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最終話 転生賢者、再びの転生

 音のない世界に男性は取り残されていた。


 無音だ。ただ、静かなまま、いっさいは過ぎていく。


 そう――


『重版しました』という連絡をよこす編集者はいるが……

『重版しませんでした』という連絡をわざわざよこす者は、いない。


 つまり、そういうことだった。



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」



 男性は抜け(がら)のようだった。

 椅子に腰かけ、ぐったりとうなだれている様子からは、生命力というものが感じられない。



「……なぜだ」



 ぽつりとつぶやく。

 その声は乾き、かすれていた。



「やりたくもない美少女化をした。エロシーンを入れた。読みやすいように文字数を削った。……だというのに、なぜ、重版しない」

「差し出がましいことを申し上げるようですが」



 整いすぎて人間味のないほどの美貌(びぼう)を持つ女性が、口を開く。

 抑揚(よくよう)、感情、そういったもののとぼしいその声音は、けれど、美しかった。



「現在は出版不況が叫ばれており、重版自体が難しい世相になっているという事実は、無視できないものと思われます」

「たしかにそれはあるかもしれないが……しかし、エロ要素の強いものは、未だに重版されているではないか」

「おっしゃる通りです。ご主人様の優れた観察眼にわたくしなどが及びようもないことは承知の上で、すでにご存じであろうことを申し上げますと、『売れるための努力』をしている作家は、ご主人様だけではございません」

「……」

「売れているエロ要素の強いものの足もとには、エロ要素が強くても売れないものが大量に転がっております」

「…………そうだな」

「エロければ売れるならば、成人向け書籍を出版しているレーベルがトップに立っているかと思われます。そうではないということは、きっと、そういうことではないのでしょう」

「……そうだな。私の――実力不足だ」



 男性は口の端を上げる。

 空虚な笑みだった。



「一作目、爆死。二作目は――どうなのだろうね。重版はしなかったようだが、続刊は出るのだろうか?」

「すでに、おわかりかと」

「……ああ、きっと出ないのだろう。だって――エゴサーチしても、なにも引っかからなかったからね」



 広大なインターネットさえ無音だった。

 完全にスルーされている。


 罵詈雑言はもちろん、(こた)えるが――

 痛感する。

 作家にとってもっとも堪えるのは、『反応がない』ことなのだと……



「新作の企画は通ると思うかな?」

「企画がないと、どうにも、申し上げようがございません」

「そうだろうね。けれど、書かなくてもわかる。……きっと、通らない。いや、通ったとしても、望むものは書けないだろう」



 だって、冷静に考えると――

 今回の書籍、企画の当初案から変えられすぎだもの。


 男三人が『世界を滅ぼすモノ』を倒す――そういうストーリーだったはずだ。

 そういうストーリーの企画書を提出して、『会議通りました』と言われたはずだ。


 ところが(ふた)を開けてみると、『会議に通った』あとから、主要キャラを女性にさせられたり、エロシーンねじ込まされたり……

 そのお陰で尺が足りなくなり、しかしページ数は変えられないので、結果としてストーリーの大事なところを詰めることにもなった。



「……うむ。ああ、そうだな。もはや、ここまでとしようか」



 男性は背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。



「今生はここまでだ。……転生をしようか」

「次はまた五百年後でございますか?」

「いや。次は――来年ぐらいかな」

「それほど短い期間で生まれ変わることが可能になったのですか?」



 常に無表情だったアンナが、わずかに眉を上げる。

 男性は首を横に振った。



「いや、違う。転生は転生でも、そういうものではなく――ペンネーム転生をしようと思う」

「はあ」

「今の名前のままでやったところで、先が見えている……編集者との相性も悪い。だから、別なレーベルから、新人としてデビューしようと思う」

「可能ですか?」

「一度は賞をとった身だ。素人に混じれば、素人には負けないさ」



 お前はなにを言っているんだ。



「『ケンジヤ』はこれにて死す。次は、そうだな……『シコウノ』とでも名乗ろうか」

「さすがでございます。ご主人様が、かつて『世界を滅ぼすモノ』を倒すことができた本当の理由が、機械人形ごときであるわたくしにも、ようやく理解できたように思えます」

「ふむ、なにかな?」

「その異常なほどの前向きさには、ただただ開いた口を閉じることもかなわず、驚愕するばかりです」

「ふふっ、皮肉を言われているな?」

「実のところ、結構な頻度で皮肉を申し上げておりました」

「わかっていたよ。……まあ、そんなお前にだからこそ聞きたいのだが……」

「なんなりと」

「私はなぜ、新人賞をいただけたのだと思う?」

「わたくしの処理能力では返答あたわぬ難問でございます」

「そうなんだよな……今回爆死したものは、技術的にはデビュー作より優れていたように感じる。だというのに、デビュー作より評価されていない……もちろん『新人賞受賞!』の帯の効果は大きかったのだろうが……今から読み返すと、いったい、デビュー作のどこを見て私に賞をあたえようと思ったのか、書いた私でさえもわからない」

「二つほど、可能性を予想いたしました」

「聞こう」

「一つ、『その年が本気で不作だった』」

「……」

「相対的に、ご主人様の書かれたものが面白かったという意味でございますね」

「まあ、わかる。もう一つは?」

「二作目より、のびのびと書かれていたからではないかと」

「……のびのびと、か」

「はい。紙面は真っ黒で、シーンごとの目的もわからず、かわいいキャラというのも見当たらず、伏線は投げっぱなしで、もう原稿をゴミ箱に投げてやろうかという有様ではございましたが……」

「なんかごめんね、いつも読んでもらって……」

「それでも、原稿をわたくしに見せてくださるご主人様は、楽しそうでございました」

「……」

「二作目は、ほぼほぼ無表情でしたので、そのメンタルの差が内容に響いている可能性はございます。人の心の機微(きび)のわからぬ、機械人形のたわごとではございますが」

「……いや。なるほど、そういうのも、あるかもしれない」



 男性は両手で顔を(おお)った。



「一作目、私には守るべきものがなかった。ただ、書いたものを読んでもらうのが楽しかった」

「……」

「しかし二作目、私は『売れなければ』という気持ちばかりが先行して、書くことを楽しめてはいなかった」

「はい」

「途中で気付いてメイドエッセンスを入れてはみたものの、やはり、もっと根幹の部分からどうにかしなければならなかったんだろうね。納得できないキャラ、ストーリー、シーン。そこにちょいとメイドを振りかけるだけではなく、キャラからストーリーからシーンから、メイドとして作るべきだった……」

「ちょっとなにを言っているのかよくわかりません」

「今回の物語は……メイドが、メイドである必然がなかったんだ。ただの美少女にメイド服を着せただけ……それはまあ、素晴らしいものではあるよ。けれどね、しょせんはコスプレだ。本物のメイドじゃない。メイドの魂を、してはいなかったんだよ」

「わたくしの情報処理能力では難しいお話でございます」

「メイド、メイドイン、メイド――メイドにより作られたメイドを目指していこう」

「メイドという言葉があふれかえってまいりました」

「……しばらく、野に下って、のびのびと書いてみるよ。ありがとう、アンナ。ありがとう、私の理想のメイド……」

「わたくしには難しいお話が続きまして、処理能力の低さを露呈(ろてい)してしまい、お恥ずかしい限りでございます。しかし、わたくしの言動がご主人様のお役に立ったのであれば、これに勝る喜びはございません」

「最近は小説投稿サイトもたくさんあるようだし、そこで、いちからメイド修行を積むよ」

「……素晴らしいお考え? です?」

「ああ、自由! 売れ筋なんか気にしなくていい! ……そう思った途端、やる気に満ちてきた!」

「喜ばしゅうございます」

「よーし、書くぞ! ねぇアンナ、最近の小説投稿サイトはね、出版社の人も見てて、拾い上げで書籍化もあるようなんだ。だからさ、きっと、書籍化してみせるよ。……書籍化して、バカみたいに売れて、今の編集者を見返してやるんだ」

「『至高の賢者』と呼ばれながらも、決して大きな視点からものを語らず、いっそみみっちいとさえ言えてしまうような動機での発憤(はっぷん)、まことに衝撃(しょうげき)的でございました。ご主人様はいつでもわたくしの認知機能に負荷をかけて、わたくしの向上心を刺激してくださいますね」

「これからもよろしく頼むよ、アンナ」

「はい。幾度生まれ変わられようとも、わたくしはご主人様のおそばに」



 アンナがスカートの裾をつまんで一礼する。

 男性は多機能魔導板(ディスプレイ)を見つめ、新しいテキストフォルダを作製した。


 もはやレーベルへ提出するためのフォルダはゴミ箱にポイだ。


 これから書くのは、自分のための物語。


 まずは『メイド、メイドイン、メイド』というタイトルを、まっさらなテキストファイルに刻んだのだった――

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