第98箱
「……それでモカ。ニコラス翁に認めて貰ったのは嬉しいけれど、君は彼とどんな話をしていたのか気になるんだが」
「モカちゃん。私も気になるわ」
ニコラス様がこの場を離れ、パーティ会場のざわめきも落ち着いてきたところで、サイフォン様とお母様がそんなことを訊ねてきました。
まだこの場に居るフラスコ王子やティノさんも興味がありそうです。
ちなみに私はすでに『箱』の中へと戻り、被りモノを脱いでいます。
「サイフォン様のマネをして、当日ギリギリまで……色々してただけです。その答え合わせを、したようなモノ……ですよ」
「建国祭の時の仕返しのつもりかい?」
「そんなつもりはなかったのですが……結果的にそうなってしまったのは、謝罪します……」
「いや謝罪は必要ないのだが――なるほど……こんなにも君は不安でいたんだな……」
難しい顔をするサイフォン様ですが、横にいるお母様は納得した様子がありません。
「もうちょっと詳しく教えてくれないの?」
「えーっと……。情報収集と根回しの成果の報告、でしょうか?」
「ダンディオッサ侯爵が来る直前に話をしていた切り札という奴ね。
でも実際は切り札そのもよりも、切り札になりうる情報を得られる実力があると、認めてもらった感じかしら?」
「はい。お母様の認識で、だいたい合ってます。
その上で……ニコラス翁の、考えていたコトを含めた……過激派の行動やその他色々の、答え合わせをした感じです」
「その結果がアレなのね……。
全く、ここまでされたら文句も言えないわね。ニコラス様に認めて貰うどころか現職に復帰させちゃうんだもの……」
呆れたような感心したような顔をしてから、お母様は『箱』を見つめます。
「ここまでされたら認めないワケにはいかないわね。
個人的には認めないって言っていたコト、私も撤回するわ」
お母様にも認めてもらえたようです。
これで、後顧の憂いはなくなりました。
「サイフォン殿下。改めて、モカのコトをよろしくお願いいたします」
「こちらこそだ、ラテ殿。
モカを傷つけるようなコトはなしない。それを女神でも国でもなく、他ならぬモカの母である貴女に誓おう」
あまりにも堂々と宣言するサイフォン様に、私は恥ずかしくなってじっとしてられなくて、ついついキョロキョロと周囲を見回してしまいます。
その時、ふとサイフォン様を見るフラスコ王子が視界に入りました。
彼の顔は、ホッとしたような、嬉しそうな、覚悟を決めたたような、何とも言えない顔でした。
そして――フラスコ王子が何か言い掛けましたので、私は箱から小さな旗を取り出して、それで彼の口をふさぎます。
「もが……っ、何をするッ!?」
「決意のこもったお言葉……何かを仰りたいのかと、思いますが……。
ですがそれは……相談もなしに、口にして良いコトで……ないのではありません、か?」
何となく根回しとかが必要な重要な感じのことを勢いで言いそうだったので……なんか咄嗟にやってしまいました。
でも、間違いではなかったと思います。
「モカ様の言うとおりですよ、フラスコ殿下。
ここで何かを宣言すれば、婚約破棄騒動の繰り返しとなります」
「ティノ……」
「まずは人気のないところで、私に相談してください。
私だけで不安でしたら……そうですね、ラテ様。相談に乗っていただけませんか?」
「ええ。私で良ければ」
フラスコ殿下は、周囲を見回し一つうなずきます。
「またオレは失敗しそうだったのだな。すまん。
助かったぞ、モカ。
ティノ、ラテ殿。悪いが……相談に乗って欲しい」
そうして、フラスコ殿下はお母様とティノさんを連れて、個室の方へと向かっていきます。
「モカ、兄上の相談内容はわかるか?」
どこか不安そうなサイフォン様。
それに何と応えるべきか――私は言葉を選びながら、答えます。
「わかりません。わかりませんが……私の推測が正しければ、ニコラス様の仕掛けは、必要なかったのかもしれません……」
「全く……君はどこまでニコラス翁の手を読んでいたんだ?」
不思議そうに、興味深そうに訊ねられますが、実際のところ私もよくわかってはいないのです。
「わかりません。読めているのか、読まされているのか……正直、勝てた実感も薄いのですけど……」
「だが勝ちは勝ちだ。もっと喜ぼう。お互いに」
それは間違いありません。確かにもっとちゃんと喜ぶべきですね。
だから、私はちょっとだけ顔を出して――それから万感の思いを込めて、うなずきました。
「はい。改めてよろしくお願いします。サイフォン様」
「ああ、こちらこそ。モカ」
サ、サイフォン様……。
人前で髪に触れるのは……そのはしたないと、思われてしまうのでは……。
いえ、嬉しいは嬉しいのですけど……恥ずかしくもあって……その……。
何はともあれ、今年の越冬祭――私とサイフォン様にとって、もっとも良い形で、幕を閉じるのでした。
………
……
…