第91箱
箱の外の様子を見ると、続々と箱が集まってきています。
そう――箱です。
箱ブームによって荷物運搬用のモノまで、私の箱の装飾を模したものなどが流行っているというアレです。
私の箱と同じくらいのサイズの箱たちが集められ、乱雑にこの辺りへと置かれていきます。
置かれた箱は、水属性の魔法や、川から汲んだ水を掛けて全て濡らされていくのです。
見る人が見れば、どれが私なのかはすぐに分かるとは思います。ですが、同じようなサイズ、同じような装飾の箱がこれだけ集まれば、そうそうすぐには分からないことでしょう。
「何だこれは……?!」
そして、彼らはやってきました。
「ほう。思っていたより、堂々とやってきたな」
「はい。ターキッシュ伯爵本人が、ここまでやってくるのは……想定外です」
そう。ターキッシュ伯爵が数人の騎士を連れてここにやってきたのです。
私たちを秘密裏に処理するという気はなかったのでしょうか?
あるいは、直接手を下したかったか……。
どちらであれ、リスクばかりでメリットのない選択だとは思いますが。
「そこのお前ッ、これは何だ……!」
そのターキッシュ伯爵。
目の前に広がる箱だらけの光景を見て、近くにいたレンへと噛みつくように訊ねました。
レンもレンで、ターキッシュ伯爵に声を掛けられるだろう場所の位置取りをしていたようです。
「何って……箱の品評会っスよ?」
それに対してレンはなんてことないように返します。
もちろん品評会というのは嘘ですが、レンの態度と雰囲気がそれを感じさせません。
「箱品評会? 何だそれは……?」
「今、箱姫ブームが来てるんスよ。
箱姫様にあやかったデザインの運搬箱をどこもかしこも作っててさ、せっかくだから、どの箱が一番すごいのか勝負しようってコトになって、狩猟大会の傍ら、やってたんスわ」
ブームそのものは嘘ではないですし、実際にこれだけ箱が集まるってことは、そういうことをしてた可能性があるんですよね。
「なぜ、どの箱も水に濡れている?」
「耐水性の確認ですよ。デザイン性も重要スけど、本来の目的は運搬用っスから。中に水がしみこまないように、あるいは中の匂いなどが漏れないように――と、みんな創意工夫してるんで」
そんなレンの言葉を聞きながら、私の横にいるサイフォン様は感心していました。
「嘘の中に本当っぽいコトを混ぜると効果的だと聞くが、レンの言葉を聞いていると実感が湧くな」
「ええ、本当に」
実際にあり得そうな嘘ですものね。
ターキッシュ伯爵も、嘘を付くなと断じようとしてはいますが、どこか納得してしまっている自分もいるのでしょう。反論が出てきません。
「この中に本物のモカ・フィルタ・ドリップスは紛れていないだろうな?」
「さぁ? 居たとしても自分には区別が付かないスよ?」
いるともいないとも答えずに、レンははぐらかしました。何とも鮮やかで軽やかな口先です。
そんなレンの口先に埒が明かないと思ったのでしょう。ターキッシュ伯爵はかなり強引な手段に出ようとします。
「箱をたたき壊す!」
「ちょい待ち! 何の目的で壊すんスか?」
「人探しだ!」
「箱を壊して? 箱姫様を捜すのに?」
「平民ごときが詮索するな!」
「いやさせてもらいますよ? 箱姫様は、おれら平民たちにとって救いの女神だ。つまらねぇ理由で探してるなら、アンタをこの場で潰すぞ?」
明るい調子の言葉から一転、最後は非常にドスの利いた声でレンがいいました。実際、それも本当なのでしょう。先日のお忍びの際に、そんな話を聞いた覚えがあります。
ターキッシュ伯爵はレンの迫力に押されたのか、僅かに後ずさります。
そこへ、新たな声が聞こえてきました。
「オレにも詮索をさせてくれないか、ターキッシュ伯爵?」
「フ、フラスコ殿下ッ!?」
姿を見せたのは、ティノさんを伴ったフラスコ王子でした。
彼も、サイフォン様同様に狩猟大会に参加していたのでしょう。ティノさん共々、動きやすそうな格好をしています。
……ティノさんも参加してたんでしょうか?
ピオーウェンやブラーガの姿がないのは、襲撃者と交戦でもしているからか、あるいは何か別のことをしているのか……。
「お前がモカを探している理由はなんだ?」
「いえ……その……」
酷く冷めた眼差しで、フラスコ王子はターキッシュ伯爵を見下ろすように訊ねました。
フラスコ王子の威圧感のある空気に飲まれたのか、ターキッシュ伯爵が連れている騎士たちも息を飲みます。
「お前にとって、この平民の狩猟会場は好都合だったのだろう?
ここでなら襲撃者のせいにも平民たちの誤射にもできる。平民であれば罪状をでっちあげて処刑にでもすれば、目撃者などの口封じも可能だ。
だからこそ、自身の手で……などと思ったのだろう?」
「ご、誤解です。フラスコ殿下! 私は決してサイフォン殿下を害すようなコトは……!」
「お父様、どうしてサイフォン殿下の名前を口にするのですか?
フラスコ殿下は、モカ様のお話をされているのに」
言い訳を口にするターキッシュ伯爵に、ティノさんもまた冷めた眼差しを向けて訊ねます。
そのティノさんの眼差しはサイフォン様に似ていて、私の中にあった仮説が現実味を帯びていくような気がしました。
「ターキッシュ伯爵。貴様は、自分が何をしているのか、理解しているのか?」
「も、もちろんですともッ! 全ては貴方様の為ですッ! 貴方をッ、次期王にする為の……ッ!」
脂汗混じりに声を荒らげるターキッシュ伯爵に、冷や水を浴びせるような調子で、フラスコ王子が遮りました。
「ひとつ訊ねるが」
冷たく酷薄な声で、フラスコ王子は問いかけます。
「それは誰が望んだコトだ?」
「え?」
「兄弟で王位を争う。それ自体は仕方があるまい。それは王族に生まれてしまった以上、避けられぬコトだろう」
「で、ですから――私は……!」
「だが、オレはサイフォンを殺してまで王位に就きたいなどと、思ったコトはない」
「ですがフラスコ殿下はサイフォン殿下のコトを……!」
「ああ。確かにサイフォンのコトは嫌いだ。だが、殺したいなどと過去に一度も思ったコトはない。
どれだけあいつのコトが嫌いでも、だがそれでも……あいつはオレの弟だ。兄として、守ってやりたいと常に思っている」
チラリと、私は横を見ます。
するとサイフォン様は見たこともない顔で固まっていました。
混乱……とも違いますね。きっと、あまりにも想定外の言葉だったのかもしれません。
「さて、改めて問うがな伯爵。誰がそれを望んだと?」
これ以上ないほどに追いつめられたターキッシュ伯爵は、魚のように口をパクパクとさせたまま。
「ダッセェ……。
自分のやらかしを、自分とこの旗頭のせいにしようとして、失敗してやんの」
それを見ていたレンが、鋭い言葉で切りつけたところで、伯爵は正気になったようです。
「クッソ!」
彼は毒づき、逃げようとして――
「どこへいかれるのですか?」
サバナスが、リッツ、カチーナ、ピオーウェン、ブラーガとともに姿を見せました。
状況を見て、何でも屋の人たちも伯爵を逃がすまいと包囲網を作りはじめます。
さらに――
「本当に、どこへ行こうって言うのかしら、ターキッシュ伯爵」
左手で意識を失っている男の髪の毛を鷲掴みし、右腕で別の男の首を抱えるように絞めながら、一人の女性が、まるで散歩でもしているかのような足取りで姿を現しました。
「お母様」
「ラテ殿、コメントに困る登場の仕方だな……」
姿格好をみる限り、お母様も狩猟大会に出ていたのでしょうか?
そんな話、全く聞いていなかったのですけど。
もしかして、フレン様の個人的な切り札ってお母様のことだったりするんでしょうか?
「うちの子に手を出したって話じゃない?」
両手に抱えていた方々を乱暴に放り投げると、お母様は壮絶な笑みを浮かべました。
「それに、この状況で何か言い逃れとかできるつもりかしら? ねぇ、ターキッシュ伯爵?」
ターキッシュ伯爵、完全に詰みですね。
やぶれかぶれで、騎士たちをけしかけましたが、この状況でどうにかなるワケもなく、あっという間に彼らは捕縛されるのでした。
この後、何でも屋の皆さんにも協力してもらい、残った襲撃者たちも捕らえ、怪我人の手当などを行いました。
主犯と思わしきターキッシュ伯爵以下フラスコ派の協力者も全員捕まり、事件は無事に解決したと言ってよいでしょう。
そんな中、フラスコ王子は捕まった者たちを見て、お母様に何か訊ねています。
それにお母様も真面目に返しているようです。
どんな会話をしていたかは分かりませんが、事件に幕が下りていく中で、その時のフラスコ王子のどこか決意と覚悟を決めたような表情がなんとも印象に残りました。
ともあれ、狩猟大会と襲撃事件はこうして幕を下ろすこととなったのです。
あとは、明日の夜に行われるパーティですね。
そこでダンディオッサ侯爵とニコラス様の二人と、決着が付けられれば良いのですけれど。