3 女神官の杞憂
「ちょっと!! 貴女何してるの!?」
ギルドの受付嬢がアズマリアを叱りつける。
訳も分からず閃光をかまされた側からすれば至極もっともな対応だろう。
「………」
「聞いてるの!?」
だが当の女神官はそれこそ訳が分からないといった風に目と口を見開いている。
よく見れば視線の焦点は自分ではなくやや後方。
「………おいおい、マジかよ…」
ボソリと呟きが聞こえ、案内してきた依頼人の存在に思い至る。
目の前の女神官がやらかした事とは言え、広義では同じ組織に所属する者。ギルドの受付嬢のとして依頼人に謝罪せねばと振り返る。
「ヴァルゲイン様、申しわ…え!?」
先ほどまでの依頼人はすでにいなかった。
金髪碧眼は銀髪赤目に、白い肌に二本の牙。
「………」
奇しくも女神官と同じ表情を作ることになった受付嬢。
沈黙がその場を支配する。
人は予想外の事に立ち合うと何をしていいかわからなくなるのだろう。
「………き」
そんな中、受付嬢の口から悲鳴か吸血鬼という単語かが出そうになる寸前、
「お静かに」
吸血鬼の指先が受付嬢の眼前に迫る。
「!」
ビクン! と、一瞬身体を硬直させる受付嬢。
「すまないが、お互い運が悪かったとあきらめてくれ」
その声を最後に受付嬢の意識は絶たれた。
■■■
「さて、次はこっちだが…」
吸血鬼の視線がアズマリアに向かう。
「その前にと、《沈黙》」
さりげない所作で扉を閉め、魔術を発動させる吸血鬼。
神の力を借り受ける《奇跡》とは違い魔素を用いて事象を操る《魔術》。
「とりあえず、この部屋の音は外に漏れなくしておいた。悲鳴でもあげられたら厄介だし」
予想外の出来事に呆けていたアズマリアだったがここでようやく我を取り戻す。
「え? え!? きゅ、きゅけつき!? あ、あ、受付嬢さん!?」
床にへたりこむ受付嬢が目に入るアズマリア。
先日縁があって参加した勇者の吸血鬼退治の祝勝会、そこで聞いた武勇伝を思い出した。
『悪の吸血鬼は指の爪をニュッっと伸ばしてね、この超超高級品のミスリルの盾を貫いたんだ。これ大金貨二枚もするんだぜ。
おっそろしく速い突きでさ、俺じゃなきゃ殺られちゃったね(笑)。
まあ、軽くかわして身体には傷ひとつ負わなかったけどね♪ あ、嘘だと思ってる? なんなら身体みせてあげようか♪ 今夜さぁ…』
その後もしつこく言い寄られて鬱陶しかった記憶を振り払うアズマリア。他の女神官達にも同じように声をかけて軟派そうだった。
ちがうちがうそうじゃない、重要なのは冒頭部分。
吸血鬼の爪は伸縮自在で鋭い。
その恐ろしい凶器を持つ指先が受付嬢の顔に向けられていなかったか? その後の一瞬の硬直、床にへたりこむ姿。
そこから導き出される結論は………
「おい…」
「キャァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!?」
最悪の結果を思い浮かべ悲鳴が上がる。
「………いや、悲鳴あげても無駄だよって言ったつもりなんだけどね………これいやがらせ?
おい、お前………」
「受付嬢さん受付嬢さん受付嬢さん!」
すぐに駆け寄って安否を確認したいアズマリアだが、対象のすぐそばには吸血鬼がいる。
「お、おい………」
「きゅ、吸血鬼!! その人から、は、離れなさい!!」
怖い、怖いけれどなけなしの勇気をふりしぼる。
「その前にお前が何者か………」
「いいぃ、いいから離れなさいぃ!! お、おとなしく従わないと、ワ、ワタシの聖杖から、ま、魔界の炎が噴きますよ!?」
「…いや、聖なのか魔なのか、どっちだよ」
「く、黒い炎がドラゴンの形で炎殺ですよぉ!? それはもうブワァーですよ!! ブシャーでズゴゴゴォでボンボボボォオォンですよ!? ワタシの手が真っ赤に燃えて煉獄が焦げ落ちてキエアアアァァァー、くぁwせdrftgyふじこlp!!」
もはや自分でも何を言っているか分からないが、強そうな言葉の羅列を続けていく。
「………あ、うん」
アズマリアに気圧されたのか、要求に従い横にずれていく吸血鬼。そのまま距離を取るように部屋の壁際まで下がっていった。
その瞳に憐憫の情が浮かぶのは気のせいだろうか。
そんなことは気にせず受付嬢に駆け寄るアズマリア。
「受付嬢さん………よかった、生きてる」
どこにも傷はなく胸も規則正しく動いている。
「あー、一応言っておくが催眠で意識を失わせただけだ。
疲れてんのかよく効いたよ、そのまま静かに寝させて…」
「…ブゴッ!!」
「………」
「………」
気まずい空気が流れた。
化粧バッチリ、ピシッっとギルドの制服を着こなし、見えないところで冒険者の境遇を心配して気遣いを見せる『デキる女』から発せられた濁音。
本来ならば家族か恋人にしか晒されない筈の秘奥をのぞき見てしまった二人。
非常に気まずい空気だ。
「まあ、なんだ………こちらに危害を加えるつもりはない。
そちらさえ良ければ少し話さないか?」
空気を変えるようにまあまあといった手振りで提案してくる吸血鬼。
「そ、そんなこと…」
「…フゴゴッ!!」
戻りかけた空気が再び気まずくなった。
「………」
「………」
「…あお向けだとイビキが出やすいらしい。
ソファにでも横にしてやらないか?」
「そ、そうですね…」
「俺が脇の下から持ち上げるから君は足を持ってくれ」
「は、はい。あ、でも女性ですから………」
「わきまえている。緊急時にそんな事はしない」
のちに二人は語る。
あの時、受付嬢のアレがなければもっと話は拗れていたかもしれない、と。
結論、受付嬢は有能。