48話 流され着いた場所
「お隣いいかしら?おにいさん。」
「どうぞ。お嬢さん。」
静かにグラを見つめていたら心がざわつき変な感情が芽生えてしまうかもしれないと感じ、未だ星空を見上げているグラの隣に座る。
「あなたがくれた香草酒とってもおいしかったわ。ところで、どうして空を見ているのかしら?」
「あー・・・なんか違和感というか、何かを見落としているような気がしたんだけど、酔いが回っていて思考が鈍ってるみたいでね。まあ疲れているだけかもしれない。」
彼の言う違和感とはなんだろうか?船を横から照らす月灯りの周りには、大小に輝く星が散らばっている。占星術を使う人にとっては星の位置や月の位置は重要らしいが、私たちの中には誰もいない。
昨日も、ノエルが船首の方を見上げ月がキレイだと言っていた。どこかで読んだ詩の中では、あなたのことが好きと伝える言葉として、月が綺麗ですねなんて表現していた物があると言う。そんなノエルの話を思い出していた。
・・・ん?待って。昨日ノエル確か・・・船首の方を見上げていたわよね・・・。今私たちが見上げているのは船の脇の方・・・。
「・・・グラ。アガレスから見た月の方角って東のほうよね・・・。」
「ん?あぁそうだね。月も動いているから完全な目印や指針になる訳じゃないけど、だいたいの向きは分かるから・・・だから・・・僕たちは月に向かっ・・・て・・・!?」
言葉の途中でグラは立ち上がり地図を置いている船内へと慌てて走り出した。私もそれに続く。そして地図上の自分たちの位置を確認し青ざめる。
レゾンを出航し真っすぐウアルの方へ向かっていたはずなのに、いつのまにか海上を南下しており、結構な距離を移動していた。
そして、もっと悪いことに、このまま南下を続けたらまもなく魔霧海域に突入してしまう。最悪船が破損することは防ぎようがあるが、激しい海流に捕まり転覆してしまったら大変なことになる。
グラもそのことに気が付いたようで慌ててみんなをたたき起こしに向かった。一体いつから方向が変わったのか。少なくともシール君が風を管理している間は問題なかったはずだ。
それなら問題は推進器の方向が変えられたか壊れてしまったか。だが船首についている舵は特に変わったところはない。考えられる原因としてはシール君が酔いつぶれた後に、南へ向いている海流に乗ってしまったか、あるいは魔物がこっそり向きを変えて運んでいたのか。
「とにかく、船が無事ならさっさと方向を変えてしまいましょう。」
だが、気が付くのが少しばかり遅かった。突然揺れたかと思うと船がものすごい速度で進みだした。確か魔霧海域にはものすごく早い海流があると聞いている。もしかしたらそれに乗ってしまったのかもしれない。
そして船内から外に出たら、辺りは霧に包まれており、同じく甲板にいるであろう他のみんなの姿すら朧気にしか見えないほどだった。
「いやー・・・やっと海流を抜けたのかな?船の動きが遅くなったね・・・。」
海流に乗り進み続け、ようやく穏やかな流れになったかと思えば、辺りの霧はものすごく濃くなってしまい、1メートル先すら見えないほどだった。
幸いにして船は岩礁に当たることもなく、また全員の声がするため無事は確認できていた。だが、これほど以上な魔力濃度の中にいたら体に異変が起きてしまう。
「ひとまず、全員船内に・・・ってこの霧の中じゃどこに扉があるかわからないし、下手に動くほうが危険ね・・・。」
誰がどこにいるかは声の方向でなんとなくわかるが、それ以外は殆ど見えていない。
そんな中、どうやら船首に行って辺りを見回していたらしいグラの声が聞こえた。
「海底の方に遺跡っぽいのが見えるんだ。もしかしてこんなことになってる原因はあの遺跡にあるんじゃないか?」
どうして見えているのかと問えば、隠密の魔法で視界確保が出来ているらしい。私が知っている限りではそんなことが出来るのは絶対視力の魔法くらいだ。もしそれを使えるなら彼にはリリムの衣服に刻んである暗転も効いていないことになる。それで昨夜シール君がリリムのスカートをめくっていた時にそっちを見ていたのかと納得しつつ、グラに声を掛ける。
「グラ!全員の位置が見えているなら、一人ずつ手を引いて船内にいれてもらえるかしら?顔も見えない状態じゃ話合いもしにくいわ。」
わかった。とだけ答えグラに手を引かれながら船内へと入る。扉を開けた時に多少霧に飲まれたが、なんとか換気をすることができ船内の様子を知ることができた。
どうやらまだ誰もここへは来ていないらしい。真っ先に自分を連れてきたのは単純に発案者だからだろうか?あるいは・・・。
「ダメ・・・。余計なことを考えてはダメ・・・。今はここを脱する術を考えるのよ・・・。」
椅子に座って全員が集まるのを待つ。数分もしない内に全員が船内に入ってきたので、ひとまず怪我などがないかを確認する。海流に捕まった時ノエルが転んで、割れた酒瓶で手を切ってしまったらしいが、すでに自分で回復魔法を掛けてあると両手を見せてきた以外は特に何事もなかったようだ。
「姉様、いかがしますか?遺跡を探索し原因を究明しますか?」
リリムの提案には首を横に振る。確かにこんなところにある海底遺跡など興味が尽きないが、今は目的地があるのだから、そっちを優先させるべきだ。
そして、実はこの状況を簡単に脱する方法はすでに思いついている。あとは本人に頼んでやってもらえるかどうかだけだ。
「私たちの目的はウアル連合国王都へ行くことよ。それに準備も何もしていないから今は調査はしないわ。ってことで、シール君。船ごと私たちを運んでね。」
右目をパチッっと瞑りシール君の方を見れば、本人もそれが一番確実だし手っ取り早い方法だと思っていたらしく、特に交渉という交渉もせずに承諾してくれた。
「彼が風の魔法に長けていることは知っているが、具体的にどうするんだ?風で霧を吹き飛ばすとでもいうのか?」
ノエルはシールの正体に関して詳しくは知らないようだった。人間以外の種族で風魔法に長けている謎の少年という認識だったらしい。私やリリムに似たような化け物の類だろうと特に気にしていなかったそうだが、むしろその発言によって私たちが化け物だと思われていたことの方が心に刺さる。
「まあ説明とかはとりあえずここを出てからするよ。それじゃ、とりあえずみんなは船内からは出ないでね。」
そう言い残したシールは一人外へ出ていき、物騒な咆哮が聞こえたかと思えば船が揺れ出し、揺れが収まったかと思えばどこかへ移動しているような感覚を与えてきた。




