72話 雪山を超えて
「こうして姉様と話すのも久しぶりな気がしますね。」
鎌倉の中でグラとシール君を回復を待っている中、リリムと適当な会話をしていたのだが、ふと言われてみれば確かにそうかもしれない。
グラと出会ってからはリリムと二人きりになることは食事中くらいしかなかったし、その時は大抵食事のことを話している。といっても、今更世間話をするような間柄でもないし、近況報告が必要なほど離れていたわけでもない。
「確かにそうですが、姉様は何か報告すべき事があるのでは?」
「見てたんだから知ってるでしょ?」
あの時、遥か空高くからこちらの様子を伺っていた二人に気が付いて、途端に冷静になりグラから逃げ出そうとした。いつから見ていたかは知らないがその後の展開も知っているはずだ。
「グラさんはすでにこちらの事情を知っていますし、私のようなことにはならないでしょう。改めて、おめでとうございます。」
"ありがとう"とだけ短く返す。だが人の心などどうなるかは分からない。勿論離れないように最大限努力はするが、もしグラが私の下を離れたとしても、それは私に原因があるだろうから、変な絶望の仕方はしない。
「まあ、私が振られたら100年くらい落ち込むでしょうから、その時はよろしくね。」
「面倒くさそうなので、そうならないことを祈ってます。」
素早く拒否されてしまってはこれ以上返す言葉も出ない。それよりもシール君とはどうなのかと尋ねれば、顔が好みじゃないと言われ再び言葉を失う。
遥か昔、リリムが恋をしていた殿方は、確か年を誤魔化しているんじゃないかと思うほどに老け顔というか、おじさんという感じの顔付きだった。確かにシール君とは真逆ではあるが、彼がリリム好みの顔になるまであと何百年待たねばならないのだろうか。
「まあ、グラさん同様、シール君もこちらの事情を知ってなお好意を寄せてくれてますから、その内期待には応えます。」
ピクリと、シール君の体が反応したような気がする。先ほどまでは完全に気を失っていたが、いつからか起きていて話を聞いていたのだろう。
「まあ、寒さにやられて身動きが取れなくなってしまうようでは、まだまだですね。」
リリムもそれに気が付いているのか、ずいぶんと意地の悪いことを言う。種族体質の部分はどうしようもないだろうに・・・。
どれほど時間が経っただろうか、外の様子は相変わらず吹雪いているが、グラが目覚め、シール君がある程度回復したおかげで少しばかり状況は良くなりそうだ。
「山頂の方から呼ぶ声が聞こえる・・・向こうも僕たちに気が付いたみたいだけど、迎えには行けないから何とか頑張ってくれだって・・・。」
どうやらこの先にいる竜神は寒さに弱いようで、ならば何故こんな場所を住処にしたのかと問いたくなるが、地脈から感じる大量の魔力を思えば、好きなように実験もし放題だろうから多少無理をしてでもここに住んでいるのだろう。
「山頂に転移魔法陣があるから、それに乗ればいいみたいだよ。場所は・・・グラっちなら見えるってさ・・・。」
鎌倉を出て、シール君を抱えているリリムを真ん中にしつつ、先頭をグラが、殿を私が務めて山頂を目指す。あまりにも厳しい環境だからだろうか、これだけの魔力があるにも関わらず魔物の類は一切姿を見せていない。
普通の雪山ならば環境に適応した熊やら狼やらが出てくるものなのだが、それすらいないというのは少しおかしい気もする。だがその原因は山頂付近に来たことで解決した。
「グラ!止まって!左前方向!」
吹雪きの中で声が届くかの不安はあったが、グラにはしっかりと届いたようで足を止めて確認してくれた。
「なんだあれは・・・!?熊・・・なんだろうけど・・・」
グラが困惑しながら伝えてくれた姿は、パッとみた感じは大型の熊なのだが、羽が生えているわ腕と足が4本ずつあるわと、異形の魔物であった。そしてこの魔物が山中の魔物を全て狩り取っているようだ。
「よくわかんないけど・・・こいつは大丈夫な奴だって言ってる・・・。魔法陣はこの先だから無視して進んでいいってさ。」
シール君が、おそらく竜神同士にしかわからない方法で連絡を取り合っているらしく、この魔物が山の守護獣であることも教えてくれた。
「大丈夫と言われても・・・威圧感だけで足が竦むんだけど・・・。」
それでも信じて進むしかない。最悪私が時間を稼ぐことは出来そうだけど、佇んでいるだけでもこれほどの力を感じさせるこの異形の魔物相手に、どれだけ力が通じるかは分からない。
「姉様はグラさんを抱えてください。一気に駆け抜けます。」
リリムの言葉に瞬時に反応し、グラを抱えて一気に駆け抜ける。単純な戦闘力では私の方が上だが、こういった場での判断力は戦闘経験の差だろうか、リリムのほうが速いし的確だ。
そうして魔物の横を通り抜け、山頂にたどり着いたと同時に転移魔法陣に乗りどこかへと転移させられた。




