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寄居高等学校の学園生活  作者: 温森文絵
1/3

1話【転校生】

「はい静かにしろ、転校生の……」


 ハセ忠は黒板にデカい字で書いた。


( 春日 涼 )


「挨拶だけしとくか?」

「かすが りょうです」


パチパチパチ、と挨拶をした勇気に対してなのか、拍手が鳴り響く。


「夏生の隣が空いているなっ」


 ヤバイ、隣の机は俺のロッカーになっている。


「楓、春日を頼むな」

「はい、先生」


 お世話係として白羽の矢が刺さったのは、クラス委員の楓だ。


「夏生くん、中のおやつ片付けて」

「楓がやっといてくれ」


ハセ忠がサッサッサッとサンダルの音を賑やかに立てて近づいてきた。


 ( ゴツン )


「イテッ、頭はやめろよ」

「なんで菓子があるんだよ」

「持って来たからだろが」


ハセ忠はギッと睨んで言った。


「 三時に食えよ」


爆笑だ。クラス中の笑い声が廊下まで響き渡っていたに違いない。


( やられた、ハセ忠の勝ちだ )


 寄居高等学校、一年三組の担任は、長谷川忠次。

 俺が入学する前からずっとあだ名はハセ忠。


 ハセ忠は上下のジャージのことを、ジャージスーツと呼ぶ。


 色違いで、何セットも用意してあるジャージスーツに身を包み、竹刀片手に校門で仁王立ちをするのが日課だ。


 ツルツルの坊主頭に髭、サンダルに竹刀に金色のゴッツイ腕時計。

 極め付けは、校内一細い眉。


 不思議なほど教師と言う立場から掛け離れた場所に鎮座する人だ。

 

 俺はそんなハセ忠が嫌いじゃない。


 ホームルームが終わりハセ忠が教室から出て行くと人が集まる。


 転校生は暫くの間、みんなの興味を引いて見せものパンダになりやすい。


「お涼、アタシはサクラね」

「私は咲ちゃん」

「あ、うん、よろしく……」


 本人の許可もなくあだ名は決まった。サクラちゃんは人懐っこい子よ、と姉ちゃんが言っていた通りだった。


 男女どちらでも通じる名前の涼は、休み時間に他のクラスから見に来るほど、みんなに興味を持たれたようだ。


「ヒェー、マジヤバくね?」

「キレイな子って言うか、人だよな」


見物人はほぼ男子だ。


「お涼、すっぴん?」

「うん、素顔……」

「肌がキレイだね」


 茶美が興味津々でずっと隣にいる。


「聞いていい?」


 お涼が初めて自分から話し始めた。


「君は男の子? 女の子?」

「学校では男の子で家では女の子」

「どっちで呼ばれたい?」

「玄より茶美が嬉しい……」

「じゃ、茶美で」


 優しい顔で笑う女だ。


 隣の席になった俺は教科書を貸してやらなきゃならないが、時間が……。


「涼、教科書は勝手に使ってくれ」

「あ、ありがとう」


 (いざ勝負だー)


 チャイムと同時に走った。ハセ忠に捕まると約束に遅れる。


(ガラガラーッ)


「夏生、テメェー、おっせーぞ」

「ギリだろうがよぉ」

「やんのか、コラァ」

「やるに決まってんだろうがっ」


俺は頭を巡らせる。

コイツらに勝つためには……。


「夏生、テメェーの番……」

「ロン」

「あっ、テメェー」

「ヤッタね」

「七対子かよ、だっせぇーな」

「チートイも、勝てば官軍だバーカ」


 一階の玄関横の教室では、美術室と言うプレートを外され、麻雀室のプレートがかけられている。


 何故、先輩たちはこの教室を娯楽室に選んだのか、姉ちゃんの幼なじみで隣人の太陽さんに聞いたことがある。


 理由はシンプル。


 隣が購買部で昼には弁当屋とパン屋が食料を持って来るから。


(ガラガラーッ)


「お姫様は遊んで欲しいってか?」

「夏生に用があるんで」

「り、涼……」


ヤバイ、よだれをダラダラと垂らした狼は腹ぺこで目がギラギラしてる。


「涼、すぐ行くから先に戻れ」

「おい、夏生、紹介しろや……」


マジか、先輩たちが涼に目をつけた。


「涼、奥寺先輩と多田先輩だ」

「こんちは。涼です」

「涼は麻雀やれんのか?」

「勝者の願いを叶えるってどうですか?」


なんだなんだ、涼、やめてくれ。


「奥寺先輩には勝てない、謝れ」

「勝ったら、願いを叶えるだから」

「えっ? 俺もかよ」


 麻雀をやり始めて半年、こんな緊張感を持ってやるのは初めてだ。


 いつになく奥寺先輩の目が熱い。

どれほど時間がたったのか、わからないほど俺はパニクっていた。


 と、そのとき……。


(バン、ギィーギギィーッ)


「ざけんじゃねぇぞ、このアマ」

「これが新入りの出迎えかぁコラァ」


(バン、ドドン、ガシャーン)


 涼は机の上に上がり多田先輩の顔面を蹴り上げた。

 

 すぐさま背後に回ると腕を取り捻りを加えて頭の上まで高く上げた。


「イ、イテェ、ググゥーッ」

「涼、止めろ」


 奥寺先輩は涼の前で足を止めた。

長身の男にかなうはずがない。


 俺は覚悟を決めて涼の方へ一歩踏み出そうとした瞬間、奥寺先輩は膝をついた。


「涼、すまん……」

「奥寺先輩、アタシ勝者ですね」

「ああ、願いは何だ」

「夏生、授業中なんで」

「わかった」


わかりませんよ。

俺は全くわかりませんけど。


「夏生」

「あ、はい」

「授業出ろ」

「えっ? あ、はい……」


  一年三組のある二階の教室まで涼の後からついて行く。


「なぁ、何なんだよ」

「何が?」

「麻雀室に来た理由だよ」

「消しゴムがないの」

「はぁぁぁ?」


イカれている。

 春日涼は俺が今まで見た奴の中でも飛びっきりのクレイジーガールだ。


 教室に戻ると何も知らないはずのみんながソワソワしている。


 涼は席について教科書とノートを開いてから俺を見る。


「消しゴム貸して」

「マジか、本当にこれが理由?」

「他に何か?」

「い、いや……」


 俺はその日、一日中教科書を半分こして席についていた。


帰りのホームルームが終わると廊下に奥寺先輩と多田先輩が立っていた。


 俺は、涼が女だから心配だった。

ハセ忠に頼むのは気がひけるが仕方ない。


「ハセ忠、涼が危ない」


 ハセ忠は廊下に出て先輩たちに声をかけた。


「奥寺、多田、俺にようか?」

「ハセ忠、涼を呼んでくれ」

「涼に何のようだ……」

「多田のメンツが丸潰れだ」


俺がハセ忠と先輩たちに目をとられている間に、涼が帰り支度をして廊下に出てしまった。


「おい涼、さっきは多田がすまんな」

「涼、悪かったな……」

「いえ、片付けは多田先輩がして」

「ああ、やっとくよ」


クラスのみんなが口をポカンとあけてビックリしている。


 女子は奥寺先輩が怖くて半径三メートル以内には近寄れないからだ。


「ハセ忠、さようなら」

「ああ、気をつけて帰れ」


ハセ忠も先輩たちも、呆気にとられた顔で涼の帰る後ろ姿を見送っていた。


「夏生、いい暇つぶしが出来たな」


奥寺先輩は涼の背中をじっと見つめていた。


 俺はふと思い出して涼の後を追いかける。


「涼、待って」

「どうしたの?」

「約束、勝者の……」

「授業はうけること」

「お前は先生かって」

「いつか、そうなるかもよ」


 涼は言った。

 あのとき勉強したから今の役に立っている、と言う現実に合う日が来る。


 そのとき麻雀室より教室にいなよ、と言った意味がわかるかも。


 そしたら、アタシは教えを施したことになるから先生みたいじゃん。


 そう言って優しい顔をして笑った。

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