8話 マイホーム!?〜動き出す状況、交差する動向〜
軽く歓談してから、銀貨2枚をテーブルの上に置く。
「はは、いやまさか一日で集めてくるなんて思わないだろう。」
ここは東門の応接室。昨日の大量クエスト消費活動によって、二週間の目標…であったはずの銀貨二枚が集まったからテキテさんとダズさんに渡しに来たのだ。
「俺も一日で集まるなんて思わなかったです。」
口は苦笑の形を取り、眉は少し悲しげに曲がっていることだろう。
「集めてきた本人が何言ってるんですか。」
ダズさんは笑いながらそう言ってきた。昨日、何度も何度もクエストを受けては帰りを繰り返した為必然的に東西南北の門を少なくとも数回は通った。この二人にも姿は見られてる。何なら会話だってしたしな。けど、
(集めてきた本人、ねぇ)
渋面を作ろうとした顔を手で揉みほぐす。相変わらずぷにぷにとした感触で違和感を覚える。
ちらりと斜め後ろを伺い見れば岩のように直立不動となっているユアがいる。
(全部、ユアのお陰だ。)
「どうかしたかい、嬢ちゃん。」
「あ、いや、一人じゃこんなすぐ集められなかっただろうなって。ユアには迷惑ばっかかけてるし。」
「っそんなことは」
岩のようだと思ったユアは鎧を騒々しく揺らして慌てている。なんだろ、大型犬を見てるみたいでちょっと笑えてくる。
「ど、どうして笑うのよぉ。」
ユアは鎧の中でどんな顔をしてるんだろう?困り眉になってるのは、なんとなく分かるけど。
謝罪をしたら、またあたふたとするだろうと思えたので、イタズラっぽく笑っとく。まぁ全部本心で言ったことではある。俺がユアにやったことは……あれ、俺、ユアに何も恩返しできて無くなーい?
ま、まぁ後で考えよう。考えたらイケナイ類のことだなこれは。
「ま、取り敢えずだ。お疲れさん。これでここでの仮許可は達成。これからはお前さんの持ってるギルドカードが通行許可証代わりになるだろう。」
テキテさんは優しく笑いながら言った。
「改めて、ようこそイニジオへ。」
「はい!」
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少し歩いて、こちらを振り向いて手を振った彼女を見てテキテとダズは深くため息をついた。
「おいダズ、手が震えてるぞ。」
「そういうテキテさんだって、緊張してたでしょう。」
振り返していた手を下げ、門番の仕事に戻る。そうして背を向けて一気に冷や汗が体を伝うのを感じた。
「諜報の奴、これで嘘ならぶっ飛ばしてやる。」
悪態を着くテキテに、首肯するダズ。無論二人とも確認が取れているから伝えられたのだと理解しているのでこれはある種の気を逸らす行動だと分かってはいるのだ。
仮称『旅人』はゴブリン討伐に出発した後、数分で帰還。のち数時間後、街よりウルフ討伐、薬草採取、木材採取、猫探しの依頼へ出立。平均十数分での依頼のクリア。
なお猫探しにかかった時間が大半であり、その他は数分での帰還を確認。
特記事項:仮称『旅人』はテレポートの魔法を個人、または二人で使用した事を確認。
そのような旨の書かれた紙を貰ったのが昨日の夜。何かの間違いではないかと二人で目を合わせ、何度も確認していた。
色々規格外なことが書かれていた報告書だが、何より目を疑うのは特記事項。
テレポート。
それを行う過程には複数種類あると聞くが、簡単に言ってしまえば離れた場所へ一瞬で行き来できる魔法のことだ。高速である地点まで動く、なんてのとは訳が違う。魔法を起動して次の瞬間には指定した場所に存在している。明らかに自然摂理を無視した行為でありそんなものをポンポンと使えていたら街道も移動手段も発達していないだろう。
それを、二人で行う?何を馬鹿なことを。
国お抱えの魔術師が数十人掛りでやる魔法である。
…だが、これを持ってきたのも我が国御用達の諜報班だ。事実、なんだろう。
一日前に会ったときも凄まじいものだと思っていた。分かっていた。しかし、こちらがその人外とも言える力の指標を分かりやすく示されてしまえば、実感が湧く。あぁ、こいつは規格外で俺たちが立っていられるのはこいつが俺たちを斬るつもりが無いだけの話なのだ、と。
とても、恐ろしい、怖い、泣きたくなる。
しかし…
「なぁダズ。俺ァ確かにアレが怖かったがそれよりも怖ぇことがあんのさ。」
思わず鉄槍を握り締める。怪訝な顔をこちらに向けられてるのが分かる。
「彼女達を国が抱え込もうとする。ってことが、何より怖い。……ですね」
「…国が下手に対応を間違えても終わり。万が一嬢ちゃんを囲えてもあの騎士擬き。アイツは生粋の人間嫌いだ。策謀に巻き込まれたと判断された時点でどうなるのかも、考えたくねぇな。
てかよォダズ。いっちょ前に俺の考えてること当てやがって!いいコンビになんじゃねえか俺ら!?」
茶化すテキテに面倒くさそうに対応するダズ。だが、二人のその手はいつも以上に固く、槍を握りしめたままだった。
▼▼▼
「お二人とも、規定の依頼達成数を突破しましたのでランクアップです。おめでとうございます。」
受付嬢さんからそんな言葉が聞こえる。ランクアップ。冒険者としての実力を一つ認められて今までより高い難易度の依頼に挑戦できるようになったということだ。
…冒険者登録して、まだ一日しか経ってないのだがな!?
「ありがとうございます!」
「いえいえ、これはディーさん達の実力ですから。それで、ランクアップに伴いギルドマスターからお話があるそうです。ご案内させていただきますね。」
あ、分かりまし…そこまで言いそうになった口を閉じかける。
ギルドマスター。それはそのギルド内に置いて最も地位のある役職、ではなかったか。
確認として、俺たちの冒険者ランクはDである。いや、昇格したらしいしDだった、んだ。
俺たちはCランクになりました。おめでとう!
ふむふむ。
なので冒険者ギルドで一番偉い人と話そうよ!
は?
「会えて嬉しいよ期待の新星。わざわざ呼んですまないね。」
ガッチガチに緊張していた俺の前に現れたのは、ここの粗暴さとは縁遠いような若年の男であった。
長身に黒髪の長髪。きっちりとしたスーツ(異世界版)を着こなし人の良さそうな笑みを浮かべている。
受付嬢さんに案内されて冒険者ギルドの奥へ。そこで待っていたのがこの男である。
どうぞ座って。
と男の対面にあるソファを指されてしまえば受け入れない選択はないだろう。
…だって、なんかオーラみたいなのが出てんだって!なんかぁ…こう、すげぇ人だ!みたいな雰囲気?まさか、こ、これがカリスマ…!?
「あぁ、君はすまないが、鎧を脱いでもらえるかな。ほら、ソファの幅が足りない。」
苦笑気味にそういう男はユアへと視線を投げかけていた。
しまった!ユアは人間が苦手だ!どっちかっていうと俺に話しかける奴全般を嫌ってそうな気がしなくもないけど…って言ってる場合じゃねぇ!
お願い!なんて曖昧な意味を込めた視線はユアに伝わったのだろうか。ユアがゆっくりと動く。
「……分かりました。
〘守護騎士の誓い〙展開
第三章〘誓いの鎧〙限定解除
部分接続
断篇第三章〘擬似礼装〙
……これでいいな。他の注文は受け付けない。」
ねぇユア、声が怖いよユア。目がすんごくとんがってる。俺への優しい声はどこ、ここ…?
「…そうですね。ありがとうございます。では…単刀直入に言いましょうか。貴女方に異変の調査をお願いしたいのです。」
「ちょ、調査ですか?」
「えぇ場所は…」
ちょっと待って。そんな明るく微笑みながら言わないで欲しい。
…落ち着け。異変の調査?そんな文字通りの異常事態。なんで俺たちに頼むんだ。今日ランクアップとやらをした初心者だぞ。答えを出すには性急かもしれないが……
ありがたい、かはよく分からないけど。せっかく指名してもらって申し訳無いが断らせて貰えませんか。
その旨を伝えれば彼は少し首を傾げただけ。
そのイケメンしか許されなさそうな動きは無性にイラつくのでやめて欲しい。必殺ディーちゃんパンチを喰らわせてやろうか。返り討ちにされそうだからやらないけど。
「あー、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕は冒険者ギルドのギルドマスターをしています。まぁ、気軽にギルドマスターとでも呼んで下さい。」
「あ、はい。俺はディーでこっちがユアって言います。」
……なんで自己紹介してんの!?いやいやおかしいのよ。まず自己紹介のタイミング遅いんだけどさ!
依頼断りますごめんなさい。からどうして自己紹介入っちゃうのかなァ!?あと名前は教えてくんないのねぇ!
「どうしてもダメですかね。調査だけしてもらって、少しでも異変を感じたら戻ってもらっていいので、危険度はそこまで無いんですが。」
話変わりすぎワロタ。イマイチ理解が追いつかない所存で。
依頼がダメ、というよりかはどうして俺たちに頼むのかが分からない。本当に、初心者であるのだ。冒険者稼業にしてもこの世界にしても。
まぁ世界云々は分かりようが無い話だろうが、それでも俺とユアは客観的に見れば今日一番下のランクから上がっただけ。実績も全く無いのである。
良く申し出されたな?
「実力は十分に足ると思いますけどね。僕だって貴女方がタダの素人であれば頼まない。貴女方がこの依頼を安全に、確実にこなせると判断したのです。そもそも───」
「くどい。」
ユアの能面のような顔が歪んだ。
「フラれたのに後からくどくどと。ディーは断ると言った。それが一組織の長たる者の態度か。」
圧が凄い。傍目で見てる俺ですら冷や汗が吹き出ているのがユアの怒り具合をよく表してる。
「…これは手厳しい。」
ギルドマスターさん。顔が少し引きつってるって。ユアがこんなに怒ってるのは少し理不尽だと思うし同情も多分にするが、今はいい機会でもあるし乗った方が良さそうじゃないだろうか。
「まぁこういう訳なので、すいませんが断らせて頂く感じで…」
「仕方ありませんか。異変の場所が『魔窟の森』だったので丁度いいと思ったのですが。」
え?
「断られては無理に押し通すのも良くありません。実力のある冒険者が運悪くギルドにいませんが誰かに頼むしかないでしょうね。」
ちょ、ちょっと待って下さいよギルドマスター、あのギルドマスターさん?
「あぁ、すいません時間を取らせてしまって。この話は無かったということで」
「ちょちょちょっと待って下さい!お願い、まってっ。」
魔窟の森。
端的に言うならそこはそう。俺たちの家(キャンプ地)があるところだ。そこに、異変が起こっただって。
ユアも顔を渋いものにしている。啖呵切ってしまった手前申し訳ないがあそこに何かあると不味いんじゃないだろうか。
「その…さっきのお話。都合がいいとは思いますが、まだ受けれますかね…?」
心なしか、ギルドマスターの微笑みが深くなった気がした。