物語のモノガタリ(短編)
「そうして平和が訪れましたとさ……これでめでたしめでたし。美穂、これでお終いじゃよ」
そう言って、おばあちゃんは絵本を閉じた。
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私は、むかし実家に行ったときにおばあちゃんに読んでもらった絵本が好きだ。地球とは違う世界で起きた勇者対魔王。その英雄譚が書かれた絵本が20歳を過ぎた今も好きでたまらなかった。
――でもむかし一度読んでくれて以来、二度と見せてはくれてない。
私は高校を卒業して、そのまま女性向けファッションデザイナー会社へ就職。二年も経てば、この仕事にして良かった思う事もあって、有意義な時間を過ごしていた。
そんな私に悲しい知らせが届いた。
朝、みんながまだ寝ており、外も若干明るくなってきた位の時間に私のスマホに電話がかかってきた。
「誰よ……こんな時間に、ちょっと常識がないんじゃな……ってお母さんか」
私は非常識な時間に電話をかけてきた相手に悪態を付きながら、誰からかとスマホを見ると、電話の相手は母だった。
「お母さん、こんな時間にどうしたの? ……え、嘘」
私はまだ寝ぼけてて、頭がパッとしてなかったが、母の一言で眠気が一気に吹っ飛んでしまった。
「……嘘……よね……ねえ嘘っていってよ!?」
母からの電話で知らされたのはおばあちゃんが亡くなったというニュースだった。
私は昔からおばあちゃんっ子で、おばあちゃんもそんな私を可愛がってくれた。
おばあちゃんは母の母であり、父の母は私が産まれる前に既に亡くなっている。
私の唯一と言ってもいいおばあちゃんが亡くなった事実は私の胸に重く突き刺さった。
私はその日から一週間ほど休みを貰った。上司に事情を話すと、快く休みをくれた。
休みを貰った私は、すぐにおばあちゃんのもとに向かった。
電車で4時間。そこからバスで30分程度の場所から更に20分間くらい山を登った場所に母の実家はあった。
山を登り、母の実家が見えて来たところで母が私に気付き駆け寄って来た。
「ほんちゃん……久しぶり」
そういう母の顔は少しやつれていて、生気があまり感じられなかった。母も急の事で疲れてしまったのかもしれない。
「うん……おばあちゃんは?」
「おばあちゃんはちゃんと寝てたわ。幸せそうな顔してたわよ……」
私は母に連れられながら、おばあちゃんのもとへ向かった。
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「ほんちゃん……おばあちゃんに挨拶してきなさい」
「……うん」
私は母に言われ、おばあちゃんの眠る部屋へ向かった。
「……あっ……おばあちゃん……うぅ」
おばあちゃんの顔は母の言う通り幸せそうで、気持ちよさそうに寝ていた。
その幸せそうな顔を見てたら、私は涙があふれてきてしまった。
「おばあちゃん……どうして……私まだおばあちゃんに何もしてあげられてないのに……」
私は目覚める事のないおばあちゃんに優しく話しかける。
「おばあちゃんと海も行きたかった……テーマパークとか映画とか……ドライブも一緒にしたくて……私はあなたに恩返しがしたい!」
もう届くことのないこの私の思いを力強くぶつける。
「もう……話すことも出来ないし、もう甘えることも出来ないし……それに、それに……もうあの絵本をおばあちゃんに読んで……読んでもらえない!!」
「穂実……」
私が嘆いていると、突然わたしを呼ぶ声が、きこえた。その声は私の目の前で眠るおばあちゃんの声だった。
「穂実……おまえさんに……私の絵本を譲る。今度はあんたがおばあちゃんになったらその子に見せてあげて欲しい……」
「お、おばあちゃん……」
ありえない事だとは分かっている。既に亡くなっているおばあちゃんの声が聞こえるはずがないと……
でも何故か、その声はおばあちゃん本人であると私は確信していた。
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それから月日は経ち私の顔にも皺が目立ち、もうおばあちゃんになっていた。
私は、ニコニコと甘えてくる孫に、優しい笑みを浮かべていた。
――私の過去を振り返ろう……
あの後、一時期おばあちゃんを忘れられず、仕事にもあまり精が出ず、中々に迷惑をかけたが、その後、なんとかその分を巻き返し、25歳の若さで社長の座に君臨出来たのであった。
そして、それのおかげで良い出会いも出来て、60歳で仕事を辞め、今は田舎でひっそりと暮らしている。
31歳の時に、長女と次女を懐妊。その日はどんちゃん騒ぎだった。
そこから更に三年後、長男も出産出来た。
三人は姉弟仲も良く、すくすくと育っていった。
そして私が55歳の時に、大学を卒業した長女と次女が私の跡継ぎとして会社に就職。それから5年間は社長補佐として勉強させ、私が60歳で引退した時に、二人に社長を譲った。
二人が社長になることは世間では革命的な出来事で、最初は社内でも社長は一人じゃないと成功じない、と不満の声が多く上がった。
そして、そのまま二人は社長になったのだが、やはり納得する者は少なく、最初の数年間はガタガタだった。
しかし、二人の連携は見事な物で、会社はどんどん急成長をとげ、今では、他の大会社と並ぶほどの会社に成長。文句を言う者はもういなかった。
長男は大学を出て、すぐに大手会社に就職。その甘いマスクに誘われる女たちを軽くあしらい、同じ会社の上司と結婚した。その上司が、その会社の社長の娘だった事が判明し、その跡取りとなった長男は彼女と一緒に会社を支えている。
と過去を振り返っていると
「おばあちゃん……ねむい……でもねるまえには、えほんをよまなきゃ、いけないんだよ……」
「そうかい……絵本ねぇ……あ! いいのがあるねぇ」
「なぁに? おばあちゃん……」
孫がワクワクするようにじたばたしてるのを一瞥して、本棚からそっと一冊の本を取り出した。
「おばあちゃん……そのほんって、おばあちゃんがだいじにしてる、ほんだよね?」
「そうさね……だから可愛い、可愛い孫に私が大切にしてる本を読んであげようと思ってね」
私が母親だった頃は、忙しくて、三人に構ってあげれたけど、絵本を読んであげることは出来なかった。
「わたし……かわいい……えへへ」
「ふふふ……可愛いさ!」
そう言って孫の頭を撫でる。そうすると孫は落ち着き、静かになる。絵本を見る姿勢だ。
だから私も、そっと絵本を開いて、孫に読み聞かせる。
「昔々の王国は魔王に支配されていました。魔王を倒せる勇者を探せと……――」
そうして夜は更ける。
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「――めでたしめでたし……勇者様……って寝ちゃいましたか」
そう言って、幼いながら、両親と引き離されてしまった勇者の素質を持つ少女に、布団をかけるのであった。
この少女が後に魔王を倒すのですが、それはまた次の機会に……