第一話 死後の世界
はじめまして。
ゴーレムです。
楽しんで下さい。
「君は死んだよ」
対面に座っている、どこにでも居そうな、しかし見知らぬ少女がたわいない世間話を始めるかのように言った。
キミワシンダヨ。
キミ ワ シンダヨ。
君は、死んだよ。
ぼんやりとする頭で少女の言葉を理解すると何を馬鹿な事を言っているんだと呆れた。
呆れて、思い出そうとした。
この少女は誰だ?
少なくとも、僕には女の子の知り合いなんて身内以外には居ない。
それに…ここはどこだろうか?
人気の無いカフェ、言葉に表せばそんな場所だ。
日当たりの良い窓際の席に座っているが外は曇りガラスであまり見えない。
聞き覚えのあるアニソンが小さく聞こえるがここのカフェの雰囲気とミスマッチ過ぎる。
微かにコーヒーの香りがするが、僕と少女以外に客の姿は無い。
不思議な事に僕はここに来た事がない。
ここへの道もカフェ自体も知らない。
始めて来た筈なのにどこか、懐かしく、何より落ち着く。
「私は誰でもないよ。
ここは死後の世界。
とは言っても、私もこの場所も君の記憶を元に作られた立体映像みたいなモノだけどね」
シゴ、死後、死んだ後の世界。
僕が死んだ?
死んだ覚えは無い。
僕は本当に死んだのか、それを少女に確認しようと口を開こうとして。
「君は死んだよ」
僕の言葉を遮るように少女は言い放った。
もしや、心を読めるのか。
そう思うと少女は確かに頷いた。
「死因は交通事故みたい。
頭を強く打ってそのままだね。
即死じゃなくて脳死だったみたいだけど、遺言通り、使える臓器は全て提供済み。
既に残りの部分は火葬されてるよ」
少女は取り出したスマホを見ながら僕の死因を伝えてくる。
遺言って…臓器を提供するなんて話、僕は覚えてない。
目の前の少女はデタラメでも言っているのか?
「それと、君は魂だけの存在になってるから記憶が曖昧になっているんだよ。
特に突発的に起きた死の直後なんて記憶される前に死んじゃうからさ、覚えてないのも仕方ない事なんだよ」
死因や遺言に疑問を持った途端に覚えていない訳を少女に言われた。
疑うならその場面を見せてあげると少女は、いつの間にか置いてあったテレビをつけた。
映っていたのは僕だった。
脳死に関する番組を一緒に見ていた妹に臓器提供するかと聞かれて使えるモノは全部提供すると答える中学生頃の僕。
大好きなゲームを楽しみにいつもの帰り道を急いでいた僕を跳ね飛ばすトラック。
場面が変わって泣き崩れている両親と棺桶に僕の宝物を入れている妹の姿が映った。
テレビに出た情報は僕には覚えがない。
どちらも僕の姿が映されていて第三者の視点だった。
これが本当なのか、どうやって撮っているんだ、そんな疑問がグルグルと頭の中で駆け回っている。
この映像が本物ならば僕は本当に死んでいて、この少女は…
少女は僕の考えを遮るように口を開いた。
「本来なら、君は主の元へ行って次の肉体に向かう準備をするのだけど…」
次の肉体に向かう。
それはアレだろうか。
いわゆる転生と言われてる現象。
生前に楽しんだゲームに似たような設定があった事を思い出した。
「そうそう。
君に分かりやすく言えば転生だね。
種別も性別も場所も世界さえも完全ランダムなんだけどね」
世界?
世界もランダムってもしや…
「君が生きていた世界とは別の世界、異世界も確かに存在するよ。
この死後の世界だってそんな世界と世界の狭間に存在している訳だしね」
そ、それじゃ魔法が存在する世界も…
「存在してるね。
でも転生の場合は完全にランダムだし、その前に自我を消してるからね。
君のまま、君の自我を保持したまま異世界に転生って事はできないし、させないよ」
自我を消されるのか。
僕のままでは異世界に行けないのは残念だ。
魔法が使えると思ってワクワクしたのだが。
期待していた事が無理だと言われて落ち込む僕の耳にだけど、と言う少女の声が聞こえた。
「君は私と相性が良いんだよね。
だから、別の方法なら異世界、それも魔法が存在する世界に行く事もできるよ。
魔法が使えるかは君の努力次第だけどね」
…え!?
本当ですか、神様!
ゲームみたいな魔法が使えるようになるんですか!?
「私は神でも誰でもないよ。
君は人として死んだ。
肉体は焼かれて、魂は死後の世界へと行き着いた。
そして、既に君はこの死後の世界で死を受け入れた。
今の自我のまま、新たな肉体を得たとしても君は自分の死を認識しているから生きる事ができない。
だから、転生には魂の自我を消して死の認識を失わせる必要があるんだよ。
つまり、君の自我を消さない限り、新たな生命として産まれる事はできない」
少女は一息つくように突然現れたクリームソーダをストローで飲む。
柄が長く小さなスプーンでアイスとメロンソーダを掻き混ぜながら話し始めた。
その様子に僕は既視感を覚えた。
「人として、生命としての転生なら、自我を消す事は必須なんだよ。
でもね、さっきも言った通り、君は私と相性が良い。
正確に言うと君が長年に渡って作り出した彼女と相性が良いんだけどね」
彼女?
彼女とは一体、誰の事だろうか?
「分からないのかな?
長年に渡って彼女を通してゲームを楽しんできたじゃないか」
彼女を、通して?
それって、もしかして…
「そうだよ。
彼女、アカリの事さ。
今回の方法も彼女の存在が有るから可能なんだよ」
それはどういう事だろうか?
だってアカリは僕がゲームで遊ぶ時に使うキャラだ。
現実には存在しない架空の人物。
僕の想像の人。
「そうだね。
そして彼女は君の中に存在した、もう一人の君だ。
君の元の肉体は燃えたという認識があるから使えない。
全く新しい肉体も、転生しなければ得られない。
だけど彼女は違う。
彼女の肉体は情報だ。
君が作り出した記憶の存在。
だから、君の記憶で成り立っている、この死後の世界で肉体を得ることができる」
アカリがもう一人の僕。
彼女の、神の言葉はストンと僕の中に届いた。
僕に無いモノを、僕が憧れたモノを、僕が望んだモノを持つアカリ。
僕は彼女で、彼女は僕。
「君を異世界に送ろう。
自我は君、外見は彼女。
肉体は死後の世界で形成された彼女の情報。
故に君は始まりは無く、終わりも無い。
君には新たな世界で自由がある。
後は君の決意次第さ」
私は神じゃないんだけどね、と少女は否定しながらこっちの回答を待っている。
答えはとうに決まっている。
「なるほど、確かに聞き届けた。
最後にこれは私からの贈り物だよ」
テーブルの上にクリスマスのプレゼントのように包装された箱が現れた。
礼を言って贈り物を確かめようと手を伸ばす。
一瞬の浮遊感。
そこは見知らぬカフェではなかった。
アカリ
Lv1(0/100)
HP10/10
【ヒールタッチ】