45話 星空の航海
「月灯りの下、星空を見上げながらの船旅というのもいいものだな。」
ノエルが甲板にわざわざ椅子を持ってきてそういいながら座る。暖かい季節になってきているとはいえ、夜は冷え込むこともあるしましてここは海上だ。できることなら風邪を引く前に中に入ってほしいものだが、それを口にする勇気もない。
結局全員が椅子を外に持ってきて、毛布を掛けて座ることにした。だがシールは座っているより寝っ転がっている方が楽と言い甲板に毛布を敷いて横になった・・・のだがその位置と視線がおかしい気がする。リリムの少し前で横になり視線が一点を見つめ続け動かない。無駄に器用な技術を用いて毛布ごと体を少し浮かび上がらせ、座っているリリムの膝の高さくらいまできていた。
当然リリムはその目的に気が付いているが、これが報酬代わりになるならと、特に抵抗するわけでもなくわざわざ手に持っていた毛布をノエルにあげて座っていた。だが記憶が確かならシールの視線の先は真っ暗で何も見えないはず・・・。記憶が確かなら・・・記憶が・・・いやまああれは事故に近い何かだったし仕方がないだろう。
現在船はレゾンの町を出航し、すっかり港も見えなくなっていた。ウアル王国はアガレス王国からみて東の方にあるため、現在はレゾンからまっすぐ東へ向かっている。海図も羅針盤もない船旅だが、現在位置は完全に把握できていた。
遺跡で見つかった神話の地図は、地図そのものの現在位置を示す点が表示されるらしく、赤い点がしっかりと海の部分に記されていた。そして、少しずつだがその点が移動してきている。
進行方向こそ地図だけではわからず、本来ならある程度進んでから元々の点の位置と現在の点の位置で把握するしかないようだが、この海上に関してだけは例外で、魔霧海域と呼ばれる魔力濃度が高い海域の方向を感じ取ることができている。そして、それは神話の地図にも少しばかり特徴的な表示になっていたため、危険領域に近づく心配も少なかった。
「エリアスが言ってた魔霧海域の辺りに小さいけれど岩礁のような物が表示されているのよね。実物は結構大きいんでしょうけど、ここを中心に広がっているみたいだわ。」
元々霧が深い海域だったところに地図に写るほどの岩礁があればそこを通る船がぶつかり、船の一隻や二隻くらい沈められてしまっていてもおかしくないという。小さな岩礁などとあわさって変な海流を生み出してしまっている可能性もあるという。魔力濃度が高いせいで魔物もそこそこ強い相手が現れるだろう。
そして、魔力濃度が高くなった原因は大量の魔石を積んだ船が大破して海に影響を与えたのか、あるいは海底火山のような物があってそこの地脈のせいなのか。詳しくは調べてみないとわからないが凡そそんなところだろうとルルは考えているようだ。
「もしかしたらあの遺跡を作った人はここを調べようとしていたんじゃないかしら?」
「だとしたら地脈や遺跡があるってほうが可能性がありそうだね。船や航海技術が発達したのなんてそれほど昔じゃないだろうし。」
そういえばエリアスはこの海域を超えることが出来るだけの船があるかのようなことも言っていたような気がする。もしかしたらウアルのほうではもっと調査が進んでいるのかもしれない。
「アガレスとしては別に調査せずとも問題ないからな。スフラの漁師たちに被害も出ていないし、ウアルの商人も魔霧海域を通ること自体は航海難易度や船が破損する危険性が少し高いだけで、そこをどうにかできるなら出る被害はせいぜい魔力に酔って気分が悪くなる程度だと言っていたからな。」
「極端な話、ものすごい頑丈な船に海流をもろともしないほどの推進器を乗せて無理やり通ってしまうことが出来るってことよね。ウアルの造船技術というのも興味深いわね。」
「私としては、ウアルに着いたらアカーシャ領を一度訪れたいですね。」
ウアル連合国アカーシャ領といえば蜂蜜が名産の土地として世界的にも有名だ。本当に甘い物に目が無いというかなんというか・・・。
「今回の目的はあくまでウアル連合国王都だからね。こっちから行ったら真逆の方の領だから行くのは難しいかもなぁ・・・。」
「それと霧の里ね。これは連合国の南の方だし、アカーシャ領に行くんだったら道順もそうとう狂わせないといけなくなるよ。」
二人に突っ込まれ残念そうにしているリリム。国の名産だから王都でもある程度販売はしていると言ってみたものの、あまり表情は晴れなかった。
ウアル連合国に着いてからは、このままいけばスーレ領の港に到着し、そこからキセ領を通って連合国の中心に位置する王都へ向かう。結婚式を見届けた後でルル達と別れ、ルルとりリムとシールは南下して霧の里を目指し、僕たちは来た道を戻ってアガレスへと帰ることになるだろう。
だが、帰りはシールがいないためこの船は使えない。可能であれば変わりの船を用意してもらいそれで帰るか、用意できなかった場合はルル達についていくしかなくなる。霧の竜神は隠密系の魔法を極めた竜神なので興味はあるが、国情を考えればそんな呑気な事を言っていられない。
最悪シールだけでも拉致していかなければならないと思いつつ、レゾンの町で起きた事件に関して調べたことを伝えておかなければいけないことを思い出す。
「あ、そうだ。シトリ教国の国境に潜入してみたんだけど、ずいぶんと大きい要塞を建設していたんだ。それと、レゾンを襲ったのはシトリ教国の手先みたいだった。証拠はないからどうすることも出来ないけど・・・。」
「妙な話だな。だが客観的に見ればスフラとレゾンで起きた事件を警戒して、シトリ教国内に持ち込ませないためという言い分が立つ。」
「けれどスフラの事件からはまだ二か月も経っていないわ。それほど様変わりするまで建築が進んでいたのなら、もっと前から進めていたことにならないかしら?」
シトリの建築技術が特別優れているという情報は無いし、実際に建築をしているところを少し見ていたが、特別変わった所はない。せいぜい人員が少し多いという程度だろう。となれば、明らかに別の意図を持って建築していることになる。
「国へ戻ったら一度視察に行くべきだろうな。下手に探るよりかは堂々と正面から行った方が向こうの出方を伺いやすい。」
まああの国境を通してくれるのかすら怪しいけれど、シトリ教はそれなりに信者も多い一派だし、勉学のためにと言えば何かと話も通りやすいだろう。下手に断ればそれを疑問に思う信者も出てきてしまうだろうから。
そういえばシールがあまり会話に加わってこないと思い、寝てしまったのかとリリムの方を見れば、どうどうとスカートをめくりあげて見入っているシールと特に気にした様子もなく紅茶を飲んでいるリリムがいた。
だが、リリムは暗転の魔法を下着にも掛けていると言っており、事実その下着はふつうの目で見ている限り黒く染まっている。そう・・・下着の周辺だけが暗転しているさまは、下手に普通に見えるよりも扇情的で・・・
ニヤニヤしながらこっちを見ているルルとノエルに気が付き目を逸らしたが、どうにも居た堪れない空気感となってしまった。




