第92箱
狩猟大会翌日。
狩猟の成果を自慢しあい、楽しむ為の夜会が行われます。
当然私も出席しており、『箱』の中ではあるものの、カチーナによって飾り付けられてもいます。
当然、サイフォン様も出席していますが、今は穫った獲物を自慢しあう場へと顔を出すべく、ちょっと離れていまして……。
そこへ、入れ替わるようにお母様がやってきました。
「こうやってモカちゃんと一緒に夜会にでるのって久々な気がするわ」
「実際……久々、ですよ」
箱魔法を授かってからは、ほとんど出席してませんからねぇ……。
「それにしても、せっかくの場だっていうのに、空気が悪いわねぇ」
「……仕方ないのでは、ありませんか?」
お母様も本気では言っていないと思いますが。
何せ、サイフォン王子派と中立派から、かなり厳しい視線を向けられてますからね。フラスコ王子派。
昨日の事件。
私たちが王都に戻る頃には、下は平民、上は王族まで噂になってましたからね。
サイフォン殿下と箱姫が、暗殺者たちに襲撃された――と。
あまりにも展開が早すぎるので、誰かが意図的に広めたものだと思います。
「そういえば、お母様……いつ、王都にお戻りになられたのですか?」
「え? 先週だけど」
「……え?」
その割には王都の屋敷には居なかったような……。
「襲撃計画をお友達が教えてくれたから。
私の実家のサテンキーツ家でひっそりと準備してたのよ。あそこにいると騎士団からの情報に困らないから。
ついでにお父様やお兄様たちに協力を仰ぎつつ、ね」
「それにしては……」
準備はともかく、帰ってくる時間とか考えると、情報の伝達速度が速すぎるような……。
「遠距離の相手と手早く連絡を取る手段を持ってるのは、なにもモカちゃんだけじゃないってコトよ」
箱のそばに顔を近づけ、小声でそう口にしながら片目を瞑って見せるお母様。
その様子から、漠然とながら私が持っている魔法の性能に気づいていたのが伺えます。
ただお母様の魔法属性は火。
それで連絡を取り合うのは難しそうなので、フレン様か……あるいは、お母様とフレン様の共通のご友人がそういう魔法をお持ちなのでしょう。
噂が広まる速度が異様に早かったのも、それで連絡を取った上で、お母様の息のかかった方々が、あっという間に広めた――といったところなのでしょうね。
「やはり、フレン様の切り札というのは、お母様でしたか」
「暴力である程度の解決が図れるって気が楽でいいのよね」
横から見る限りは華やかで美しい淑女なお母様ながら、口にしている言葉が淑女からほど遠いのですが……。
お母様とお喋りをしているうちに、サイフォン様が戻ってきました。
「戻ったよモカ」
「おかえり、なさい」
「こんばんは、ラテ殿。昨日は助かりました。改めて礼を言わせてください」
「こんばんは、殿下。気になさらないで、私も久々に大暴れできて楽しかったから」
「楽しかった……ですか」
お母様の言葉に、私とサイフォン様は思わず苦笑します。
「ところで殿下、モカ。
過激派の方々の一件はこれで片づくでしょうけど……。
ニコラス様の方はどうなの? 認めてもらえそう?」
「難しいところですね。今回の一件で認めて貰えれば良いのですが……」
サイフォン様は不安そうですが、私はそこまで不安ではありません。
「切り札――というほどでも、ありませんが……。
切れる札は……用意してきました。個人的には、いけると思っていますよ」
「本当かい?」
「はい」
少し驚いた様子のサイフォン様に、私はうなずきます。
「珍しい。モカちゃんがこんな楽しそうな声で返事するなんて。そう思うでしょ、カチーナ」
「はい。ですがお嬢様は明るい表情や声が増えておりますので、この様子もそこまで珍しくなくなるのではないかと思っております」
「あら。それは素敵なコトだわ」
お母様とカチーナの二人が私について語っているのを横で聞くのは、少し恥ずかしいのですけど……。
それはそれとして。
「あの、それでその……ニコラス様に認めてもらうにあたって、ちょっとサイフォン様とお母様に……お願いしたいコトが、あるのですけど」
「もちろん協力するよ」
「お願いの内容にもよるわよ?」
内容としてはとても単純なことなのですが――
「私とニコラス様が……話をしている時、二人はさも根回しなど……諸々の対応が終わっているかのような、私のするコトを理解して……承諾しているというような、態度でいて欲しいのです」
「そのくらいなら構わないけど……なにをする気なの?」
「二人のその空気が、切り札の補強に……なると思います、ので。
ニコラス様のコトですから、平然とされていたり……うまく躱したりされるかも、しれませんから……」
お母様の疑問に答えると、サイフォン様は何かに気づいたような顔をしました。
「アレに確信を持てる情報を見つけたのか?」
「そんな感じです。でも、あまり公には……したくないので、色々と考えてます」
「あら? モカちゃん、ニコラス様の特ダネでも掴んだの?」
「そんなところ、です」
「それならモカちゃんの切り札って……」
お母様が何かを言おうとした時に、映像箱の端にダンディオッサ侯爵が映ります。
どうやら、こちらへと向かってくるようです。
「ダンディオッサ侯爵が来ます」
私が小さくそう告げると、全員が笑みを浮かべたまま警戒を強めました。
「こんばんは、サイフォン殿下、モカ様」
「ダンディオッサ侯爵か」
「こん、ばんわ……」
「ドリップス公爵夫人はお久しぶりですね」
「ええ。こんばんわ。ダンディオッサ侯爵。確かに久し振りだわ。
ここのところ、過激な方々が騒がしくてドタバタしておりまして、あまり社交に顔を出せませんでしたから」
挨拶を交わしながら、私は知識箱を操作して、昨日の映像の準備を始めます。
その横で、お母様は挨拶ついでに軽く一撃入れるような言葉を口にしていました。
挨拶だけで、お母様とダンディオッサ侯爵はバチバチしてきています。そこへ、フラスコ王子とティノさんもやってきました。
「ごきげんよう、サイフォン殿下、モカ様。ランディ小父様。
初めましてドリップス公爵夫人。コンティーナと申します」
ティノさんの挨拶に、それぞれが挨拶を返す中、お母様は失礼にならない程度にティノさんを下から上まで見、微笑みます。
「初めまして。貴女がコンティーナさんね。
フレン様やモカから伺っているわ。ラテと呼んで頂いて構わないわよ」
「ありがとうございます、ラテ様。
よろしければ、私のコトも、ティノとお呼び頂ければと」
「ええ、ティノ。仲良くしましょうね」
二人のやりとりにダンディオッサ侯爵が不思議そうに目を細めました。
ドリップス家自体は元々中立派です。ただ私とサイフォン様の婚約により、世間的にはサイフォン派寄りになったと思われていることでしょう。
そんなお母様と、完全にフラスコ派のティノさんが、非常に仲良くやりとりしているのです。
まして、ティノさんはターキッシュ伯爵の娘。
本来であれば、お母様からはむしろ嫌味を言われても仕方ないはずなのに、それもない。
ダンディオッサ侯爵からすると、奇妙に感じることでしょう。
「挨拶もそこそこにすまないが、どうしてもダンディオッサ侯爵に聞きたいコトがあってな。良いだろうか?」
そして、お母様とティノさんのやりとりが一段落したところで、フラスコ王子がそう言って、ダンディオッサ侯爵へと睨むように視線を向けました。
「穏やかではないな、兄上。急ぎですか?」
「ああ、急ぎだ。そしてお前も無関係ではないぞサイフォン」
のんびりとした調子のサイフォン様に、フラスコ王子はやや苛立った様子で返します。
「なるほど。それで用件とは?」
「昨日の狩猟大会の時の事件――お前も関わっていたのではないか、ダンディオッサ侯爵」
フラスコ王子の威圧感ある眼光と言葉を浴びながらも、ダンディオッサ侯爵は物怖じする様子なく、首を横に振りました。
「確かに派閥の立ち位置からすれば誤解されてしまうのも承知です。
その上で言わせて頂きますが私は――」
それを見ながら、ここでぐだぐだと言い逃れされてしまうのも面倒だな――と思った私は箱の表面に、映像を表示することにしました。
『侯爵……どうしてそんなにも止めようとされるのですか。
貴方だってサイフォン王子を毒殺しようとされたではありませんか』
『あの時と状況が異なる。手法も全く違う。そもそも成人会と越冬祭では環境も条件も違う。
だからこそ、この場では、其方のやり方はマズいと言っているのだ』
もちろん音も付いてます。
それを見、ダンディオッサ侯爵が固まりました。
「モカ、貴女そんなコトができるのね」
「私の持つ広い目、大きな耳――それらが拾った情報の一部……こうやって、共有できます」
お母様の言葉にうなずくと、続けてフラスコ王子が訊ねてきます。
「これはポリフの森だな?」
「はい。大会が、始まって……すぐの頃、人気のない……区域で」
デタラメだ――と、声高に切って捨てることも可能でしょうが、王子二人に公爵夫人もいるこの場では、通用しないと判断したのでしょうか。
何とか言い逃れしようと、ダンディオッサ侯爵は口をパクパクとさせています。
「騒動の主犯のお父様は、よくダンディオッサ侯爵の右腕だって言ってましたからね。ランディ小父様から色々言われて動いていたのだと思います」
ここぞとばかりにティノさんがそう口にすると、ダンディオッサ侯爵は驚いたように、彼女を見ました。
「君は、こちらの派閥の者ではなかったのか?」
「フラスコ王子のコト――個人的にはお慕いしておりますが、派閥という点で言えば、私はサイフォン王子派です」
「しかし、そんな素振りは……」
「四方八方フラスコ王子派の環境で、そんな素振り見せられるワケないではありませんか」
淑女らしい笑顔を顔に貼り、至極当然とばかりにティノさんが告げると、ダンディオッサ侯爵は本当に驚いたような顔をします。
「いつからだ……? いつから偽っていた?」
侯爵のその言葉に、ティノさんは悪女のような笑みを浮かべて告げました。とてもよく似合っていると思ってしまったのは、ちょっと失礼かもしれませんね。
「少なくとも、成人会の時には既に。
モカ様に手を差し伸べて頂けたコト、本当に感謝しております」
これで、成人会の時点で私とティノさんは手を組んでいたということになりました。
それを横で聞いていたサイフォン様も、人の悪い笑みを浮かべながら乗っかってきます。
「なるほど、それでモカはあれほど正確に情報を掴み、先取りしていたのか」
サイフォン様の言葉で、ここのところの自分がリークするよりも先に情報が漏れていた理由がわかったことでしょう。
証拠がないと断じたくとも、私の映像があります。
フラスコ派の実行員の一人として便利使いされていたティノさんがいます。
中途半端な言い訳はむしろ自分を追いつめかねない。
ダンディオッサ侯爵もそこは分かっていることでしょう。
適当なことを言って逃げ出すことも考えているかもしれませんが、すでに私たちのやりとりは周囲から注目されています。
ここで逃げれば、認めたも同然の扱いをされても仕方がありません。
さぁ、どうしますかダンディオッサ侯爵?
私たちが彼の反応を待っていると、そこへ新しい声が混ざってきました。
「面白い話をしているな。私も混ぜては貰えぬかな?」
ああ――やっときましたね。お待ちしておりました。
ダンディオッサ侯爵は前哨。私にとっての本命は彼ですから――
「ごきげんよう、二コラス様。
是非、混ざっていって……くださいませ」
私は貴方の登場を歓迎します。
さぁ勝負といきましょうか、ニコラス様。






