第95箱
「ニコラス様。コンティーナさんは、貴方のお孫さん……ですよね?」
――まっすぐに、堂々と、私はその手札を切ります。
「…………」
それを受けたニコラス様は、慌てることも騒ぐこともしません。
彼は私を真っ直ぐ見つめたまま、ゆっくりと髭をしごいています。
こちらの振る舞いがどこまで通用しているのかはわかりません。
ニコラス様は私の心中を探るというワケでもなく、私の言葉の真偽を吟味する様子もなく、真っ直ぐに、私を見ています。
ややして私から視線をズラしました。
その視線の先にいるのは、恐らくはティノさん。
最後に私へと視線を戻した一瞬、様々な表情が入り交じった顔をした後、深い笑みを浮かべて訊ねてきます。
「確かにそれが事実であったのならば、儂の経歴に大きな瑕が付くな」
本来の血筋とは別のところから生まれたお孫さん。
それが示すのは、どこかにニコラス様の不義の子がいるという事実。そしてその不義の子がティノさんの両親のどちらかということになります。
さらには、ティノさんの両親の実家――その祖母のどちらが、ニコラス様との不貞を働いたのか……など、問題がどんどんと波及してしまうのです。
当時に発覚すれば当人同士の問題で済んだかもしれませんが、孫まで生まれてしまっている現代では大きな問題となるでしょう。
「だが、その程度の瑕など今更気にはせんぞ?」
「そう……ですね。ただの醜聞だけでしたら、そうでしょう……」
だけど、ニコラス様は先王の弟君。つまり王族の血を引いている方。
「メモにも書きました通り……国内の余計な火種となるなら、ニコラス様の計画……それにも、悪影響がでます、よね?」
問えば、ニコラス様は小さな笑みを浮かべます。
「なるほどなるほど。だからこそ、公表しない代わりに結婚を認めろと言われたら、うなずかざるを得ない……か。
確かに楽しい話ができそうだ」
これが事実であった場合でも、ニコラス様としては自分の瑕になることも、貴族界が大騒ぎになるのも望まないことでしょう。
ですがそれ以上に、ニコラス様は国内が荒れることや弱ることを望まないはず。
だからこそ、取引が成立するというものです。
とはいえ――
「さて、最初に訊ねたいのだが――認める認めない以前に、まずどうしてそう思ったのか訊いても良いかな?」
――彼があっさりと認めてくれるとは思っていません。
ですので、こう返されるのはある程度想定のうちです。
一つ一つの嘘と真実を重ねながら、言葉を紡いでいくとしましょう。
「まず、考えるキッカケとなったの……は、先日のパーティの……時です」
私や王子兄弟には苦言を呈しつつも、ティノさんに関しては一瞥だけで終わってしまった時のこと。
それを説明すれば、髭を撫でながらニクラス様は首を傾げます。
「儂は勘違いする者を炙り出したかっただけだぞ?」
「そうですね。それも、ニコラス様の目的の一つ……でしょう?」
「ほう?」
髭を撫でる仕草を止め、ニコラス様が目を眇めました。
私はその鋭い眼光に怯んだ素振りは見せないように、小さくうなずいて告げました。
「ニコラス様が、王ではなく……国に忠誠を誓っている愛国者、という点をふまえれば……その目的に、気づくコトは可能です」
これはティノさんとニコラス様の関係とは異なる話です。
ですが、どうしてニコラス様がフラスコ王子派閥を密かに後援するように動いていたのかの動機になるところではありますね。
「引退されてからも、ずっと……暗躍されていたのですよね。
国の害に、なりうる人たちを……炙り出す為に、さまざまな手段を講じて」
その在り方、立ち回りは私がこの先、王族の妻として振る舞うのにも大変参考になるものだと思います。
だからこその敬意を込めてそう口にすれば、ニコラス様は困ったような嬉しいような複雑な表情を浮かべました。
「そこの答え合わせはまたあとにするとしよう。
今は、儂とコンティーナ嬢の関係の話だろう?」
思い切り話題を変えられました。
まぁでも、そこを突く気はないので、私は素直にうなずきました。
ニコラス様がそれでいいなら、そうしましょう。
「ともあれ……その時の様子が気になり、私はコンティーナさんとニコラス様について……色々と、探るコトにしました」
「そして何か分かったのかね?」
「いえ、全く。その時点では……何も分かりませんでした」
「意外とアッサリ認めるのだな」
「その時点では、何も分からなかったのは事実……ですから。
強がったり……誤魔化す意味のある、タイミングでもないですし」
逆に言えば意味があるタイミングなら、嘘やハッタリ、誤魔化しはしますよ――と取れる言葉です。
もちろん、ニコラス様はそれを理解しているはず。
だというのに、何故か私の言葉を楽しそうに聞いています。
「では、儂とコンティーナ嬢の関係を疑うキッカケになったのはいつなのかね?」
「本当に……些細なキッカケなんですよ。事前に、お二人について調べていた……だからこそ偶然思い浮かんだ、些細なコトです」
そう、思いついた時点ではただのこじつけ。
いえ――今の時点でも、それから大きく変わったわけではないかもしれません。
それでも私は、余裕を持ってその時のことを口にします。
「道楽屋ニックの活躍した頃と、ティノさんの母君ウラナ様の生まれた時期が近いな……と。何となく思っただけの、モノです。
それに初めは……結びつけたワケではなく、もしかしたらの可能性として……実はみんなが勘違いしているだけで、ウラナ様は……子爵のお手つきの子では、なかった可能性が……あるのでは、と」
「本当に些細なキッカケだな。そこからよくもまぁここまで思考を飛躍させたものだ」
「飛躍させる要因になったのは、ニコラス様ですよ?」
呆れたような顔をするニコラス様に、私は被りモノの下で悠然と笑って返します。
「なに?」
ニコラス様の顔が顰められ、片眉がピクリと跳ねました。
「ただそれは、失言とかでは……ありません。世間話の一端、でした」
「世間話だと?」
「先日のパーティで、若い頃は女性に良く手を出していた……と。
それを、思い出した時……荒唐無稽と思いつつ、可能性の道筋は……生まれましたので……」
「なるほど、儂とニックが同一人物である可能性か。
だが、その時点では荒唐無稽だと自身で思っていたのだろう? それでも調べたというのか?」
訝しげなニコラス様。
それに対して、私は淑女らしい笑みと態度を保ったままうなずきます。
「はい。荒唐無稽ながら……ニコラス様の態度や、様子に……一番、筋が通る仮説だったので……」
付け加えるのであれば――
「ニックさんとして、ティノさんを見て……孫を思い出す――と言った時の様子も、仮説の補強になりました。それどころか、ニコラス様とニックさんが……同一人物だと確信したコト。
それが自分の中で仮説もまた……確信になる要因になりましたね。
そうなれば……あとは、裏付けになるモノを……調べるだけです。調べモノは、得意ですから」
実際、証拠らしい証拠がそこまで揃っているわけではないのですが。
でもそれを悟られぬように、淑女らしい笑みと態度で、私は答えました。
「なるほどなるほど。
君の思考過程は理解した。だが足りぬな。それでは、まだ儂とコンティーナ嬢の関係を決定づけるモノがない。
よもや、それを語れるような証拠がないと言うまいな?」
……まぁなんと言いますか、ご指摘の通り無いんですよね。困ったことに。
だけど、私はそんなものなどおくびにも出さないよう振る舞います。
ある意味で、ここからが本当の勝負と言えるでしょう。
「人の口に……扉を付けるコトは可能でしょう。でも、鍵を掛けるコトは叶いません。やがて……扉から抜け出した言葉は、勝手にサロンへと飛び出していく、そういうモノでは……ありませんか?」
そう告げた瞬間――鋭い眼光が私を射抜きました。
こちらの言った言葉の意味を正しく理解してくれたようです。
「ふむ。孫の話が事実であった場合、儂は情報を操作し隠そうとするだろう。手前味噌だが生涯完璧に隠蔽し通す自信はあるぞ?」
ええ、その通りです。
ニコラス様の情報操作は完璧でした。綻びなんてありません。
それに何度も情報収集を試みましたが、ティノさんの祖母であるカフヴェス子爵家の使用人さん本人が、カフヴェス子爵の子――ティノさんの母ウラナ様――を産んだと思っていますからね。
ティノさんのお婆様から情報を探る手段も取れませんでした。
なので、少しだけ嘘を付きます。
「でも……ニコラス様の監視から外れたところで、ウラナ様を……カフヴェス子爵ではなく、道楽屋ニックの子ではないかと……疑う人物が、一人でもいたら、破綻しませんか?」
「なんだと?」
その瞬間、ニコラス様の迫力が大きく増しました。






