13話 アガレスの魔法神
「リリム様ぁ~!!お懐かしゅうございますぅ~!!」
ここは王宮内の離れに位置する場所。わずかな召使と離宮の主以外に誰かが訪れるということは少ない。だからこそこの離宮の主にしてグラの母親、エレナ・シエントス・アガレスはその立場に全くそぐわぬ甲高い声を、もはや悲鳴に近い声を上げているのだろう。
そして、名前を呼ばれたリリムはというと、今まで見せたことがないくらいげんなりとした表情を浮かべている。この表情はとても貴重かもしれない。転写機があればそれを写し姉に売りつければ、かなりの高額で買い取ってもらえるかもしれないくらいに。
「何故・・・何故あなたがここにいるのですか・・・エレナ!」
語気を強め、敵意こそないがかなりの殺意を込めたかのような言葉に、給仕をしていた召使がビクッと体を震わせている。だがその殺気を向けられたはずの本人は素知らぬ顔でリリムに近づき抱きつこうとして躱されていた。
あぁ・・・どこから説明し、どこから理解をしていけばいいのだろうか・・・。
「母君に報告・・・ですか?」
王宮へたどり着き真っすぐと離れへ向かうグラを不審に思い、どこへ行くのかと尋ねれば、今回の任務はグラの母からの依頼だという。彼の任務自体にはそれほど興味もないので深くは追及しないが、先程確認したことが正しいのならば、彼の母とは王妃ということになるだろう。それなのに離れへと向かうということは・・・
「確かに僕はアガレス王国の王族だ。だけど、父は国王陛下であっても母は王妃ではなく妾なんだ。第一王子として、未来のアガレスを担うのは兄上になるだろう。だから僕は影として生きている。」
聞いてしまえば特別不思議な話でもない。跡継ぎが途絶えぬように子孫を多く残すためにも、王に妾がいるのはいつの時代も変わらない。昔、約30年ほど前だろうか。この国へ訪れた際に現国王の姿、当時はまだ王子だっただろう彼を、ちらっと見かけたことがあるが、ずいぶんと豪胆な人だと思ったものだ。そんな彼に付き合う女性というのは少しばかり興味があった。
興味を抱いてしまった・・・。それが間違いだったと、あるいは身分でもなんでも言い訳をしてさっさと姉を探しに行った方がよかっただろうなと・・・。
後悔するような事柄は、いつだって先に察知することができない。
「えっと・・・、母上は彼女と・・・リリムと面識があったのですか?」
「えぇ!彼女は私の師匠なのよ!」
「あなたを弟子にした覚えはありません!」
普段はお淑やかな母の狂乱っぷりに思わずたじろいでしまう。エレナは類まれなる魔法の才を買われ騎士となり、アガレスの魔法神なんて二つ名で呼ばれるほどの活躍をした後に妾となった。当時男爵家の者が妾となることに多少のいざこざはあったものの、その美貌と魔法で黙らせたらしい。魔法神と呼ばれるようになった所以は、当時14歳だったエレナは、海沿いの町へ現れた魔物の群れを、数だけならば一国の軍隊にも匹敵するほどの群れを単騎で追い払った事件があったらしい。まあ事実に色が付いた噂だろうと思っていたのだが、なるほど彼女の弟子だというのならそんな離れ業も納得だ。
「あなたに教えて頂いた魔法のおかげで、ここまでこれましたの。いつかあなたに会うことが出来たらお礼を言おうと思っていましたの。さあどうぞお掛けになってくださいまし。」
「グラさん。申し訳ないですが私は姉様を探しにまいります。それでは失礼いたしっ!?」
言い切る前に部屋から出ようとリリムが背を向けた瞬間、グンッ!とリリムの体が引っ張られたかと思うと、エレナの座っている椅子の反対側までたどり着いていた。いや、吹っ飛ばされたというべきだろうか。床に転げるリリムの表情は見えないが、とてつもない殺気を孕んだ眼をしているのは、後ろにいる召使の態度でなんとなく察することができた。
グラはまだ耐性が付いているが、たった一人の召使は今すぐにでも逃げ出したいと言わんばかりの涙目となった表情を浮かべ、主のそばで立ち尽くしていた。




