67話 キセ領領主 フェロン
「この研究所は乗っ取ったから、余計なことはしないほうがいいわよ。」
さらっととんでもないことを話し出すこの女は、一体何をどうやったのか、本当に研究所の所有権を奪い取っていた。
所有権が奪われるということは、物理的な罠はともかく、魔法による罠が一切効かなくなってしまう。そして、この研究所の防犯用の罠は全て魔法始動のものであるため、この女は一切排除されず、逆に私が狙われてしまうことになる。
もちろん、そんな簡単に奪われるようなものではない。十重二十重に罠を設置し、自分ですら解除できない程までに厳重にしたはずだった。
「美人が苦痛に顔を歪ませているのもいいものね。あなたを苦しめているのはその腕かしら?」
随分と良い性格をしているこの女は、地面に伏したままだった私を軽々と担ぐと、研究部屋まで連れて行った。
せめてこの腕が治れば・・・と思ったが、敵の本拠地となってしまったこの場所で治療する術などないし、治ったところで勝てる見込みなどないだろう。
「あなたは何者・・・?何が目的なのかしら?」
血のめぐりも悪くなり頭も働かなくなってきた。思ったことをそのまま口にした質問は、平原で出会った時に自分がされた質問と同じだった。そして当然の如く返答もない。
代わりに話始めたのは、ここで研究していた内容だった。
「あなたが戻ってくるまでに色々調べさせてもらったわ。それと、あなたの目的も判明した。これはとても危険なことだから簡単に見逃す訳にはいかないけど・・・私に完全服従をするなら見逃してあげてもいいし、手を貸してあげてもいいわ。」
断った場合は殺されるのだろう。ただでさえ弱っている上、この女が吸血鬼の殺し方を知らない訳がないだろうという確信が、選択肢を消していく。
だが、手を貸してやるというのはどういう意味だろうか?私の代わりに目的の物を手に入れてくれるというのなら、それは有難いことではある。
私が研究している物は神の遺産の一つ。触れた者の情報を全て転写し可視化する神話の魔法具を入手するための方法。
元々は蛇竜族との混血でしかなかった私は、いつからか吸血鬼となってしまっていた。その原因を探すため、最初こそ復讐だったが今となっては興味本位というか、最早ただの意地ではあるが、自分の真名を知ることが目的だ。
これが呪いであるならば、真名を知ることで解放される可能性もあることが判り、その方法を探し続けてようやく、神話の魔法具の事にたどり着いた。
そしてその保管場所か、あるいは何らかの情報がウアル連合国に隠されていると知り、キセ領領主をたらし込みようやくここまで来たと言うのに、あと一歩のところで炎の精霊に先を越されてしまった。
「あなたの、魅了の力に関しても随分と研究していたみたいね。魔法抵抗力が極端に高い者に魅了は効かないから、実力で王子と結ばれるしかなかった。そのための地位を手に入れたというのに、残念だったわね。」
目の前の女に殺意が沸くのを感じる。この呪いのせいでどれだけ苦労してきたかも知らない小娘に哀れみの目を向けられる筋合いなどはない。
魅了の力など欲しくて得た力ではない。こんなもののせいで、私は数えきれないほどの男女に犯され、吸血鬼の再生力のせいで死ぬことも出来ずに絶望を味わい続けた。体内の魔力回路まで破壊されてしまい、魔法で闘う術を奪われてしまったため仕方なく魅了の力を利用し助かることは出来たが・・・。
「他人の魔力を投影して使い魔を作成・使役する・・・普通の魔導士はこんなことするくらいなら自分で戦った方が早いから誰も研究していなかったけど、あなたには必要な物だったというわけね。私もさすがに驚いたわ。いきなり妹に蹴り飛ばされるとは思わなかったもの。まあ偽物だったわけだけど。」
妹・・・この女を捕らえた時に使ったのは、この体を傷つけた闇の祝福使いの物だったはず・・・ということは、この女はあの化け物の姉・・・二つ作ったうち一つは結界内で壊された。そしてここにもう一体がいないということは、こいつに消し炭にされたのだろう。あれは今まで作ってきた使い魔の中でも最高峰の強さだったのに・・・なんという怪物・・・
「死ぬ前に・・・あなたの名前を教えてもらえないかしら?」
理解の外にいる目の前の怪物相手に、生への気力も失われてしまった。ここで死ぬというのなら・・・もう・・・それでいい・・・。
絶望を味わい・・・自由を求めて・・・得られなかった・・・もう、これ以上生きるのは・・・辛い・・・。
「あなたの気持ちも、過去の苦しみも私にはわからないわ。ただ、あなたの研究は私にとっても価値があるのよ。身に覚えのない呪いを解く方法・・・私はもう諦めていたから調べもしなかったけどね。」
そう言ってこの女は何か呪文を唱えたかと思えば、失ったはずの右腕が熱を持っているのを感じる。気が付けば右腕は完全再生しており、体内に入り込んだ魔毒も微塵も残っていないようだった。
「超再生・・・失ったものを完全に再生する回復魔法・・・神話でしか聞いたことがない魔法を使うなんて・・・あなたは・・・一体・・・。」
魔力を練り上げて腕を作り上げることは出来る。少し慣らせば自身の体の一部としてまったく違和感のない肢体が出来上がるため、私もそうして両腕両足を作って使っていた。だが、今作られた右腕は間違いなく血が巡っており、紛い物ではない、遥か昔に失った本物の自分の腕だった。それに左腕も・・・両足も・・・。
「ついでだから他の場所も治してあげたわ。作り物の体じゃ、魔法だって満足に使えないでしょ?」
「・・・私はあなたたちを殺そうとしたのよ?何故・・・。」
自分の目的のために多くの人を利用し、それでもなお達成できなかったため今度は完全に全てを破壊し奪うつもりでいた。
「でも、そのために用意した物は私の妹が壊したみたいだし、あなたは多くの人から魔力を奪ったとはいえ、別に命を奪ったわけじゃない。中には死んでしまった人もいるかもしれないけどね。」
そういわれてふと思い返せば、確かに魔力を奪い、それを元に使い魔を作り続けたが、領を襲う夜盗の類以外は特に殺した記憶もない。それでも、スーレ領の兵士など、罪のない者を殺めたのは事実だ。
「まあそこは言い訳出来ないでしょうね。でも、前領主は本当に病で急死したらしいわね。それがあなたが魔力を奪ったからかどうかは・・・少なくとも私にはわからないわ。それに、あなたは領主としてもしっかりと働いていたらしいじゃない。私の知り合いの情報屋が教えてくれたわ。あなたは、間違いなくキセ領の領主だって。」
目的のための手段として、領主の養子となっただけだったが、確かに領民のために働いていた時はなんだか充実していたような気もする。
「あなたに・・・服従すれば・・・私はまだ生きていられるのかしら?」
キセ領はまだ、作物の安定収穫も成果が出ていない。スーレ領を通しての貿易を行うにも名産すら生み出せていない。医者も足りないし領内の村を繋ぐ道も作れていない。キセ領が抱えている問題はまだまだ多く、ここで辞めるわけにはいかない。
本物へと戻った自身の左手の甲に、服従の印となる隷属契約の紋を交わしてもらい立ち上がった。
許されるのならば、もう一度キセ領領主として・・・皆を導くために・・・。




