60話 不穏な動き
「ルル、ちょっといいかい?君の意見が聞きたいんだ。」
王城に来て1週間が過ぎ、結婚式もあと数日という所まで迫っている中、特にやることもなく王都を散策したりアルルやセインに色々教えていたりしながら過ごしていた。
そんなある日、偶然か狙ってか一人でいる所にグラが声を掛けてきた。リリムはノエルの御供として王都内へ買い出しに向かっていて、シール君はセインとアルルに風魔法を教えており、私だけ手持無沙汰の状態だったため、グラを部屋へ招き入れて座ってもらった。
「キセ領での一件が気になってね。ウアル国王様やランドロー王子たちにも報告したんだが、どうにもおかしいというかなんというか・・・。」
聞けばキセ領領主フェロンは私たちを襲った後、何食わぬ顔で領主亭へ戻っており現在も領主としての仕事をこなしているという。さらにはキセ領の周辺貴族や肩入れしている領主たちから派兵があったらしい。
「表向きはキセ領にも魔物が現れ、領軍が退治したけれどもかなりの被害を受けてしまったためだそうだ。王都に近い領の兵が少なくなるのは問題があるということで派兵があったのだけれど・・・数が異常だ。」
そういってグラは紙を2枚並べ、説明をしてくれる。1枚は王都を中心としたウアル連合国の全体地図。こちらは手持ちの地図とも示し合わせほぼ間違いがないことを確認した。そしてもう1枚はキセ領へと派兵した領名とその兵の数が記されている。どこで入手したのかと問えばシール君を連れまわし神速を得て全ての領主亭へ忍び込み証拠を握ってきたというのだからとんでもない話である。
「ははっ。まあこのくらいはね。これでもアガレス一の密偵だから。移動さえどうにか出来ればこの程度は出来るさ。もちろんこの事はまだ誰にも話していない・・・シールは知っているけどね。」
グラの意外・・・でもない特技に関心しつつ紙に目を通す。だがこの数値が本当ならおかしいなんて物じゃない。
「あなたの言う事を疑う訳じゃないけれども・・・これはちょっと信じられない数値ね・・・。半数以上の領から一番少なくて三千、多くて五千以上の派兵なんて・・・。」
「全て合わせて約五万、人数だけならアガレス国軍に匹敵する程だ。そこに元々いたキセ領軍と例の蛇が加わったら・・・。」
とてもじゃないけど、対応は間に合わない。ただ戦うだけならまだしも、万が一戦場が王都にでもなったら確実に王都は滅びるほどの戦火となるだろう。
「それで、私に聞きたいことというのは何かしら?五万の軍を殲滅しろというのなら、もちろん可能だわ。・・・手を出すのはあまり良くないことでしょうけど。」
「最悪の場合は君たちに依頼がくるかもね。僕としても他国の事情にどこまで首を突っ込んでいいか測りかねている。それと、聞きたいのは魅了の魔法に関してだ。解除というか、治癒は出来るのかを確認したい。」
魅了の魔法は混乱魔法の一種であるため、治癒魔法で解除したりすることは出来る。これほどの人数を一度には無理でも、少しずつ治癒を進めたりしていけば何とかなるとは思う。
「けれど、残念ながら今回は無理ね。あれは魔法じゃない。掛からないようにするのは防ぎようはあるけれど、解除をするには術者を、フェロンを殺すしかないわ。」
人間・動植物に異種族魔族、この世界にはさまざまな生きとし生ける者が存在する。その全てに共通していることが有限の時を生きているということ。だが、私たちのように時の理から外れた人ならざる者もいる。フェロンも恐らくその一人だろう。
「吸血鬼・・・元は血を吸ったり与えたりで人を操る者なんだけれど、彼女は血の代わりに魔力を吸い、魔力を与えて魅了の状態へと洗脳しているのよ。あの時、あなたの魅了を解除出来たのはあなたへ流れていった魔力が、シール君の加護で雲散した上に脳へ浸食する前に止めることが出来たからよ。」
少なくとも、すでに洗脳されている者を救う術は術者が死ぬ以外に存在しない。あるいは、術者が死してなお解除されない可能性すらある。
「待ってくれ!フェロンは前キセ領領主の娘なのだろう!?人の子がいきなりそんな・・・」
「私だって元は普通の人間だったし、特殊な血を引いているということもないわ。人の子が吸血鬼になる可能性も全くないわけではないわ。ただ、彼女はどこかで入れ替わったか、前領主から洗脳していたかのどっちかでしょうけど。」
自分の親が何者だったかなんてもはや覚えていないが、自分の血を検査・研究したことは過去に何度かあったし、その度にただの人間と何ら変わりがないことに絶望した。せめて自分が何者なのかだけでも判ればまだ不死である理由も納得が出来るかもしれなかったというのに。
そんな話はさておき、フェロンが前領主から生まれていないという確証はないが、おそらくはもっと古い時代から生きている者だろう。だが彼女のことに関してはさすがに情報が少なすぎるため、先の戦いで得た情報からの推測でしかない。
「もちろん、今私が話したことは私の経験と知識から考察しただけのものだから、実際は全然見当違いな可能性もあるわ。人を集めている理由も単に血を吸って寿命を延ばすためだけかもしれないわ。吸血鬼は血や魔力を吸うことで傷を治すのよ。私たちと違って自動修復ではないから殺そうと思えばあなたでも殺せるわ。」
と、そこまで言って、グラが以前の戦いで自分の武器を失っていることを思い出した。当の本人も、話を聞いた後懐から壊れた短剣を取り出し思い出したようで、お互い顔を見合わせて苦笑を零した。




