訓誡其一 生まれし平等
2.山の向こうへ
この広い大陸において、山脈なぞ数え切れないほどある。
フロース山脈もごく一般的な山脈のうちの一つである。
が、これはあくまで地形などからの話である。
人族や魔族にとって、この山脈が<スティックスリバー(Styx)>の千里以内にある時点で、特別な意味を備えている。
我々が現在向かう先は、このフロース山脈の主脈最高峰に位置する魔族拠点である。
ギルドの情報によると、この辺りを支配する魔族領主はあそこに住まい、また、その正体は高等魔族である吸血鬼とのこと。
支脈の麓の竹林から離れ、約二時間ご、我々はようやく主脈最高峰の近くについた。
山頂に繋ぐ道は一本しかない。
また、周りにはおそらく数多くの下等魔族が巡回しているのであろう。
正面突破はどう考えても妥当ではない。
ましてや、我々の目的は魔族の殲滅ではなく、拠点を乗っ取ることである。
一見矛盾している話ではあるが、実は不思議にも理にかなっている。
どうであれ、我々は別の路線から向かうことにした。
あれは、比較的に険しい道だった。
もちろん、一般人から見て、非常に険しい道というべき。
そもそも、道と言えるかどうかすら怪しい。
「クロよ、魔族の美女達にお目にかかれるからだろうか、この俺の両腕は、今なぜか震えが止まらん」
「それは違うんだよ、ランス。貴様の腕が震えてるのは、単なる運動障害による問題だ。魔族の美女達とは全くもって関係ないし、そして貴様がすでに四百メートルくらいの高さを登っていたこととも微塵の関係もない」
「そうか、なら安心だ」
「ああ、安心しろ」
頭の上からランスの真面目な声が伝わってきて、俺も真面目にそれに答え、そして手に持つ一本目の短剣を目の前の岩壁に差し込んだ。
もし道のある面を山の正面に定義すると、我々が現在にいる方は、まさに山の背面である。
「面」という文字表現は実にリアリティーに溢れている。
なぜなら、ここはどこからどう見ても、少ない雑草しか生えた絶壁にしか見えないからである。
その高さは五百メートルに達し、凸凹した岩の突起を除いて、「道」と言えるほどのものは一切なし。
我々は、まさしく「開拓者」として道を無理矢理に開拓している。
サ。
俺は二本目の短剣を岩壁に差し込んで、上半身の安定を確保したら、足を近くの突起した岩に乗せ、足場の安定も確認したら、ある程度に体を上方へ移動し、そして一本目の短剣を抜き出し、より高い位置の岩壁に差し込み、固定したら、もう一度足を上げて上の岩に乗せ…
このように繰り返し、最高点へ登っていく。
危険に遭うことはないと知りながらも、こういう高空で綱を渡るかのような視覚刺激や、時々背後から吹き上がる強烈な気流は、スリル満点としか言えない。
少なくとも一般人には二度と体験したくないはずだ。
残念ながら、我がパーティーには、一般的な人族とは、異なる思考回路の持ち主がいるようで。
「ワハハハ、ヤバイヤバイ!これ超ドキドキするんだけど!癖になりそうだけど!」
「ちょっ、シェリ!飛びまわるのは危ないんです!そんなに興奮しないで!」
下からイカれた女と天使の会話が伝わってきた。
確認するまでもない、どうせシェリのやつが高難易度の動きに挑戦したくて、下のエンゼルをハラハラさせているのだろう。
学者として、純粋に学問的な疑問を持っている。
なぜ同じく人族でも、脳の構造にこれほどの差異が出てくるのであろう。
もしや栄養(知能)が胸に行くという仮設は、真実なのか。
「あっ、ああああああああああああ!」
俺が自分の持つ知識を疑っているとき、急に下から綺麗な悲鳴が聞こえた。
振り返てみると、ちょうどエンゼルが崖から落ちる現場を目撃した。
おそらくあのイカれた女に構え過ぎで、自分の足元を疎かにしただろう、このままだと、天使が本当に天に帰ってしまう。
「エンゼル!」
シェリは俺よりも先にエンゼルのピンチに気づき、そして、迷わずに岩壁に刺した短剣を手放し、近くの岩を強く蹴って、その反動力によって落下するエンゼルに追っていった。
「あのアホが」
俺はため息を吐きたくなってきた。
ここで一緒に飛び降りるとか、気持ち的には理解できないわけではないが、やはり愚かとしか言えない。
俺は止む得なく本来一番後ろにいるアシリヤの方へ視線を送った。
予想通り、アシリヤはとっくに二人の危機に迅速な対応を行った。
彼女は身軽く岩壁から飛び降り、が、それは自害するためではない。
あの瞬間、アシリヤの背中からいきなり真白な光る翼が展開され、まるで真の天使が降臨したかのような光景だった。
真白な光翼は肉眼で捉えない頻度で振動し、アシリヤに重力を超えるほどの速度を与えた。
そして、刹那の閃光に伴い、アシリヤは瞬くも落下する二人に追いついた。
「アシリヤ!」
「ア、アシリヤ様!」
あの不憫の杖を介してシェリとエンゼルの手はつながっている。
アシリヤの到来に気づき、二人の喉からついつい嬉しい声を漏らした。
アシリヤは無言に杖の中央部を掴み、空中で美しい放物線を描き、二人分の重さはまるでなかったかのように、一瞬で俺とランスを超え、山頂へ向かった。
「結局<恩恵(Gift)>を使っちまったか…無駄な山登りになりそう」
俺は虚しく嘆きだし、そしてランスに呼びかけた。
「急げ、ランス!アシリヤ達はもう向こうに着いたぞ!」
「残念ながら、それは無理の話だ、クロ。俺はこの両腕を制御できないのだ。今にも筋肉から悪魔が出そうだ」
「噂だけど、こっちの魔族拠点には、成体の夢魔がいるそうだーー」
「なにぐずぐずしてるんだ、ブラザーよ!さ、はやく走ろうではないか!」
ランスは俺の方に晴れやかな笑顔を送り、そして亀からヤモリに変異したかのように、軽々く残りの百メートルを登り終えた。
「ちょろいもんだな」
あまりにも簡単に扱える男だから、俺はついつい笑い出した。
そして、適度に登る速度を上げた。
ーー勿論、人並みに。
私、日本語わかりません