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第97箱


「そういう意味ではサイフォン殿下は羨ましいですな。

 儂がまだ若ければ、モカ嬢をこの場で口説いていたかもしれませぬ」


 やっぱり。

 そして確信しました。

 ニコラス様とサイフォン様はそっくりです。色んな意味で。


 とりあえず話題を変えましょう。

 結界の外にいるとはいえ、サイフォン様は何やら視線が険しくなっています。男性だからこそカンづく何かがあったのかもしれません……。


「あの、ニコラス様。その、暴いたコトは……怒らないのですか?」


 あまり上手いとは言えない露骨な話題の変え方ですが、ニコラス様は気にした様子もなくうなずきました。


「怒る理由など特にはないな。

 防音の結界まで使って場を用意してくれたのは、君なりの気遣いなのだろう? 君はあくまで答え合わせがしたかっただけだ、違うかね?

 それとも、暴いた秘密をもって、婚約を認めさせるかい?」


 そして逆に問い返されて、私は少し考えます。

 私がここで婚約を認めさせるだけだと、労力と利益が釣り合ってない気もします。


 この問いもまた、私に王族の妻となる資質を問うものだとするならば、可能な限りの利を引き込む選択と回答をする必要があるのでしょう。


「仰る通り、答え合わせがしたかっただけです」

「だが――敢えて問わせてもらうがね――脅しや取引の材料に出来る情報であろう? なぜ使わぬ」


 そう問われて、私は少し考え、そして答えを口にしました。


「認めて、もらうコトを……強要するのは、認めてもらうのと……違う気がしますので」

「外交などでは認めさせてしまえば勝ちだぞ?」

「でも、このやりとりは……外交では、ありませんよね?」


 ただただ私とサイフォン様の婚約を認めないのであれば、どんな情報を突きつけようと、どれだけ上手く立ち回ろうとニコラス様は認めないでしょう。


 でも、ニコラス様は純粋に殿下兄弟と、その妻になるだろう私やティノさんたちの資質を試したかっただけ。

 私は自分が出来ることを提示しただけにすぎません。


 そう考えた時、私の用意した『ニコラス様の孫(切り札)』というのは実際には前哨でしかなく――本当の切り札たりえるのは、そこまでたどり着いた私の能力そのもの……かもしれません。


「……であれば、こちらがその情報に対して良きに計らって欲しいと、そう望んだ場合、君はどうするつもりだったのかね?」


 ニコラス様のその言葉をもって、この舌戦は私の勝利だということなのでしょう。ですが、勝敗と婚約を認めてもらうことは別問題。

 認めて貰えるかどうかは、このあとの対応次第でしょう。


「協力して、いただける……のでしたら、そのように。

 そのメモだけでなく、ニコラス様のコトに……関しても」


 実際、ニコラス様の立ち位置はダンディオッサ侯爵が捕まったことで大変危うくなっています。

 何らかの形で彼との繋がりが明るみに出てしまうと危険ですから。

 だからこそ、そういう危険も良きに計らいますよと、私は答えたのです。


 口にした言葉はだいぶ足りていませんが、ニコラス様にはそれで充分通じたことでしょう。


 その上で、チラリと周囲を見回し――お母様とサイフォン王子を目にして、自分の中の考えに確信が持てたようです。


 だからこそ、今度こそ本当に彼は白旗を揚げてくれました。


「貴女は王族の妻に相応しい資質をお持ちのようだ。婚約を認めましょう。モカ嬢――いえ、モカ様」


 ようやく、その言葉が引き出せました。


「箱に引きこもっているデメリットを上回るだけの能力を見せて頂きました。それだけでなく、自分の弱みを克服しようとする気概もある。

 ……まぁその被りモノはどうかと思いますがね」


 私は思わず大きな安堵の息を漏らしそうになりますが、ここはグッと堪えます。


「婚約を認める以外に、こちらから出来るコトはございますか?」


 ニコラス様は私を自分の上の者として態度を改めましたので、それにあわせて私もニコラス様に対する態度を少し変えます。

 ……と、いいますか、ここで変えないと叱られてしまう気がします。


「では、ニコラス翁の……現場復帰を望みます」

「理由を伺っても?」

「ダンディオッサ侯爵が、捕まりました。

 それに併せて……ルアクが色んな情報を、様々な筋に……売ります」


 ニコラス様はハッとしたような顔をします。


「人手が一気に、減るコトでしょう……。優秀な、人材が……必要です。

 国の為、汚名を被ってまで膿出しをする……その覚悟があるのですから、それくらい……良いですよね?」

「そこまで読まれておりましたか」


 これこそが、ニコラス様の――ティノさんを支援するのとは別の――もう一つの目的です。


 そして、彼がティノさんとの関係を公にされたくない一番の理由。


「王よりも、国に忠誠を誓っている愛国者……という情報と、最近の立ち回りに、妙な食い違いを感じていたので……」

「その通りです。

 ダンディオッサ侯爵へ助言の名目で誘導し、最後は梯子を掛けたまま儂が自白することで、彼と彼に関わっていたターキッシュ伯爵のような者共を一網打尽にする――そんな計画でした」


 概ね、私が推察していた通りのようです。

 ニコラス翁は、国に忠誠を誓っている。だからこそ、国の害になる者たちを排除したかった。

 それこそ、老いた自分の命一つを代償にしても構わない覚悟で。


 そんな人だからこそ、隠し続けた孫という自らが原因の火種など望んでいないのです。

 ティノさんを守りたいという思いと同じくらい、ウラナ様やティノさんのことを表に出すわけにはいかないと、立ち回ってきたのでしょう。


「ですが私たちが……その計画を狂わせ、ダンディオッサ侯爵は、先に捕まってしまった。しかもターキッシュ伯爵らもです」

「ええ。こうなると儂が特に何もせずとも芋蔓式に膿出しが完了してしまいますな」


 同時に、悪事に手を染めつつもそれなりに仕事をしていた人たちが減るのですから、仕事量が一気に増えるのが目に見えているのです。

 だからこそ、ニコラス様のような有能な人材を放っておくワケにはいきません。

 

「だからこそ、ニコラス翁のように、引退された……有能な方の再雇用、検討したいと……思っています」

「その先駆けになれと仰いますか」

「はい」


 それと、単純に人材の問題もありますが――


「フラスコ殿下へ……隠密技能を持った女性を、けしかけたコト……その目的は、復職した方が……達しやすいのでは?」

「そこにも気づいておりましたか。

 個人的に言えば、フラスコ殿下は王侯貴族よりも冒険者か何でも屋でもしていた方が大成しそうな器だと思ってはいるのは事実ですが……。

 それよりも、その目的を達する場合――貴女が、いずれ王妃になるコトが確定するという類のお話だと理解してのコトですか?」

「その覚悟がないように、思えます……か?」


 ――フラスコ王子の進退の話も関わってきてしまいますからね。

 

 私一人で抱えるには重いですが、さりとてサイフォン様に抱えて貰うには話題が話題ですので、ニコラス様に一緒に抱えて欲しいというのが本音です。


「一緒に、ティノさんを……守る為の手も、打てるので……一石二鳥ですよ?」


 加えて、ダメ押しとばかりにそう告げれば、ニコラス様は本当にお手上げとでも言う様子で、笑います。


「モカ様にそう言って貰えるのであれば心強い」


 それから、優しいお爺様というような表情を浮かべました

 ただその表情は、孫を自慢したくてしようがないお爺様のような顔に見えなくもありません。


「先ほどは面白い女だと言っていましたがね……。

 劣悪な状況でもへこたれず、弱みを見せず、明るく突き進んで行こうとするコンティーナの姿を見ているうちに、可愛くて仕方がなくなっていったのも事実でしてな」


 あ。孫を自慢したくてしょうがないお爺様のよう……ではなく、そのものズバリみたいですね。


「とはいえ、名乗り出るワケにも堂々と手を貸すワケには行きませんからな……迂遠に支援していたワケですが……。

 今ここでもって、それをしていたコトが無駄ではなかったと証明して頂けたようで、晴れ晴れとした心地です」


 孫は宰相だろうと、殺し屋だろうと、諜報員だろうと、冒険者だろうとなにをやらせても一級品になりますよ――と言うニコラス様は完全に孫かわいいだけ、孫自慢したいだけのお爺様です。


 実際その優秀さを目の当たりにしてるので、否定する気はありませんけど、ちょっと盛りすぎ感もあります。


 そういえば――そのティノさんのお母様に関してはどうなんでしょう?


「あの、ウラナ様は……」

「若い頃はいざ知らず、結婚してから腑抜けとなりましたからな。

 なにも考えぬまま破滅の崖へ旦那と共に駆け向かって行くアレに、今更こちらより差し伸べる手などありません」


 娘であるウラナ様に関してはバッサリと切り捨てました。

 本当に、孫のティノさんだけを助けるつもりだったようです。


「ともあれ、孫を助ける為の手を打ってくれるというのであれば、喜んで手をお貸ししますよ」

「ありがとうございます。そういう約束を、ティノさんとも……していますから」

「失礼ですが、モカ様と孫のご関係は……?」


 純粋に疑問を抱いたのでしょう。

 ニコラス様からの問いに答えようとして――それを口にするのを僅かにためらいました。

 でもきっと、私が抱いた感情はそこまで間違っていないはずです。


「友達、です」

「そうですか。孫にも良き友がいるようで安心しました」


 結局、彼のティノさんへ不自然な対応は、遠回しに彼女を守るためだったというだけです。


「もうティノさんを守る方法と、自分の計画とをせめぎ合わせる必要は……ありません」

「我ながら苦肉の策が多かった自覚はありますが、そこも気づいておられましたか」


 分かりづらい上に、考えようによっては雑にも見えるその対応は、自身の愛国心からくる計画とせめぎ合った果ての答えだったのでしょう。


「それにしても、モカ様の魔剣は人の心や考えすらも覗きこめるのですか?」

「それが……可能だったなら、私はきっと……箱の、もっと奥深くに……引きこもり、こうやって……外になんて、出て来なかったと……思います」

「なるほど。それは儂であってもそうでしょうな」


 そうしてニコラス様は膝を突き、私に対して王族へするような礼を見せました。


 瞬間――ガラスの割れたような音と共に周囲の音が戻ってきます。

 ニコラス様が礼をしたタイミングで、カチーナが結界を解除したのでしょう。


 ニコラス様だって結界が消えたことは分かっているはずなのに、敢えてそのまま告げました。


「モカ嬢――いえ、モカ様。(わたくし)めの完敗にございます。

 先日のパーティでの発言を撤回し、婚約を認めさせて頂きたく思います。お望みの通り、現職への復帰も致しましょう。

 また私は私の目的の為、モカ様を利用させて頂きます故、モカ様におかれましても、貴女様の目的の為に、存分に私を利用してくださいませ」


 ザワリとパーティ会場が湧きます。

 その光景を見ていたお母様までもが驚きに目を見開いているのが確認できました。


 サイフォン様はむしろ信じてくれていたようで、満足げな笑顔です。


 このまま……このまま箱の中に隠れてしまいたいのですが、ここで何も言わずに箱に戻るのは大変よろしくない状況なのですが……。


 よく見ればニコラス様はみんなに見えない角度で大変良い笑顔を浮かべているではありませんか。

 つまるところ、これは彼なりの敗北したことへの意趣返しのようなものなのでしょう。


 仕方がありません。

 精一杯、それに相応しい態度で応えようではありませんか。


 背筋を伸ばし、精一杯の淑女の笑みを浮かべ、穏やかにたおやかに、私はそれを口にします。


「ありがとうございます、ニコラス翁。

 今後ともよしなにお願いしますね」


 完璧です。私史上最高に完璧な対応だった気がします。

 周囲のざわめきが大きくなっていく中、胸中でガッツポーズです。


 そんな中、カチーナが魔法を使って、本来は届かない距離からとても小さな声を送ってきました。


『被りモノがなければ完璧でしたね』


 ――実際は、私史上最高のやらかしだった気がしてきました……。


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