訓誡其一 生まれし平等
1.四人の勇者と一人の学者
「クロよ、質問だが、女性胸部の平均値において、魔族の方が人族より上回ってるというのは、本当か」
「ランスよ、逆に質問だが、貴様の知能が、全人族の平均値を低下させたというのは、本当か」
俺の皮肉に気づき、男はまゆを顰めた。
太陽の下で薄く輝く金髪に、サファイアのような青い瞳。
身にまとうのは、黒い軽装鎧。
さらに背中には、白竹のような槍を背負っている。
実に印象的な美男である。
今更だけど、なぜなのだろう。
これほど愚かな質問をしてくるやつは、これほど恵まれた顔立ち(と身長)を持っているとは。
世の中は実に不思議なものだ。
「俺の知能なんてどうでもいい話だ」
彼ーーランスロットは言い始めた。
しかし、偉大なる脳の進化を「どうでもいい話」にくくるとは。
猛獣と戦って亡くなられた先人方は、棺おけを破っててもこいつを殴りに来るのであろう。
実に頭の悪いやつにしか語れないセリフである。
にもかかわらず、真の男ーーランスロットは語り続けた。。
「そんなことよりも、お前はそっち専門の学者だろう。知ってるはずじゃ」
「誤解を招くような言い方はやめろ。俺は魔族の生態を研究する学者であって、胸部専門ではない」
「同じじゃないか。胸部もまた生態の一種だろう。あと、女性胸部だな」
「なるほど。性態もまた生態である。こういう考え方もあるか」
俺はメモ帳を開き、それを「存在するすべてに意味あり」と、うまくまとめた。
一見バカバカしいしい質問でも、見方によっては変わるものだ。
これこそがバカ(ランス)の存在意義であろう。
が、バカはうつると言われてるし、俺はこれ以上こいつの茶番に付き合わない。
「ランスよ、貴様が種族の問わぬ博愛主義者であることは、俺は理解しているつもりだ。この人族と魔族がひどく対立している時代に、貴様のような存在に対して、尊敬すら覚えている」。
「よせ、照れるだろう。男には興味ないんだ」
「うむ、俺もない。で、それを踏まえ、貴様に一つ聞きたいことがある」
「言ってみろ」
「貴様は、雌ゴブリンの胸部にも興味涌けるか」
「ーー」
唖然とするランスである。
そして、人生に迷いを抱いてるかのように、深く眉を顰め、考え込んでしまった。
皆の衆よ、このものに最高の敬意を。
このような質問に対しても即答せず、真剣に考えるとは。
博愛主義者と名乗るだけのことはある。
ゴブリンの繫殖期が来たら、雄ゴブリン達は、恐ろしい競争者に遭うだろう。
が、意外なことに、ランスは結局ため息をついた。
「いや、こうして考えてみると、やはり胸部は人族の女性に限るだな」
「お?貴様は生物学に定義されたすべての雌に対し、オッケー出せるじゃないのか」
「まさか。いくらの俺でも、そこまですることはないんだよ」
相変わらず落ち着いた表情で、ランスは軽く頭を振った。
「まあ、でも、90%くらいならいける」
なんという曖昧な数字。
謹厳のきの字も見えない。
どうやって検証できたのかもわからない。
「アソ。ワカッタ。ヨカッタネ。スゴイスゴイ。ハハハ。テンキイイネ」
顔が真面目そうなランスに、俺は適当に回答した。
楽でいい。
ちなみに、高等魔族には、文字通り胸が踊れる女性は多く存在している。
見た目からも、一般の人族とそれほど差異はない。
むしろ魔族が大半優れた肉体を持っているから、女性は肌といい、体つきといい、どれも健康的で美しい。
これをランスに言ったら、うるさくなりそうだから、言うのをやめた。
ましてやーー
「アンタらさ、こういう話しをする時はさ、場所を考えようよ。ワタシはともかく、エンゼルはこういうのに耐性がないんだから。ほら、もう猿のケツみたいになってるし」
「ちょ、シェリ、やめてよ!というかこの喩え、ひどすぎません」
「そう?あ、もしかしてこれからコイツらが、お前の顔を見るたびに、猿のケツを思い出してしまうって心配してる?大丈夫だって、お前普段は白いだし。せいぜい乾燥した鳥の糞くらい連想させられないんだよ」
「余計ひどくません!?」
「なんだよ。糞はケツよりよっぽどいいだろう。畑の肥料になれるんだぞ」
「じゃシャリは喜んでそのふ、いや、排泄物になれますか」
「なれるわけないだろう。何言ってんの、ワタシれっきとした人だぞ」
「もう!わけわからないんです!何か言ってやってください、クロ様」
おや、火がこちらに飛び散った。
せっかくうちの天使の泣き顔が見れるかもしれませんのに。
胸を除けば、とことんまで使えない女だぜ、シェリめ。
俺はついつい非友好的にシェリを睨み付けた。
この女もまた、ランスのように、美人と言えるほどの整った顔立ちをしている。
赤く燃えるかのような長髪、中身は浅はかなのに不思議に深く見える赤瞳。
それなりに緩いローブを着ているはずだが、体のラインははっきりと目に映り、山脈すら連想させられる。
一言でくくると、巨乳を生えた、脳みそのないスライム。
略して巨乳スライム、学名は一応シェリ。
で、この巨乳スライムに先ほどからからかわれてるのが、わがパーティにおける唯一の天使ごと、エンゼルである。
月光に染めたかのような銀色の髪は、絹のごとく肩に垂れ下げ、麗しい瞳は精錬された宝石のように、人の意識すら呑み込めそう。
風鈴のような澄んだ音色も、人形のような小柄の体形も、見る者の心を魅了する。
ちょっとばかりの残念は、エンゼルは人族の女性胸部の平均値を、一気に低下させたことであろう。
「エンゼルよ、わかってくれ、知的生命体とスライムは理解し合えないんだよ」
「てぇーめクロ、誰がスライムだよ、殴り殺すぞ」
シェリは自分が踏んでる哀れな杖を手に取り、棒のように振りかかってきた。
「魔法の杖を鈍器に使うな、可哀想だろう」
俺は適当にシェリの攻撃を避けた。
ちなみに、あの杖は、普段からシェリの踏み台とされ、当の本人曰く、「足裏マッサージ」だと。
「てぇーめ、学者のくせに、なんで逃げるのがこんなにうまいんだよ」
「愚か者、学者のことをお宅だと勘違いしているだろう。俺は学問のためならば、邪竜族の巣であろう、血族の屋敷であろう、余裕に飛び込めるだぞ」
「それぐらいワタシだってできるし!魔王に遭っても余裕に殴れるし」
いや、全然余裕じゃないだろう。学者程度相手にもう息切れてるし。
「ワーワーワー、そ、そういえば!アシリヤ様はまぁだかな。近くの小川にお水を汲みに行っただけなのに、遅いな」
エンゼルはごく不自然に介入してきた。
優しいけど、不憫な天使だ。
それでも、俺とシェリとの醜い争いを止めるには十分だ。
「「迷子だろう」」
俺とシェリの言葉が重なった。
「「チっ」」
舌打ちすら重なるとは、実に不愉快である。
たかが巨乳スライムの分際で。
いつかはその胸を握り潰してやろう。
手応えよさそうだし。
「クロ様…」
なぜかエンゼルから怪しい眼差しを受けた。
違うのですよ、マイエンジェル。
わたくしは、胸を見ているのではなく、生物の特徴を観察しているだけなのです。
この一片の曇りもない瞳を見たまえ、信じてくれないか。
「ち、ちちち近いです、クロ様」
おっと、俺としたことが、危うく若き乙女の唇に触れたところだ。
俺は学者であって、変質者ではない。
にしても、確かにアシリヤのやつは遅い。
俺たちのいるこの竹林から東の小川まで、せいぜい二三百メートルの距離、しかも一直線だ。
さすがに迷子にはならないと思うのが常識。
が、アシリヤは違い。
普通に迷えるし、普段から迷ってる。
ちょうどその時だった。
風の中でささやく竹葉の音から、不思議にも足音が聞こえた。
まるで心音に合わせて躍動するかのような足音だった。
まるで世界の脈動を表すかのような足音だった。
俺は思わず振り返った。
そして目線の先には、一人の女性が竹林の奥から歩いてきた。
実に絵になる光景だった。
太陽よりも輝ける金色の長髪は、流れる滝のように背中に垂らし、そのつやは麗しくにも儚い。
五官すべてが神々の賜りもの、無表情にもかかわらず、圧倒的な美しさを身で表現している。
特にあの紺碧の瞳は、海よりも深く、淵よりも謎めき、目線が合うだけで魂が吸い取られそうだ。
銀色の軽装鎧によりその繊細な体が守られ、腰にはさらに細長いレイピアが佩かれ、日の光で輝きだしている。
その名は、アシリヤ・ルッシャ。
俺のこれまでの人生において、見たことのない一番の美人である。
また、俺のこれまでの人生において、見たことのない一番の方向音痴でもある。
「ア、アシリヤ様!?なぜ全くの逆方向から来てるんですか!?」
うちの天使はビックリされ、対して、当のアシリヤは、無表情のまま、ただ「なに言ってるの」かを表現するように、軽く首を傾いた。
どうやら本人は迷子になったことに気づいていないようだ。
それなのに、普通に帰ってこれるとは、さすがこいつだ。
素晴らしい幸運である。
が、今度からは、一人にするのはやめよう。
「水汲み、もう済んだか」
「…」
アシリヤはゆっくりと頷く。
今日もまた喋る気配一切なし。
でも、問題ない。
慣れてるから。
「まだ休憩いるか」
アシリヤは頭を振って、手を腰に佩いたレイピアに当てた。
「そうか、やる気満々か。わかった、では行こう」
俺は天に飾る太陽の位置を確認してみた。
「まだ時間がある。日没する前には目的地に着くだろう」
「ふむ、魔族の拠点城か。クロよ、美しい魔族少女は出るのかな」
「貴様ほどの博愛主義者ともなると、例えゴブリンでも、絶世の美女に見えるじゃないか」
「やっとかよ。ていうかさ、前々から思ったけど、クロお前、何で当たり前のように仕切ってるの」
「シェリ、それは、アシリヤ様の意志を読み取れるのは、クロ様だけだからなのよ」
「親切なエンゼルはもう俺の代わりに答えてやったぞ」
俺はエンゼルに微笑みを送り、彼女は照れくさそうに指をいじり始めた。
そして、我々ーーアシリヤをリーダーとする四名の勇者と、魔族生態を研究する一人の学者によって構成されるパーティは、この竹林を去り、目的地である魔族拠点へ向かった。
自分、日本語わかりません。