものが作り出されている。
惜しむらくは、ドリップス公爵領の領民たちは、そんな自領の姫の晴れの姿を、当日に拝むことができないことか。
王都で時間を示す鐘が鳴る。
少し遅れて、祝砲の音が高らかに響きわたる。
王都にあるドリップス公爵家から王城正門へ向けてゆっくりと馬車が進みはじめた。
その道の両脇には騎士たちが並び、その隙間から、その馬車に乗る主役を祝福したい者や、一目みたい者たちが集まっている。
馬車に乗っているのは今日の主役の一人。
箱姫ことモカ・フィルタ・ドリップスだ。
中が伺える馬車の上、彼女の姿を見ることができる。
――そう、『箱』だ。
いつもよりも装飾が派手で美しい箱。
どうやら式典用に装飾されているようだ。
それを見ても、不満に思う者たちはいなかった。
やっぱり箱だ。
いつもより美しい箱だ。
本当に箱に入っているんだ。
箱姫ばんざい!
モカ様ばんざい!
王都の住民たちは、何事もなく箱に入った花嫁を受け入れているのである。
多くの国民たちに見守られながら、箱姫を乗せた馬車はゆっくりと王城の門を潜っていった。
これから、城の中で王子と結婚の誓いなどを交わしあうことだろう。
それらが終われば、二人の国民へ向けた挨拶が行われる。
その時を楽しみにしながら、国民たちは再びそれぞれの過ごし方へと戻っていく。
そして、合図の鐘の音が響いた。
また祝砲の音が響きわたる。
王子と箱姫の挨拶の時間がきたことを示すものだ。
待ってましたと、多くの人たちがそれを見ようと、集まっていく。
王族が挨拶などに使ういつものバルコニー。
国王バイセインが軽い挨拶をし、一歩引くと、二人の名前を口にした。
バルコニーの奥の扉が開く。
婚約発表の時は、箱姫は箱から腕だけ外に出して、王子にエスコートされていた。
それ以降も、たびたび姿を見せては、その姿は箱だった。
だからこそ――国民はだいぶ馴れている。
入城する時の馬車の上でも箱だったのだ。
華麗にドレスアップした箱が姿を見せても驚かない。そんな覚悟を国民の誰もが抱き、奥より姿を見せる新郎新婦の姿に注視する。
だが、その覚悟を上回る衝撃に、国民だけでなく王を含めた貴族たちすらも驚愕する。
――絶世の美女がそこにいた。
サイフォン王子にエスコートされ、その女性はゆっくりと歩いている。
絹糸のような美しい光沢をもつ青みがかった銀髪が緩やかにたなびく。
眩しげにも嬉しげにも見える細められた目から覗く赤い瞳。
時折、見せてくれていた手から想像通りの華奢なシルエット。
職人が作り上げた細工のようなその姿は、すぐに手折れてしまいそうなほど儚げで――
そんな彼女の姿をより引き立てるドレスや装飾の数々も相俟って、見る者の目を奪う女神のような姿だった。
王子の挨拶を聞きながら、誰もが箱姫の本来の姿に見惚れていると、彼女の肌が徐々に赤みが帯びてくるのが見て取れた。
暑さによるものではなさそうだが、遠目からでもハッキリとわかるほど赤くなっていく。
「さぁモカ、君からも挨拶を」
王子から手渡された拡声の魔心具を受け取るなり――
「ご、ごめんなさいっ!!」
そう叫んで、どこからともなく、いつもの箱を呼び出すと、彼女はその中に吸い込まれるように消えていった。
(箱キタ――――――ッ!!!!)
だが、それを見ても国民たちは驚かない。
むしろ、入城の時よりもさらに装飾が増え、より美しくなっている箱に感動を覚える者がいる始末。
そんな国民たちの様子を知ってか知らずか、箱姫様のおずおずとした声が響き始める。
「わ、わたしは……人前にでるのが、箱がないと……怖くて……。
こんなわた、わたしですが……王子を支えられる妻として……妻として……」
最初はたどたどしかった言葉は――
けれども、覚悟を決めたような顔で、箱から胸より上を外へと出しながら紡がれる言葉は、ハッキリとしていた。
「このような変わり者を愛して下さる王子の為に、そしてこのような変わり者を受け入れてくださる皆さんの為に、王子の伴侶としての責務を果たすべくがんばっていきたいと思います」
彼女のその姿は文字通り一生懸命という言葉に相応しいものに見え――
「よくぞ、がんばったモカ。
どれほど苦手なものであっても投げ出さず責務を全うしようとする其方が伴侶になってくれて、本当によかった」
挨拶のあとで、王子より告げられた言葉に、照れるようなはにかむような笑顔を浮かべたモカは、それを見ていた国民の多くの心を奪う。
その為、少しだけタイミングがズレてしまったのだが、広場に集まっている誰かが声をあげれば、みんなが便乗しはじめる。
「サイフォン殿下、モカ様、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「サイフォン殿下ばんざーい!」
「箱姫様ばんざーい!」
言葉は伝播し、広がり、皆が口々に声を上げていく。
それにあわせて、誰かが手のひらサイズの小さな箱を高く高く放り投げる。
投げられた箱型の使い捨て魔心具は、頂点で制止すると、白く輝き、やがてポンという小気味良い音を立てて弾けると、美しい花びらが広がり風に舞う。
それは一つだけではない。
色んな場所から空へと放り投げられ、ポンポンと音を立てながら、花びらを無数に広げていく。
「サイフォン様の仕込み、ですか?」
「いいや、全く知らない。いつの間にこんなものが……?」
戸惑う二人の側へ、赤い髪の侍女がやってきて、民が投げるモノと同じような箱を二人に差し出した。
「箱ブームにより生まれたパーティグッズだそうです。
そして、お二人用の特別仕様のモノを預かっております。是非とも二人に投じて頂きたいとのコト」
王子と箱姫はそれを受け取りながら、微笑みあう。
「誰の仕込みなのか、どういう原理の魔心具なのかなど……今はどうでも良さそうだな」
「そう、ですね。今は共に、投げるコトにしましょう」
二人が重ねる手のひらの上に、小さな箱が一つ乗る。
魔心具の起動に必要な魔力を少しずつ込めあい、そして――
「では、いくぞ」
「はい」
二人は息を合わせて、それを天高く放り投げる。
頂点に達した箱は、ひときわ大きく輝き、ひときわ大きい音をたてながら弾けると、ひときわ大量の花びらが飛び出してきた。
その花びらは、二人を祝福するように王都中に舞い落ちる。あるいは、風に乗ってどこまでも飛んでいきそうだ。
空に舞う花びらを見上げながら、サイフォンは箱から生えるように上半身を出しているモカの肩を抱く。
モカはそれに抵抗することなく、サイフォンに体重を預け――
晴天に舞う花びらの数が少数になるまでの間、二人は嬉しそうな幸せそうな様子で、それを見上げ続けるのだった。
ついに結婚に至りました٩( 'ω' )و
明日からエピローグ編となります
1話1話が短いので、明日の更新でまとめて公開する予定です
最後まで、お付き合いよしなにお願いします。