1話 捕まる姉 彼との出会い
「少し・・・浮かれすぎていましたね・・・」
誰に言うでもなくそう呟く声は、町の喧騒と風の音に掻き消されていった。
何かの祭りなのか、あるいは普段からこの賑やかさなのかは分からないが、初めて訪れた町に屋台が並びあちらこちらから楽し気な声が聞こえてしまっては浮足だつのもしかたがないというもの。
しかし、姉妹で訪れたはずのこの町で、妹のリリムはいつしか一人で歩いていた。
「姉様のことだ。どこかの屋台に心を惹かれていったに違いない。」
身の危険は特に心配していないが、いかんせん姉のルルは食に関して財布の紐が緩すぎる。
早く見つけて手綱を引かないと旅の資金まですべて使い尽くしかねない。
目指す場所すら分からぬ旅路、懐事情くらいは余裕を持っておきたい。
金色の髪をなびかせ、人にぶつからぬよう屋根の上を翔けながらリリムは行方不明の姉を探していた。
「ここは・・・どこかしら?」
辺りは暗闇。しかしながら何も見えないというほどでもなく、ひとまず牢屋らしきところに入れられているということと、両手足に枷がかけられていることは分かった。
そして、首元にも何かがあるのを感じる。おそらく首輪の類だろうか。
「つまり・・・奴隷商にでも捕まったのかしら?」
リリムと共に訪れた町は、なんとも香ばしい匂いをあちらこちらから漂わせ、欲望の導くままに買っては食べ、食べては買いを繰り返し満足して広場で休んでいたはずなのだが、気が付けばこんなところに捕まっていた。
「最後に食べたのは・・・スープだったかしら?あれに眠り薬でも入れられていたのかしら?まあいいわ。おいしかったし。」
ここが奴隷商の牢屋なら、おそらく私は売り飛ばされる。そしたら私を買ったお金と、ついでに私を買った人たちの財産でも適当に奪っておきましょう。
”観察の魔法”を使って確認したところ、この枷は物理的に抑え込むだけのようだ。首輪に関しても無理やり外そうとすれば爆発の魔法が発動するみたいだが、大して質のいいものでもない。
ルルにとってみれば、この程度のことは問題でもなんでもない。
気になることがあるとすれば・・・
「あなたも捕まっているのかしら?捕まるような実力者には見えないけど。」
向かいの壁に寄りかかっている男はルルと同じように手足に枷を掛けられ壁に寄りかかっていた。
少し距離があるため首から上はよく見えないけれども、なんとなく少し笑っているように感じる。
「君も、こんなところに捕まるような人には見えないけどね。いや、ある意味では狙われる対象か」
ショートカットのリリムと違い、背中まで届く髪は妹と同じく金色に輝く。
貴族のような雰囲気を醸し出している美少女はそれだけで十分盗賊や人さらいのターゲットとなり得る。
「そうね・・・。どうにもここ数年は命の危険なんて縁遠くて気が緩み切っていたわ」
手枷を引きちぎり破壊し、足枷も同様に破壊しながらルルは答えた。
「すごいな・・・。いくらただの枷だといっても、そんな簡単に壊せるものじゃないと思うんだけどな。」
そう言う男もまた、手足の枷を破壊しルルに近づいてくる。
「首輪のほうは力づくで壊さないほうがいい。というか、壊さないでくれ。無理やり破壊して爆発したりすると面倒なことになるからね。」
ルルの首元に手をかざし何かの魔法を起動したかと思えば、次の瞬間には首輪がするりと外れ地面に落ちていた。
「あら、ありがとう。助けていただいたついでに聞きたいのだけれど、ここはどこかしら?それと、あなたは何者かしら?」
「ここはドランツという人攫い集団の拠点、その地下牢屋だね。それと、僕が何者かに関しては・・・お互い、探らない方が賢明かもしれないね。」
「私の名前はルル。妹のリリムと旅をしている途中でこの町に来たのよ。旅の目的は700年前のとある財宝を探し出すこと。さぁ、私のことは話したわ。次はあなたの番よイケメンさん。」
突然の自己紹介に、男は困惑を隠しきれないでいる。彼女の話した旅の目的も突拍子もないことだが、それ以上にここまで真っすぐに情報を引き出そうとしてくる相手とは今まで出会ったことがない。
だが、不思議と嫌な感じもしない。枷を軽く外したり、こんな状況でも微塵も動じたりしないことから彼女が相当の実力者であることは測れる。
だというのに食い倒れて眠りにつき捕まり、駆け引きも何もなく情報を聞き出そうとしてくるあたり彼女は天真爛漫というか馬鹿というか・・・
「そう、だね・・・確かに僕だけ何も言わないんじゃ礼を欠いているね。僕はグラ。とある人の依頼でこの町の人さらい集団を追っている。それで、丁度君が捕まりそうな感じがしたからちょっと利用・・・もとい、便乗させてもらったよ」
丁度グラが話終わった時、そこそこの振動と爆発音、そして幾人かの悲鳴が聞こえてきた。