第七話 手負いの獣
「治癒能力、ですか?」
『うむ、アカリ君が他者を治癒する能力を持っている事は報告に上がっている。
それを実演してもらいたいのだ』
グラットの最初の提案は私の能力の解明。
それは私も知りたい事柄だ。
私からの要求は今後の実験結果を私にも教えて欲しいという事。
グラットはそれを了承し、私の能力を解明する検査、というよりも研究が始まった。
とはいえ、私自身も自らの能力を完全に把握している訳ではない。
治癒能力、それも他者を癒す力があると言われても思い至るモノが一つしか無い。
ヒールタッチだ。
ステータス画面に反映されているスキルで治癒に関係するだろうスキル。
もしかしたら、変身能力のようにステータス画面に反映されていない力もあるかもしれないが、その時はその時だ。
問題はその発動条件、効果を私も詳しくは知らないという事だ。
「教授、私も治癒に関する能力の心当たりはあります。
しかし、私もどうやって行うか未だに知らないのです。
よろしければ治癒された相手とどのように発動したか教えてもらえませんか?」
私が知らない時に発動した能力。
それは気絶していた時に発動したに違いない。
そう思ってグラットに確認をした。
『なんと、そうであったか。
では、報告された情報を元に伝えよう。
相手は欠陥兵、国境守備隊、幻霧のフランクリン。
魔力器官に不治の難病があり、発生魔力に対して出力魔力が低かった男なのだが、古傷や手術痕など身体の内外の傷は全て消え、魔力器官さえも完治していた』
何か分かったかと言わんばかりグラットは私を見ている。
フランクリン、あの青目の男か。
聞き返したい単語がいくつか出たが、彼の怪我や病気が治ったという訳か。
私は不治の病さえも癒したらしい。
もちろん、それはヒールタッチが発動したからだろうが、名前からして触れた相手を癒す力と考えるべきか。
「分かりました。
ここからは私の推測ですが、触れた相手を癒す能力だと思います。
ただ、触れる以外にも必要な発動条件があるかもしれません。
実演するには怪我人が必要ですので何名か怪我人、もしくは病気の方を用意してもらえませんか?」
『ふむ、発動条件か。
アレイスター君、例の者達を連れて来てくれたまえ』
『ムフー、分かりました』
アレイスターはグラットの言葉に頷くと近くにあるゴチャゴチャとした魔導具を操作し始めた。
すると床に黒い穴が開き、音もなく何かが昇って来た。
昇って来たモノはガラスのような透明な箱で大きさは人が数人入れる程、その中には茶色で所々薄ピンクの塊が見える。
アレイスターはさらに操作を続けて、透明な箱が見る見るうちに縮んで中身のモノを包むような形に変形した。
『さて、アカリ君。
アレに触れてみたまえ』
グラットはアレを触れろと言う。
つまり、アレは生き物らしい。
近付いてみると確かに生き物だった。
どうやら獣のようで、ヒトの子供ぐらいの大きさで大怪我をしているのだろう。
所々、火傷でも負ったかのように爛れて毛皮がなく呼吸は浅く弱々しい。
身を守るように丸まっていたせいで遠目では生き物かどうか分からなかったようだ。
透明の箱だったモノの一部に穴が空いていてどうやらそこから獣に直接触れられるようになっているようだ。
穴が空いている所が一番酷い有様なのだが、アレイスターはわざとだろうか。
獣は動く様子がない。
箱だったモノ体を覆っていて身動きが取れないという事もあるだろうが、動く余力がない程弱っているように見える。
私はしゃがんで穴に片手を突っ込み獣に触れる。
獣は私に触れられてもピクリとも動かず何も反応はしなかった。
爛れていた部分を避けて触れた獣の体は熱く毛は短くゴワゴワと硬い。
丸まっていて分かり辛いが背中に触れているようだ。
まだ息をしているから生きているのだろうけど、傷が癒えていく様子は見当たらない。
条件を満たしていないのだろうか。
心の内でヒールタッチを意識してみる。
変化は見当たらない。
「ヒールタッチ」
声に出してみても変化はない。
フランクリンに発動してのは気絶していた時だから、意識や声は関係がないのかもしれない。
時間がかかりそうなので楽な姿勢に座り直して両手で触れてみる。
もしかしたら、触れている面積も関係しているかもしれない。
フランクリンの時は背負われていたからフランクリンの背中に体の前半分や手足をべったりガッツリくっついていた訳だし。
獣から小さな唸り声が聞こえた。
少し変化し始めているのか。
それとも、意識を取り戻したのか。
微かに声が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。
…いや、確かに獣から声のようなモノが聞こえる。
私は穴に顔を近付けて耳をすます。
「おっと!」
突然、左手を穴の中に引っ張り込まれた。
右手は体と透明な箱に押さえつけられ、左手は肘まで穴の中に入っていて、手首に強い圧迫感を感じるが痛みはない。
痛みを感じない怪我の方が重度であると聞くがすでに手首が折られでもしたのだろうか。
どうやら、体を捻って私の左手首を掴んで引っ張ったらしい。
この獣は柔軟性に富んでいて、とても力が強いようだ。
獣は爛れて白い骨さえ見える顔をこちらに向けている。
『ケナシ、うちらを弄んだ事、後悔させちゃる』
それは聞いた事が無い声だ。
腹の中でグツグツと煮詰めた負の感情が音になったような殺意と憎悪の声だった。
一言を話す度に左手をズルリズルリと穴に引きずり込まれ、手首にあった圧迫感が私の方に近付いてくる。
《魂のカケラを入手しました》
《無属性の魔力を入手しました》
そんな時に脳内に声が響いた。
あの時、フランクリンと空を飛んだ時に聞こえた、機械が作ったような女性の声。
それからの変化は劇的だった。
『グッウゥゥ!』
爛れて骨すら見えていた彼女の顔は傷を負った瞬間を逆再生でも見ているかのような勢いで治っていく。
体の怪我も同じように急速に治っていった。
その際に激痛が走ったのだろう。
私の方を向いていた顔が苦悶の表情で呻き声を洩らす。
その際に腕の圧迫感が更に強まり、穴から突然、抜けた。
ただし、肘の少し先から前がなかった。
彼女の握力で腕が千切れてしまったようだ。
痛みは、無い。
しかし、異世界で片腕になってしまうとは。
これは義手が必要になるかもしれない。
そう思ったが、千切れた所からまるで風船に空気を入れるかのように腕が生えてすぐさま傷一つない綺麗な腕になった。
その様子に少し驚いて軽く手を握ったり開いたりする。
問題なく動く。
私はステータス画面を確認した。
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アカリ
Lv1(2/100)
HP2/12
【ヒールタッチ】
【物理弱点】(6/100)
【無属性弱点】(1/100)
【水属性弱点】(1/100)
【闇属性弱点】(1/100)
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新しい弱点がすぐに目に付いたが、他にもレベル、HPの最大値、そして物理弱点の右側の数値が増えていた。
それ以外には反映されていない。
今さっき腕が千切れたのに、何もない。
痛みも、流血も…
《瀕死状態になりました》
《復活まであと1:00:00》
アカリ
Lv1(2/100)
HP13/13
【ヒールタッチ】
【物理弱点】(7/100)
【無属性弱点】(1/100)
【水属性弱点】(1/100)
【闇属性弱点】(1/100)