9話 地脈と突然変異
「あなた1人で外に出るのは危ないわ。それに・・・。」
ルルが静かに首を横に振る。たったそれだけの動作だが何を伝えたいのかは理解できる。
回復は・・・間に合わなかった・・・。
リリムが凍結の魔法を掛け、腐敗を抑える。せめて彼の故郷へ還してあげようとのことらしい。
「この山は、確かに危険な魔物が出てくる。だが僕が聞いた情報は狼の群れや鳥類の魔物のことだった・・。熊の魔物なんてこの山どころか、国中どこからも聞いたことがない・・・。」
「突然変異ってところね。地脈を走る魔の流れが狂った時に起こる現象だわ。」
山脈や禁足地とされる土地にはたいてい地脈に魔力が流れ込んでいる。そしてその場に生きる動植物や魔物に多大な影響を与える。と言っても通常はただの熊がここまでの影響を受けることはあり得ないだろう。他の場所でも似たような現象を見かけたことがあるが、せいぜい野鳥が大きくなったり、狼がより素早くなるなど、多少戦闘能力が上がる程度だった。魔物化しただけではなく、再生力まで手に入れているとは・・・。
「誰かが、ここの地脈を使って儀式か実験かでもしたのだと思うわ。それで地脈の魔が乱され、普通より大きな影響が出てしまった。その結果ただの熊が魔物となってしまった。まったく迷惑な話ね。」
切り落とされた熊の腕持ちあげ、ルルは呟いた。そういえば、リリムの姿が見えない。彼女は僕を取り押さえた後どこへ行ったのだろうか?
「何かお探しですか?」
「うわっ!」
背後から突然声を掛けられ思わず声を出してしまった。声を掛けてきたのはその探していた彼女だ。そして、全身ずぶ濡れの状態になっているのを見る辺り外に出て何かをしていたのだろう。察するに、他に変異した魔物がいないか確認をしに行ったのだろうか。
「早かったわね。それで?」
「山の麓に小さな集落を確認しました。誰かを探しているようでしたので、おそらく彼らはその村の者だと思います。それと、鳥も1匹大型に変異し山頂付近を飛んでいたため落としてきました。私の探知に引っかかった魔物はその鳥だけでしたが、姉様のほうはどうでしたか?」
「私のほうも同じね。といっても油断は出来ないけれど。」
とにかく今は彼らが目覚めるか、雨が止むのを待つしかないか。自分たちだけなら無理やり駆け降りることもできるが、体力も体温も失っている彼らを雨の中に晒すのは避けたい。
リリムが火を起こし服を乾かしている・・・というか火だるまになっていないか?全身を炎で包んで乾かすとは斬新な乾かし方だな・・・。
「乾燥の魔法もあるのですが、そちらは衣服を脱がないといけませんので。・・・脱いだ方が良かったですか?」
「い、いやいい!それで!」
少しばかり口角を上げ炎の中から見てくるリリム。からかっているのだろうけど、そんな状態で言われても恐怖でしかない。
そんな火だるまになった妹のことはまったく気にしていない姉のルルは、彼らを貫いた熊の爪に何やら細工をしているようだ。
不思議に思い覗いてみると、どうやら鍛冶系の魔法のようだ。
「これ?この熊の爪を剣に加工しているのよ。魔法による鍛冶は昔200年くらい研究していたことがあるの。だから、このくらいはお手の物よ。」
「何故そんなことを・・・?」
二人は特に帯剣をしていないが、今更そんな剣が必要とも思えない。
出来上がった剣は良くも悪くも普通の剣だ。魔物とはいえ突然変異したただの熊の爪だ。何か特別な武器というわけでもない。
疑問の尽きないグラに対してルルが放った言葉は、更なる疑問を呼ぶだけだった。
「この剣で、私が彼を刺殺したことにするのよ。」