6 吸血鬼の依頼
「最後にもう一つだけ。
ヴァル様は浄化されるスケルトンさんやレイスさんに対してどのように思われていますか?」
浄化されるアンデットとパーティを解雇された自分。
他人事とは思えなくなったスケルトン達に敬称を使い始めるアズマリア。
「え? 急にスケルトンに『さん』付け?」
ちなみにヴァルゲインについては最初から『様』付けであったが疑問に思わなかったようだ。
呼ばれ慣れているのか、自己評価が高いのか。
「どうって言っても…部下とか下僕?」
「そうじゃなくて……今まで頑張って働いてくれたスケルトンさん達に労いとか感謝の気持ちとかないんですか!?」
「ええぇ…感謝の気持ちとか持たなきゃダメ?
多分人間で言うところの召し使いとか奴隷とかって感覚なんだけど…」
貴族的な発言をするヴァル。
吸血鬼といえば『闇の貴族』みたいなイメージがあるのでそのような感覚を持っていても不思議ではないが。
「はぁ…さっき相手側を尊重するって言ってたじゃないですか………」
舌の根も乾かぬ内にそれか、と嘆息するアズマリア。
「いや、それはあくまで人間に対してであって…闇の眷属側の立場からすると………」
「言い訳しない!!
ともかく、そうしなければワタシは依頼を受けません。
『依頼人は浄化されるアンデットさん達に今までの働きに対して感謝する』
これが、依頼を受ける条件です!!
もちろん銀貨五枚もキッチリいただきます!!」
ここが攻め時と一気呵成に言いきるアズマリア。
冒険者が依頼を受ける際、交渉により冒険者側から条件を追加できる事もある。
本来なら熟練冒険者にならないと縁のない話なのだが、はからずも格上の経験をする事となっている。
本人は気付いていないが
ついでにお金の件もしっかり念押ししていた。
「おお!? 依頼は受けてくれるんだ♪
そういうことなら………正直昔からの感覚なので難しいかもですが、善処させていただきます」
確約はしない言い回し。
さすが『闇の貴族』、狡猾である。
「ホントにしてくれます?」
ジト目。
「善処します」
「………」
「善処します」
こうしてなんとか依頼は受注される運びとなった。
■■■
「こんなところかな?」
・浄化を行う日時に関しては冒険者の都合に合わせて行う。
・浄化は冒険者本人の精神力が続く限り行うが、肉体的もしくは精神的に疲弊した場合の休憩・中断の判断は本人に一任する。
・依頼者側には精神力を回復する《霊薬》を供与する用意がある。その際における《霊薬》は依頼者側が負担する。
・今回の依頼におけるアンデットの浄化数は百体とする。
「一体の報酬額は依頼書通りとして、とりあえずはこれでいいかな?
要は浄化さえしてくれるなら君の好きなようにやってくれていいよってつもりなんだけど?」
依頼の詳細についての条件を洗い出し確認と決定をしていく二人。
「特に不満は…でも最後の百体ってなんでですか?」
「いや、ウチのスケルトンさん達って千や二千じゃきかないからね?」
さりげなく『さん』付けになっている。
「ずーっと浄化を続けてそれをギルドに報告して報酬貰い続けてたら君が変な目で見られるよ。『いったいあの子、どこであんな数のアンデットの浄化なんてしてるんだろう?』って。
そこに疑問を持たれたら芋づる式に報酬の大金とか俺との関係にも気付く奴が出るかもだから一旦区切りをつけとくの。
そこで寝てるギルドの受付嬢さんには『とある領地でアンデット発生。現地の騎士団と協力して百体分の浄化を行う事になった』っていう風に記憶を誤魔化しとくから。
よっ………っと」
「う、うう~ん…」
ヴァルが手をかざすとソファに横になっていた受付嬢が身じろぎした。
「これでよし」
記憶の操作を行ったらしい。
それを見たアズマリア。
「えぇ…記憶をいじるって犯罪臭がするんですけど…」
「ホントに何度も言うけど、君が幻影魔術を破ったせいだからね!?
そうならなかったら、
『ヴァルゲイン=フォン=ベオウルフなる金髪碧眼の貴族の跡取りが領地に出たアンデットの浄化を依頼にきた。元は領民なので問答無用で打ち倒すのは心苦しいから心安らかに浄化して欲しい』
的なストーリーにするつもりだったんだよ………せっかく考えた芝居、したかったのにな…」
拗ねたように語るヴァル。
魔術を破られた事もそうだが、自分で作った設定に関してもこだわっているようだった。
ちょっとしつこいな、と感じたアズマリア。
「………なんなら今からでも君に催眠かけて記憶いじってそうしようかな?
アレ? その方が面倒がなくなる気がしてきた…《破幻》は五感にうったえる幻は無効化するけど、記憶に関しては効果が及ばないはず…」
ヴァルの目に危険な光が宿った気がする。
「いえいえいえ、そうですよね!?
受付嬢さんに余計な心労をかけたらいけませんもんね!!
ですからワタシは大丈夫ですよ!? 絶対誰にもこの事はしゃべりませんよ!? お口ピッタリ、邪神封印の扉の如しですよ!?」
「…それ、強固だけどいつかは破られそうだね。
まあ、こっ恥ずかしい本心も聞いてもらったし、協力者として………いや、今ならこっ恥ずかしい事もなかった事に…」
危険な光が消えないヴァル。
「や~め~てぇ~!」
涙目で懇願し記憶改竄はまぬがれたアズマリアだった。
■■■
「じゃあ、先程の条件でお願いしますね」
「は、はい、こ、こちらこそよろしくお願いします」
「ギルドの方もよろしいですか?」
「あ、はいギルドとして両者共に依頼に納得して契約したのを見届けました。(変ね? なんだか妙に頭がボーッとする…)」
受付嬢をソファに座らせて催眠を解く。
しばらくぼんやりとしていたが、ヴァルとアズマリアであらかじめ決めていた会話をするとそこに入ってきた。
これで彼女は依頼者と冒険者の橋渡しをしたと思い込んだはずだ。
「大丈夫ですか?
話の最中も少しお疲れの様子でしたが!?」
受付嬢の心配をする金髪碧眼の青年、幻影魔術をかけ直したヴァルである。
「………」
ぬけぬけと…といった感じでアズマリアが見ているが、そしらぬ顔だ。
「い、いえ。そのような事は…そのように見えたなら申し訳ありません」
気の抜けた姿を見せるなどギルドの職員としてあるまじき事。そう思わせてしまった事に対して謝罪する受付嬢。
意識が高い。
「いえいえ、こちらこそ勝手に気を回してしまいました」
もちろん心配はフリだ。
外からも『疲れているように見えた』という事実を与えることで、受付嬢の違和感を疲労からくるものと錯覚させる為である。
「では、これでこの場は解散といたしましょう」
その場にいる全員に退室を促すヴァル。
「ワタシはこのまま宿に戻ります。
アズマリアさん、明日の朝の鐘の刻限に街の北門でお待ちしていますのでよろしくお願いいたします。
私の領地は少し遠いので♪」
「は、はい」
そういえば初めて名前で呼ばれたなぁ、と思うアズマリア。
「ではお先に」
扉を開けて退出する際、パチンと指を鳴らして出ていく。
部屋にかけた《沈黙》を解いていったらしいのだが、先に聞いていたアズマリアはいちいち芝居がかってるなと思った。
芝居の設定の事で拗ねたり、受付嬢さんが目覚めてからのやり取りといい演じるということになにか思い入れがあるのかもしれない。
「それじゃあ、明日からこの街を離れるんですね。
頑張って下さい」
「あはは…頑張ってきます」
受付嬢から激励の言葉をかけられたアズマリアは心の中で色々ごめんなさい、と思ったのだった。