第93箱
コミカライズ3巻が昨日発売になりました!٩( 'ω' )وよしなに!
「それにしても、すごい方々が集まっておりますな」
この場に集まっている私たちを見回しながら、ニコラス様が笑います。
ニコラス様だってそのすごい人の一部に含まれると思いますが。
それを口にしても、本人は自分はもう引退しておりますので――などと言うのでしょうけれど。
「ルチニーク閣下、先日のパーティ以来ですな」
「ああ、ダンディオッサ侯爵。君も元気そうでなによりだ。
あと、閣下という肩書きは元だ。今はただの隠居ジジイなのは君も知っての通りだろう?」
ダンディオッサ侯爵はどこか助けを求めるような挨拶でしたが、逆にニコラス様は、にべもなく躱した感じです。
それでダンディオッサ侯爵も、察するものがあったのでしょう。僅かに顔をひきつらせます。
「ところで侯爵。今し方、モカ嬢の魔法で映し出された光景は本当かね?
だとすれば、君との今後の付き合い方を考える必要があるのだがな」
そのニコラス様は、どうやらこの場で梯子を外す宣言をしにきたようですね。
ニコラス様の問いに言葉を窮するダンディオッサ侯爵を見、フラスコ王子が一歩前に出ました。
「ダンディオッサ侯爵。
貴方には勉強やマナーなどを色々と教えてもらった恩がある。困った時などは相談にも乗ってもらった。そんな貴方を手荒にはしたくない」
フラスコ王子の表情からは苦渋が見てとれます。
恩師を罰さなければならない立場というのも、非常に辛いものがあるのでしょう。
「だが、それでも――オレは問わねばならない。問い、確認しなければならない。それが王侯貴族……上に立つ者であると、そう教えたのは貴方だ」
渋面ながらも、視線だけは真っ直ぐに。
これまでのような感情的なモノや乱暴なモノはなりを潜め、覚悟と責任を背負った様子で、フラスコ王子は問います。
「ターキッシュ伯爵にも問うた内容だ。
弟の暗殺。それは誰が望み、誰が頼んだコトだ?
少なくともオレはそんな思いを抱いたコトはないし、そんな指示を出した記憶もない」
「……フラスコ殿下は、モカ嬢の魔法を信じるので?」
「今の貴方よりは信用できそうだとは思う」
フラスコ王子がそこまで意図したものではないと思いますが、王族から信用できないと言われてしまったことは、非常に大きな痛手でしょう。
「ダンディオッサ侯爵。申し訳ないのだけれど、捕らえさせていただくわ。
別に娘の魔法を信じ切ってるワケではないのよ? でも、あのような内容を見せられて貴方を放置するワケにはいかないもの」
お母様に言われ、ダンディオッサ侯爵は大きく息を吐いてから、私をみました。
「モカ嬢、一つ聞きたい」
「はい」
「貴女の目と耳はどこまで届いているのかね?」
「手の内……そう簡単に、明かすと……お思いで?」
「それもそうか」
「それでも……一つだけ言えるコトが、あるのなら……」
「あるのなら?」
これは、言っておきたい言葉です。
ダンディオッサ侯爵は、きっと理解していなかったことでしょう。
「大きな力を悪用すれば、より大きな力に潰される……。
大きな力を善用すれば、より大きな力に救われる……。
この結末は――それだけの話です」
ルツーラ嬢は自分の魔法を無自覚に悪用していた。
だからこそ、ダンディオッサ侯爵の手の者に唆され、結果として、より大きな力を持つ私やサイフォン様に潰されてしまいました。
次はダンディオッサ侯爵の番だったというだけなのでしょう。
私の言葉を受けて、ダンディオッサ侯爵は周囲を見回し、最後にサイフォン様と目を合わせました。
その時、サイフォン様は意味ありげな笑みを浮かべます。
サイフォン様のその顔を見て、ダンディオッサ侯爵は色々と悟ったようでした。
「……根回しも終わっているのか。
なるほど。これはもう私に勝ち目はなさそうだ。
それなら――潔く下がろう。ターキッシュ伯爵たちのような悪足掻きは矜持に反するのでな」
軽く両手を挙げ、ダンディオッサ侯爵は降参を示します。
「権力を持つコトの責任。
気づけばだいぶ薄らいでしまっていた。それが敗因なのだろうな。
モカ嬢やサイフォン殿下も気を付けるといい」
私たちがやりとりしている間に、誰かが騎士たちを呼んでいたのでしょう。
騎士たちがやってきたのを確認したフラスコ王子が、静かに告げます。
「連れて行け」
「では、失礼します。フラスコ殿下。
貴方は私にとって大変都合の良いコマでした」
騎士に腕を引かれながら、こちらへと顔を向け、最後にそう言って悪役らしい笑みを浮かべました。
でも、その目だけはどこか優しげだったのは、気のせいではないのでしょう。
連れられて去っていくダンディオッサ侯爵の後ろ姿を見ながら、フラスコ王子は拳を握りしめていました。
白くなり、爪が食い込むのではないかと思うほど握り固められた拳に、ティノさんが触れます。
そこでようやく、フラスコ王子のチカラが抜けたようです。
とりあえず、ダンディオッサ侯爵に関してはこれで決着ですね。
でも、まだ終わっていない問題があります。
私たちの様子を見ていた参加者たちがどよめく中、私の意識はニコラス様に向けました。
ここまではある意味、前哨戦。
私は気合いを入れてレッドドラゴンの被りモノをかぶります。
それから一度、すーはーと深呼吸をし、意を決するように声を掛けます。
「ニコラス様」
「モカ嬢か、どうかしたのかね?」
「私の侍女が、音を漏らさぬ結界を張ります……。
お話のお相手に、なってくれませんか? きっと、婚約を……認めたくなる、お話になるかと」
「ほう……」
私の言葉を吟味するように、ニコラス様の目が眇まります。
「モカ!?」
確かに結界内で一対一で話すなんて話をしてはいませんでしたからね。サイフォン様が驚くのも無理はないでしょう。
でも、そのシチュエーションを作り出すことも大事なのです。
サイフォン様も知らぬ話であると、ニコラス様にそう思わせることもまた認めて貰う為のピースになります。
先日、二人で面白おかしくと言った手前、この手段を取るのは些か心苦しくはありますけれど。
王に頼らず、王妃自らのチカラでもって情報を得て利用できるだけの能力を持っていることを見せる必要はあると思うのです。
「サイフォン殿下……すみません。
これは、サイフォン殿下にも……聞かれない方が、良いかと思いまして」
驚くサイフォン様にそう告げると、ますます彼は眉間に皺を寄せます。
ただ事前に公にしたくないと私が言っていたことや、根回しが終わっているフリをして欲しいと頼んだことから、私の考えに気づいてくれると信じています。
一方でニコラス様は、まだ食いついてきません。
なら、餌となる言葉を追加するとしましょう。
「認めて、頂く為に……用意したお話です。
ニコラス様は、面白いお話が好きで……いらっしゃるのでしょう?」
そうして、私は一枚のメモを二つ折りにして、箱の天面に出します。
カチーナがそれを手に取り、ニコラス様の従者に差し出しました。
「従者の方は、中をお読みには……なりませんよう」
私の言葉を受けて、カチーナからメモを受け取った方は困ったように固まりますが、ニコラス様が構わないので寄越せと、それを受け取ります。
そして中身を開き――
「……なるほど。これは面白そうだ。
是非ともその結界の中で、話をさせてもらいたい」
読み終わるなり、ニコラス様は凄みのある笑みを浮かべてそう告げました。
でも、今はそれに怯むわけにはいきません。
メモの中身は単純です。
《お家騒動の火種になりそうな、貴方のお孫さんについてお話しましょう》
――と、書いてあるのです。
そしてその餌に、ニコラス様は食いついてくれたのです。
「結界を張るカチーナだけは、共に中に居ますので……ご了承を。
彼女も、メモの中身を……知っておりますので、そこは安心してください」
「いいだろう」
ニコラス様を勝負の場に釣り上げることに成功しました。
私史上最大の勇気を持って、私はカチーナの名前を呼びます。
それに応じたカチーナは、お茶会の時にも使って貰った音の結界を展開しました。
しかし、これだけでは足りません。
一対一で挑むのです。こればかりは引きこもっていてはダメだと思いますから。
木箱の中の冒険のジャバ君も、最後の冒険に挑む時はこんな気持ちだったのかもしれませんね。
でも、その為に、レッドドラゴンの被りモノを準備していたのです。
改めて、大きく深呼吸をしてから、私は――
箱の上面から、上半身を出します。
『ド、ドラゴンが出てきた――……ッッッ!?!?』
実は結界の外では、サイフォン様とお母様、ティノさんが思わず吹きだし、他の人たちが驚いて騒いでいたのですが、ニコラス様と向かい合うことに意識を向けていた私は、それに気づかないのでした。