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風吹く時  作者: ゆらゆらゆらり
5/9

5~最高の笑顔がいい

 事件の起こった公園からは、子供たちの笑い声も、母親たちのおしゃべりも、気持ちよさそうに散歩をする人たちも消えている。

 空は晴れ渡り、風もなく、少し暖かさを感じられる、そんな日なのに……。


 恐ろしく危ない公園――そんな噂が広まっているのかもしれない。


 人々の目を避けながらマコを捜すことに体も心も疲れていた。

 ボクは想い出の詰まったベンチにやってくると沈みこんだ。

 もう会えないかもしれない、と思いながらも結局はここに来てしまう。


 天を仰いだ。

 降りそそぐ太陽の日差しがまぶしい。でも、心に光は届かない。心の中に咲いた花が散っていく。光を失い、葉が、茎が、根が枯れていく。もう、心には何もない。


 ちゃんとマコにサヨナラを告げたい。


 目からこぼれた涙が頬をつたった。

 ふと、空き缶の転がる音が耳に届いた。音は耳を通りぬけ、心で止まる。


 風?


 無風だった公園に風が吹いている。

 風に乗って耳へと大好きな靴音が届いてくる。

 風に乗って鼻へと大好きな香りが届いてくる。

 風に乗って目へと大好きな姿が映ってくる。

 風に乗って口に大好きな味が広がってくる。


 目の前には誰もいなかったし、耳にも鼻にも口にも何も届いてはいない。でも、風は心の中に全てを運んでくれていた。

 ボクは立ち上がった。視線が地面に向かう――さっきは気付かなかったものが目の前に広がってきた。


 ボクは走りだした。ベンチ前の地面に書かれていた文字を思い浮かべながら。


『さよなら

 大好きな君』


 マコはこの公園に来ていたんだ。

 公園を抜けて通りに出ると、待ち望んでいた姿がそこにあった。

 停車している路線バス。窓の向こうに、下を向き、悲しそうに何かを見つめる姿がある。


 手にはあのオルゴールがあるのだろうか。きっと、隣に座っている人がマコの父親なのだろう。

 父親ゆずりなの、と言っていた細い目をマコに向け、なにやら話しかけている。


 ボクは叫んだ。

 道行く人が振り返り、視線をボクへと向けてくる。ボクは犯罪者であることも、追われていることも忘れて、ただ、マコに気付いて欲しくて必死に叫んだ。


 何かを感じたのか、マコが顔を上げ、辺りを見回し、視線を窓の外に向けられた。

 ゆっくりと視線が左右に動く。そして――動きは止まり、マコの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。


 マコは立ち上がって動き出そうとしたが、腕を父親に掴み止められている。

 真剣な目で何かを口にする父親に、マコは険しい顔で何かを訴え、腕を振り払おうとしている。

 でも、父親は決して放すことなく、目に涙を浮かべながら何かを話し続けている。


 マコが唇を噛みしめながら、椅子に腰を落とした。そして、手を窓にかけた。

 開けられた窓。こぼれ落ちる涙と微かに震える唇。何かを言いたそうだが言葉は聞こえてこない。


 やっと、会えた。でも、わかっている。きっと会えるのはこれが最後だ。


 最後は笑顔がいい。あの弾けるような、八重歯が輝く最高の笑顔がいい。

 それを胸にしっかりと刻んでおきたい。


 ボクは首を振り、足をあげ、体をまわした。ヘンテコな動きを必死でやった。マコが大好きなダンスを。


「ありがとう」

 マコの声でボクは動きを止め、視線を向けた。

 気付かないうちにバスは動き出していた。窓から身を乗り出すようにしているマコの頬は涙で濡れていたが、その顔には八重歯が輝いていた。


 体が動き出す。

 ボクも、ありがとう、って伝えたい。

 サヨナラ、って伝えたい。

 他にもいろいろなことを伝えたい。

 マコを追って走った。


 遠ざかるバスの窓からマコが叫んでいる。


「絶対に迎えにくる。今度は一緒にいられる。ずーっと一緒にいられるから」

 そう叫ぶマコの顔が輝いて見えた。

 バスはどんどん遠ざかっていく。


 ボクはバスが見えなくなるまで見つめていた。目の前の風景は涙で霞んでいたけど、心には光が差し、視界は輝いていた。


 一緒にいられる。ずっと一緒に。


 と、背中に何かを感じる。

 荒い息遣い?

 恐る恐る振り返ると、見覚えのある制服と忘れることの出来ない鬼の形相が目に映った。

 公園での出来事が蘇り、体が小刻みに震え出す。

 あの若い警官が乱れた息を整えるように深呼吸しながら目の前に立っている。


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