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7 吸血鬼の女給


 ギルドで解散したあとのアズマリア。

 その日は他の依頼を受ける事なく、必要最低限の準備を整えて眠った。


 必要最低限なのはヴァルに言われたからだ。


『依頼中の寝食に関してはこちらで用意するから、君はその身一つで大丈夫だよ』


 打ち合わせ中そう言われたが、念の為夜営に必要な大きめの布や着火用品を背嚢(はいのう)に詰めこんである。

 金欠なので新調は夢のまた夢。パーティを組んでいた頃の中古品でありあわせだ。携帯食だけは保存の期限に限界があるので購入した。もちろん最低品質の固くて不味いヤツだ。


 不安はあるがこれしかないので仕方がない。


 ベッドに入るとすぐに眠れた。

 受付嬢ではないが昼間の出来事で疲れていたのかもしれない。

 イビキとかしてませんよね?と心配したりもしたが確認は出来ないので諦めた。


 昼間の出来事を夢に見たのは余程強烈に印象に残っていたからだろう。

 細部が違っていたり、辻褄の合わない発言があったりしたのは夢あるあるだ。


■■■


「遅刻しないよね?」


 妙な夢を見た気がしながら朝靄の中を歩くアズマリア。

 昨日の別れ際に言っていたヴァルの言葉に従い北門を目指している最中だ。


 早朝なれどすでに目覚めた人もいるようでチラホラと見かける事が出来た。

 教会関係者でもあるアズマリアにとっても早起きは日常の事である。


 しばらく歩いて街の北門に到着。

 ここオラシアの街の北門付近は門を中心とした広場になっており、日中は賑わっているのだが今の時間は閑散としている。

 

 そんな広場の隅にひっそりと停められた一つの馬車、その前に二つの影があった。


「おーい、こっちこっち」


 一人は昨日も見た男。


 本来は銀髪紅瞳に白皙の肌を持つが、今は金髪碧眼の貴族然とした青年。

 吸血鬼のヴァルゲイン、通称ヴァルだ。


「す、すいません…お待たせしちゃいましたか!?」


「まだ朝の鐘が鳴ってないから時間内だよ。

 それに、多少遅れたって構いやしないよ。大事なのはちゃんと来てくれるって事だから」


「それは、契約しましたし」


「うん、君が律儀で信用に値するって事がまた一つ分かった」


「はあ?」


 そりゃ来るだろう。そういう約束なのだから、と極自然に思うアズマリア。


「うんうん、契約、約束、そういうのを守るのは大事だ、大事だね」


 ニコニコと笑うヴァルに対して釈然としないモノを感じるアズマリア。


「だってさ…」


 カーーーン、カーーーン、カーーーン!!


 朝の鐘と呼ばれる定時の鐘の音が鳴った。

 日の出、中天、日の入りの三度鳴る事で住民の生活の目安となっている大鐘楼の鐘だ。


 街の玄関である北と南の大門は朝の鐘で開き、夕の鐘で閉じられる。


「坊っちゃま、朝の鐘が鳴りました。

 開門いたしますので御乗車下さい」


 二つの影の二人目。

 それまでヴァルの後ろに控えていたメイド服の女性が口を開く。

 整った容姿なのだが、不思議と華のない印象だ。後に思い出すとすれば左右から下げられた長い三つ編みが最初に上がるだろうか。


「別に急がなくてもいいんじゃね? あと、俺当主な」


「お急ぎになりたいとおっしゃったのは坊っちゃまでは。 

 この街に入る際、入場待ちの馬車の列の中で『攻撃魔術ぶっぱなしてぇ~』とイライラされておりましたね。『並ぶのも乙だね』と自分で言い出しておきながら。

 その反省をふまえて帰りは確実に前に人がいない一番最初にしようとおっしゃっられた記憶があるのですが」


 感情を排したような硬質の声音(こわね)

 そのせいか、淡々と語る内容は主人を非難するモノなのだが陰湿さは感じない。呆れてはいるようだが。

 事実を事実として語っている、といった印象だ。


「お話があるのでしたら馬車の中でどうでしょうか」


「だから当主だって言ってるんだが!?

 へいへい、あ、紹介しておくね。

 世話役のミザリー、見ての通りメイドね。

一応俺、貴族の設定だからお世話係として連れてきた訳。

 ちなみに、メイドの格好はお遊びじゃなくて本城での仕事着だから」


 実際にメイド業に携わっているということだろう。


 年の頃は二十代前半程度に見えるが、ヴァルの世話役ということは見た目通りではないだろうし、そもそも人間かどうかも怪しい。


「お初にお目にかかります、アズマリア様。

 坊っちゃま付きの側仕え、ミザリーと申します。

 道中、そしてこれからもよろしくお願いいたします」


 体に染み付いた所作であろう綺麗な礼をするミザリー。

 受付嬢とはまた違ったプロ意識だ。

 

「は、はい、こちらこそよろしくお願いいたします!!」


「お荷物お預かりいたします」


「そんな、持ってもらうほどのモノじゃ…」


「荷物用の空間(スペース)がありますので。

 そちらに収めさせていただければと」


 そう言われると預けないのも悪い気がした為、背嚢を渡す。

 

 安物の背嚢だが丁寧に受け取り、馬車の後部側に移動していった。

 おそらくそちらに荷物の置き場があるのだろう。


「坊っちゃま、ワタクシがお手伝いするのは嫌なのでしょう。

 先に乗っていて下さいませ」


「へいへい」


 テキパキと物事を進めていくミザリー。

 荷物をしまうと主人の後に馬車に乗り込みアズマリアに手を貸す。


「アズマリア様、お手を」


「はい…!!!?」


 握った手が予想より冷たかった事に驚いたが気付かれなかっただろうか?


「本来、女性に手を貸すのは殿方の役目ですよ」


「へいへい」


 当の主人は先に座って寛いでいるようだ。

 先ほどから『へいへい』しか言っていないヴァル。

 どことなくキッチリした姉とグータラな弟みたいだなと勘ぐるアズマリア。


「それでは出発して下さい」


 ミザリーが御者席に声をかけると馬車は静かに動き出した。


 アズマリアは気付いていなかったが御者席にも誰かいるようだ。


 北門を通り抜ける際は衛兵による監査があるのだが問題なく通過。降りる時にでもお礼を言おうと考える。


 馬車内にはヴァル、ミザリー、アズマリアの三人。


 両側に設置されていた窓から見える景色にちょっとした感動を覚えるアズマリア。

 

「ワタシ、馬車に乗るの初めてです…」


「ああ、そうなんだ。

 俺も普段はあんまり使わないんだけどね、自分の足の方が速いし」


 そう言ったヴァルを見ると銀髪紅瞳の吸血鬼本来の姿になっていた。

 街を出たので幻影を解いたのだろう。


「そう言えば、ヴァル様達吸血鬼って日の光って大丈夫なんですか? 普通に活動してるのでそうなんでしょうけど…」


「坊ちゃまは真祖ですので日の光は問題になりません。

 ワタクシはグールですが、日光は克服済みです。日中はやや能力が落ちますが」


 あ、やっぱり人じゃなくてグールなんですねと心の中で苦笑するアズマリア。


「ミザリー、俺の台詞を取るな。

 あと当主だ」


「坊ちゃまはワタクシにとって坊ちゃまですので。

 どうしても、とおっしゃるのであれば当主に相応しい威厳や貫禄をお持ちください。

 今の坊ちゃまでは当主としては軽すぎます」


「余計なお世話だ」


「そのような憎まれ口を。

 小さい頃はミザ姉さま、ミザ姉さまと慕っていただけましたのに。

 あの頃は可愛(かわゆ)うございました」


 あれ、この人声音とかは硬質だし真面目そうな雰囲気だけどけっこう冗談通じそう?と思うアズマリア。

 無表情を装っているかと思ったが、よく見れば表情は動いている。普通の人の表情の動きが十だとすると一か二程度しか動いていないのだが。


 それはともかく、もっとヴァル様の恥ずかしい話を!!


「おまっ!? そういう事言い出す!?

 大人が幼児の頃の話でイジるのってよくない風習だぞ!!」


「年長者の特権です」


「嫌がらせだ、チャイルドハラスメントだ!? チャイハラだ!!」


「またそれですか。

 何かあれば○○ハラ、○○ハラだ、と。

 それで言ったら坊ちゃまが行っているのも目上の者が目下の者に行うパワハラになりますよ」


「く…な、なんだと!? パワハラの概念を使いこなしている、だと!?」


「アズマリア様に対してもパワハラをしませんでしたか」


「くっ…」


 なんだかよくわからないけどもっと言ってやって下さい!!と思うアズマリア。


「俺もう寝る、朝早かったし寝る!!」


 プイッと顔を背けて寝たフリをするヴァル。


「そうですか。

 吸血鬼の習性としては日中に眠るのは正しいと思います。

 お休みなさいませ」


「…………」


 あとにひけなくなったのか、そのまま寝たフリをして動かない主人。


「い、いいんですか?」


「よろしいかと」


「その、お二人は仲がいいんですね」


「そうですね。

 永いことお仕えしておりますので」


「いつもさっきみたいな感じなんですか」


「いえ、昨日(さくじつ)からです」


「はい?」


 返答に対して疑問に思うアズマリアに対し、ミザリーは向き直り深く一礼した。


「アズマリア様、この度の依頼を受けていただいた事、あらためて感謝いたします。

 誠にありがとうございます」


「なんで!?」


 驚愕するアズマリアを置き去りに話が進む。


「昨日ギルドから戻ってこられた坊ちゃまはおっしゃいました。

 『ん~、なんというか今までありがとうな、そんで、これからもよろしく』と。

 いったい何をおっしゃられているのかわかりませんでした。

 決して傲慢という訳ではありませんが、成人されてからはワタクシ達使用人とは必要以上の関わりを持とうとしていませんでしたので。

 ある時期から多少言動が変わられたのですが、それでもそのような事を口にはしなかった坊っちゃまがです。

 主人に対し不躾ながら事情を伺うと、貴女様に『部下に対して感謝や労いをしろ』と言われたと」


 言った。


 言ってしまった。


「その後、『正直何すればいいのかわからんけども先ずは感謝と労いの言葉を言ってみた。そんで今後は少し仲良くしよう。これも正直よくわからんので…家族と話をするような感じでやってみよう』と」


 善処してくれたんですね。


「この様な経緯で先程のような軽口を叩いてみたわけです。

 正直、坊っちゃまとこの様なやり取りが出来るとは思っておりませんでした。

 アズマリア様が提案してくれたお陰です。

 感謝しております。

 これを機に親しみと苛烈さを持った立派な主になってくれるのだと夢想いたしました」


 表情の薄い彼女だが、この時ばかりは微笑んでいるのだとハッキリ分かった。

 本当に嬉しそうだ。


「にしても、昨日からにしては随分自然にやり取りしてましたね?」


「…空想の中で模索しておりました。我が主人を敬愛しておりますので。

 それに…」


 微笑みの表情は変わらないのになぜか雰囲気が変わった気がした。

 昨日まで暖かかった陽気が、急に冷え込みだしたかのように。


「色々と言いたいことも溜まっておりますので。

 言葉遣いは緩い、態度は軽薄、思いつきで行動しては後始末は他人任せ、あげくにあのような………等々色々です。

 こういうのを人の言葉ではこう言うのでしたね『可愛さ余って憎さ十倍』と、フフフ」


 背中にゾクッと寒気を感じるアズマリア。


 寝たフリをしたヴァルの手が震えているのは気のせいだと思いたい。






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