2話 消し飛ばす妹 始まりの朝
「姉様。助けに参りました。出口はこちらです」
リリムに案内され地下から階段を上り地上へ出ると、もうすぐ沈むであろう夕日が眩しく、思わず目を瞑ってしまった。
「暗闇に慣れてしまっていたから、夕日が眩しいわね。それとリリム。私は確か何とかファミリーの地下に捕らえられていて、おそらくその上には家的なものがあると思ったのだけれども?」
町外れの”広場”は辺りが少し焦げついているものの、自分たちが出てきた穴以外は特に何もなかった。
おおよその答えはわかっているからこそ、少しとぼけた感じでリリムに問う。そして、リリムの回答を聞き、やはり思った通りだと頷く。
「えぇ。確かにここには2階建ての屋敷が先ほどまでありました。姉様が地下にいることは気配で分かったのですが、地下への入り口がどこにあるのかわからず、探すのも手間だったので消し飛ばしました。」
淡々と答えるリリムと、欠伸をしながら聞いているルルを見て、共に地下から出てきたグラは呆然としていた。
「おかしいな・・・なんというか・・・どこから突っ込めばいいんだろうか・・・」
グラは少なからず死線を超え、若輩ながら経験豊富だと自負していたが、目の前の惨劇を理解し受け入れることを脳が拒んでいるように感じた。
「えっと、とりあえずリリムさんだっけ?この家にいた人たちは・・・まとめて消し飛ばしたのかな?」
冷や汗が止まらず、若干声を震わせながらなんとか質問をすることは出来た。グラの任務は人攫い集団の調査、及び首謀者の捕縛。もし、首謀者のドランツが消し飛んでしまっていた場合、任務の遂行が不可能となってしまう。
「何故私の名を?いえ、姉様が教えたのでしょう。こちらの屋敷にいた者は気絶させ捕縛し、あちらの方へ置いてあります。」
リリムが後ろを指さすと、確かに一か所だけ物が散乱している場所があった。そしてそこにドランツを含む数十名が全員ロープで縛られていた。
ただ、何人かは気絶しておらずロープにも縛られておらず、しかしながら呆けたように口を開けへたり込んでいた。
どうやら先ほど聞こえた悲鳴は彼女たちのものだったのだろう。
「何をどうやったのか聞きたいことは山ほどあるけど・・・とりあえず僕はやるべきことを終わらせるか・・・」
混乱しながらも任務をしっかり終わらせようと動くグラを後目に、不思議な姉妹は町へと戻っていった。
翌日
「昨日捕まっていたところの人たちは、ずいぶんと嫌われ者だったみたいね。」
宿に置いてあった瓦版を眺めながらリリムが朝食を持ってくるのを待つ。
どうも以前より人さらい以外にもあれこれ悪事を働いていたらしい。だが、突然屋敷を失い気が付いた時には警騎士に捕らえられていたと書かれている。
屋敷が突然消えた理由は不明だが、天が悪事を見逃さすに裁いたとか、実験中の何かが爆ぜ、消し飛んだ可能性が高いだとか、何にせよやつらがいなくなって良かった、これで安心だとか周りの人は思い思いに口にしている。
まあ屋敷を消し飛ばしたのは私の妹なのだけども。
「リリムが"捕らえなかった"人たちは奴隷だったみたいね。」
相変わらず彼女の洞察力は鋭い。だが一般人への気遣いは少し足りないようだ。屋敷が消し飛ぶような魔法を目の前で見せられたら恐怖なんてもんじゃない。一生心に残るトラウマになるだろう。まあそれも仕方がないというもの。基本的に人と大きく関わらないように生きてきたのだから、他人というものに対してどうしたらいいのかなんて経験が不足している。
「お待たせしました姉様」
リリムが2人分の朝食を持って隣に座る。持ってきたのは・・・ステーキ!
さすがね。姉を悦ばせることに関しては超一流だわ!
「先ほど、グラという男性が訪ねてきました。朝食を終えたら警騎士所まで来てほしいとのことです。」
ステーキをおいしそうに頬張る姉を横目にグラから預かった言葉を伝える。そして自分も朝食を取る。
リリムとしては、この町は姉の食欲を満たすためだけに立ち寄ったにすぎないので、できることならばすぐに旅立ちたいという気持ちが強い。
「まあ、そうよね。あれだけのことをしたのだもの。説明というか、多少の質問に答えるくらいのことはしてあげなくちゃね。」
「姉様がそういうのでしたら。」
先を急ぎたい気持ちなど、姉と離れることに比べたら些細なもの。姉が警騎士所へ行くのならば自分もついていく。
昔、姉とはぐれてしまったがために感じた不安と焦燥は出来ることなら二度と味わいたくない。心の強い姉に依存していなければ、私はとっくに壊れてしまっていただろうから。