5 吸血鬼の事情
「さっきも話題に出たけど、勇者に吸血鬼つまりは俺の親父殿が退治されたってところから話がはじまるんだよ」
「一月前ですね?」
「そう、当時俺は旅をしてたんだけど、その旅先で急にビビビッと感じる物があってね。
それが親父殿が倒されちゃった時に出る合図なわけ」
「…魔道具にそんなのがあるって噂を聞いたことがありますけど」
「そうね、火を点した者が死ぬと消えちゃう蝋燭とか、髪の毛や爪を混ぜて作った紙で生命力が分かるとか、要は遠くにいても生死とか安否を知らせるヤツだね。
まあ、俺達吸血鬼って種族は魔術が達者なんで、なんかあった時の為にあらかじめそういう術式を仕込んどくのよ」
魔術の部分でちょっと得意気な顔をするヴァル。
『お得意の幻影魔術はワタシに破られましたけどね()』と煽ってやろうかと思ったアズマリア。
もちろんそんな命知らずな事はしないが、思うだけは自由である。
「で、その合図には別のものも含まれててねぇ…それが領地…誰かに与えられたって訳じゃないから支配地かな? それの継承権と言うか支配権みたいなものが俺に与えられちゃったわけ。
土地の魔力の使用に関する優先権とか、瘴気が溢れてくる洞窟の管理義務とか、付近一帯のアンデットの命令指揮とかね………はぁ…」
先ほど魔術の部分で得意気だったのが、今度は途端に面倒臭そうになった。
「乗り気ではないみたいですね?」
「あ、わかる? いつかは継ぐことになると思ってたんだけど、いきなり過ぎてさ。
もうちょっと見聞を広める旅ってのも続けたかったんだよ…」
ソファで頬杖をつきながらごちる所作、良いとこのボンボン感がにじみ出ている。
『放蕩息子が!! 甘ったれてんじゃないですよ!!』と言いたくなったが抑えるアズマリア。
ステイクール、ステイクール、孤児院のお母さんから教わったおまじないで心を落ち着ける。
意味は分からないが、自分を見つめ直して冷静になれるおまじないだそうだ。
さらに落ち着くため残り少ないクッキーをパクパク食べる。
結局、クッキーの九割方をアズマリア一人で食べ尽くした。
「まあ、俺も実家や家族への愛着はあるんで継承は受け入れたんだ。
旅先から二週間程掛けて戻ってきて、本格的に継承の儀を行って、支配地…領地の方がしっくりくるかな…以降領地で。
そこを実際に見て回って…
ちなみに領地ってこの街から北にある森の事だから」
「そ、そうなんですか? たしか………北の森は迷いやすいって…」
「お、さすが冒険者♪
ごく浅い部分は問題ないけど、ちょっとした魔術の結界や森の景色の作り方で迷うように仕向けてるわけ。
普通だったら自然と引き返すようになるんだけど………勇者一行には効かなかったみたいね。
脳筋の極致と言うか…」
苦笑いをしてなにかを思い出すように虚空に目を向けるヴァル。
口が半笑いだ。
妙なモノでも見たかのような表情だった。
「話が逸れたね。
ともかく領地を見て回った結果ね、多すぎたんだよ、スケルトンとかゾンビとかが」
「は、はあ…」
「親父殿の頃から結界の外に出るなよ、っていう風に命令してあるからウチの森の中をウロウロしてるんだけど、ホント多くてね。
石を投げればスケルトンに当たるって感じ。実際には投げてないよ?
骨、骨、骨、レイス、骨、骨、骨、骨、極たま~~にゾンビな比率かな?」
アズマリアの脳裏に木陰からスケルトンが次々に顔を出す想像が浮かんだ。たまにレイスやゾンビ。
おどろおどろしい感じではなく、ひょっこりといった感じ妙に可愛らしい。
語り手の緊張感の無さが影響してしまったのだろう。
「親父殿は気にしなかったみたいだけど、俺はどうもそれが気になってね。
有事の防衛戦力としての必要性は確かに分かる。現に勇者に攻め込まれてるしね。
でもだからといってあまりに多すぎてもどうなんだろう? って思ったわけよ」
「う~ん!? ワタシ達人側からすると脅威ですけど、ヴァル様側からすれば戦力は多ければ多いほどいいんじゃないですか? 戦争なんて数の暴力が全てだなんて聞いたことありますし」
「…君、一介の神官にしてはよく知ってるね…
君の神、戦神かなにか?」
「あ、その、教会の書庫にそういった関係の書物もありまして………見習いの頃は片っ端から読んでたんです…」
本の虫であったアズマリア。
「戦記物でもあったのかな…
まあ君の言うことも確かだけど、今は常時戦争状態ってわけでもないだろ!?
そもそも吸血鬼があの森に居るって事も知られてなかったんじゃない?
長年そういう風になるよう俺達側も色々と仕向けてきてたからさ」
「確かに………そう言えば勇者様達ってどうやって…」
たまたま訪れた勇者パーティが森に吸血鬼が巣食っていると言い出して、突撃して、退治した。
それまで吸血鬼の話なんてまったくなかったのに。
疑問に思うアズマリアだったが、先を促すヴァルによって思考を中断させられる。
「勇者達の事はおいといて、俺からすると過剰な戦力は必要ないと思ってる。
だから先ずは多すぎるスケルトン達を減らしたい、だから《浄化》を使える人材を求めた。
君の疑問に対する答えになったかな?」
筋は通っている気がする。
「………」
だがそれだけで信用していいものなのか、アズマリアには判断がつかない。
人と吸血鬼、種族の間に横たわる溝は深い。
「大筋を、しかもこちらから一方的に語っただけだからね。多少合いの手も入ったし、横道にも入ったけど。
細かい疑問があれば尋ねてごらん。
お答えしますよ」
尊大さを誇張するようにソファの背もたれ部分に腕を広げるヴァル。
表情は穏やかなので、アズマリアの緊張をほぐす為の道化じみた芝居のつもりかもしれない。
全面的に信用はできない。
そう思いつつも、今までのやり取りを思い返すと………ちょっとだけ依頼を受けてもいいかもと考えてしまったアズマリア。
「…じゃあ幾つか聞いても…いいですか?」
「はいはい♪」
「ヴァル様は人に対して敵意とか悪意は持ってないんですか?」
「特別憎いとか嫌いってのは無いね。
旅してた時は人に変装してたんだけど、良い奴もいれば嫌な奴、ムカつく奴もいたからね。
吸血鬼の正体をバラした奴もいたけど変わらず付き合いはあった。親友ってアイツは言ってたね」
「マ、マブダチ? そ、そうですか。
じゃあ、スケルトン達なんですけど、そちらで、その、処分といいますか解雇…といいますか、活動を停止させることは出来ないんですか?」
解雇という単語にアズマリアの胸に苦いものが浮かぶ。
パーティを解雇された自分と重なる気がした。
「出来るね。
土地の魔力、霊脈とか竜脈呼ばれるモノを介して現世に留めているから、そこからの力の供給を止めればいい。
すぐには効果がでないけどいずれは動けなくなる」
「じゃあどうして…」
「人で言えばゆっくり餓死させるようなもんだよ。
それよりは聖職者に弔ってもらう方が良いかと思ってね」
「………そう思ったのはなんでですか?」
少し、ホンの少しだけヴァルの纏う雰囲気が変わった気がした。
「……まあすぐには無理だと思うけど、俺は人と魔族が交流出来る場が出来ればいいな~って思ってる。
まあ、お互いの陣営の変わり者が集まる避難場所とか隔離場所…ってところかな?
そんな話をしてた奴がいて、俺もいいかもなって思ったわけよ。
なんだかんだでで領地を継ぐことにもなったし、それなら自分のところで始めてみますかってね」
聞き入るアズマリア。
「正直聖職者に弔ってもらう事に俺は意味を見いだせない。俺にとっては『死』は『死』。残酷な死だろうが、安楽な死だろうが違いはない、見いだすことが出来ない。
でも君たちにとっては意味あることなんだろ? そういう事、文化とか風習とか尊厳とかそういうのを尊重っていうのかね? そういうことをする事自体に意味があるんだって、親友が言ってた。だからやってる。
あ~、なんか語っちゃったね!? 恥ずかしいって言ってたアイツの事が分かった気がするわ…」
照れた表情を誤魔化すようにはぐらかすヴァル。
まだ胸に残る疑念はあるが、アズマリアはこの依頼を受けてもいいと思う方に傾いていた。