64話 北東にて苦戦を強いられる
「リリム、伝言だよ。王城内と王都内は全員調べ終わって怪しい人はいなかったよ。」
姉様の方へ先に行き、その後に私の方に来たそうで南西の方も特に問題はなさそうということも併せて伝えてもらった。
「そうですか・・・。ところでシール君、アレ・・・なんだと思いますか?」
真っすぐと指を指し、その先遥か遠くに見える物を示す。遠視の魔法を使っていないにも関わらず確かに見えるソレは、何かとても大きな物だということしかまだ判明していない。
「んー・・・なんだろうね・・・。てか、遠視の魔法を使えば見えるんじゃないの?」
先ほどから何度か遠視をしようとはしている。だが、その度に魔法の発動が妨害されているのか上手く機能しない。姉様ならばその原因すらすぐに見抜くのだろうが私はそういったことがどうにも苦手だ。
遠くで分からないのなら近づいてみるしかない。だが、防衛地点であるここを離れるのもどうかと思い、手が打てずにいた。
「シール君、申し訳ないのですがここで暫く待機していてください。私はアレが何なのかを確認してきます。」
「・・・気を付けてね。僕の知識でも判らないような物だから・・・。」
珍しく暗い、本気で心配しているような声を出すシール君の頭をポンっと叩きながら、全速力で空を蹴り跳び巨大な何かに向かっていく。私一人でどうにか出来る物ならいいが、もしダメそうだったら助けを呼びに戻らなければならないため。魔導線を残し、緊急時にはそれを伝ってシール君の下まで声が届くようにしておく。
「これは・・・繭・・・でしょうか?」
ある程度近づいた所で一度止まり、目の前の塊を確認する。白い糸のような物に包まれたソレはウアル王城並の巨大さを持ち、ゆっくりとだが城の方へ移動しているように見える。
これの中身が何かはわからないが、ここまでの状況から察するにフェロンの手の物だろう。巨大な魔物でも生み出して襲い掛かろうという算段だろうか?
「とりあえず・・・消し飛ばしておきましょう。」
「あら、それは困るわ。」
自分もそれなりに高い位置にいたというのに、さらに高い位置から気配もなく声を掛けられたことにわずかに動揺する。距離を取り振り返れば先日キセ領で自分たちを襲ってきた相手、フェロンが胸の下で腕を組み佇んでいた。
「今それを壊されるわけにはいかないのよ。それはまだ成熟しきっていないの。今壊してしまったら大変なことになるわよ?」
やはり魔物か何かの類だろう。成熟しきってしまえばさらに大変なことになるのは明らかであるし、中身ごと消し飛ばしてしまえば何も問題ないだろう。
だが問題はこのフェロンという者が黙って見ているはずがないというとこだ。以前より気配も魔力濃度も段違いに高い上、むせ返るような血の匂いを漂わせている。おそらくこれが本体だろう。そして、姉様から聞いた予測の通り吸血鬼なのだろう。
吸血鬼とは今まで戦闘を行ったことがない。どのような戦術を取ってくるのか、どれほど強いのかも不明だが、一部の魔法に気を付けていれば苦戦するような相手ではないだろう。
先手必勝。身体強化に増力を加え一気に間合いを詰める。左足に魔力を乗せ速度を落とさず放たれた斬撃がフェロンの首を刎ねた。もちろんこの程度で死ぬ相手ではないことは知っている。刎ね飛ばした首をめがけて光の矢を放つ。
吸血鬼を殺す方法は3つ。特殊な武器で攻撃するか、回復源である魔力や血を使い切らせるか、吸血鬼を形成する核・・・人間でいうなら心臓を破壊することだ。
彼女が自身の核をどこに隠しているかはわからない。もしかしたら体外のどこかにあるかもしれない。それを測るために一先ず頭を狙ってみた。
「随分と血の気の多いお嬢さんね。嫌いじゃないわよそういうの。」
そういって彼女は何事もないかのように首のない体で反撃を行ってくる。一般人からすればかなり早い身のこなしなのだろうが、私からすればグラさんにすら劣る程度の速度でしかない。むしろ近接戦に関して言えば、一対一で驚異的な殺傷力を持つ上、気配が全く読めないグラさんのほうがよっぽど脅威的ではある。
だが相手は吸血鬼だ。狙いは当然私の血か魔力だろう。おとなしく近接戦を挑む理由もないため、距離を取り束縛の魔法を掛けつつ遠距離攻撃で応戦する。
何度も体を破壊し、時に粉々にしている割に彼女の回復能力が尽きる気配がない。さすがに何か絡繰りがあるのだろうが、残念ながらそれを見抜くだけの考察力を持ち合わせていない。
「やっぱりあなた・・・増力で誤魔化してはいるけど体に蓄えてる魔力はそうでもないみたいね。大型魔法を使わないのもそれが理由かしら?」
洞察力では彼女の方が上のようだ。普段は大気中の魔力をかき集めて大型の魔法を放ったり、姉様やシール君から魔力を分けてもらって攻撃しているが、この場においては彼女が大気中の魔力を支配しているため、自身の蓄えを削るしかない状態だった。
それでもエレナに少し劣る程度ではあるが、結構な魔力は持ち合わせている。だがこの後の事を考えれば、巨大な繭を消し飛ばすためにも出来る限り魔力は残しておきたい。
だが、そんな思惑すら見抜いているかのように笑うフェロンが、切り札の一つといって召喚した相手を前に、全力で戦ってなお勝てるかどうかも分からない状態になってしまった。
「これはあの時、あなたから貰った"あなた自身"。私はね、貰った魔力を元にその人自身を作り出せるのよ。そこに、一瞬だけ見えた男の子の、隠密の力も加えてみたのよ。さて、勝てるかしら?」
つまりは私自身にグラさんの隠密能力、気配が全く読めない上に一対一で無類の力を発揮する暗殺者としての力が加わっているとのことだ。これはさすがに厳しいかもしれない。シール君に増援をお願いしようと魔導線に信号を送ったところで、再び彼女が笑い出した。
「増援なんて呼ばせる訳ないでしょう。あなたから奪ったのは何もあなたの力だけじゃないわ。いえ、知識も力でしょうからある意味ではあなたの力かしら?逆式結界・・・面白い物を知っているわね。これを研究していた魔女の施設には一度も潜り込めたことがなかったのだけれど、あなたはどうやって知ったのかしら?」
どうやっても何も、研究していたのは姉様だし、エレナも知っていたことからして、アガレスの書庫に研究論文でも置いてあるのだろう。
状況は最悪だ。増援を呼ぶにはシール君自身に気が付いてもらうしかない。だがシール君に気付いてもらうには、あまりにも距離がありすぎる。逆式結界は術者以外が抜けるには、術者を倒すしかないのだが、肝心の彼女が結界の外にいては手の出しようがない。
「こんなことになるのなら、姉様の研究をもっと手伝って、勉強しておくべきでしたね・・・。」
自分自身と対峙しながら、己の浅学さを悔やむばかりであった。




