33 女神官の授受
「さてと、そろそろだね」
時おり酔った死霊騎士達の相手をしつつも宴席の輪には加わらず様子を見ていたヴァル。
闇の眷族である吸血鬼には夜がどれほど深まったかを感覚で察知できる。その感覚がそろそろ日付が変わる真夜中に差し掛かる時刻だと知らせていた。
「……スー…スー…クピー」
「おーい、そろそろ出番だよ」
座った姿勢のまま寝息をたてるアズマリア。最後のクピーが少し気になったが、まあ乙女の寝息の範囲内だろう。
少し前まではウツラウツラしつつも眠気に抗っていたのだが、普段なら寝ている時刻と宴席での飲食による満腹感という睡魔の二属性攻撃に敗北してしまったらしい。
何度か同じように声をかけたのだが目を覚ます気配はない。
「……起きないね」
ユサユサと肩を揺すって起こそうとするのだが起きる様子がない。その後、少し強めに揺すってみたのだが結果は同様。
宴席の会場で二人きりではないとは言え、男性、しかも吸血鬼のすぐ隣でよくもまあ寝れるものであると感心半分あきれ半分だ。
「ちょっと危機感足りなくないか? 肝が太いのか……それとも信用されてるのかねぇ?」
後者なら悪い気はしないのだが、なんだか最近の言動を省みるとナメられている気もするヴァル。それはチョイとばかり面白くない。
「……少しばかり吸血鬼の怖さみたいなのを伝えとこうかな…ムン!!」
視線をアズマリアのうなじに向け、カッと目力を込めた。ヴァルが目力と共にアズマリアのうなじに向けたのは吸血衝動。それは吸血鬼の本能であり、要は獲物に対する殺気のようなモノだ。
それを受けたアズマリアの反応は劇的だった。ビクッと体を震わせその後に勢いよく顔を上げる。
「ふぁはぁっ!? な、なにか不吉な予感が……って、ンギャ!?」
顔を上げた勢いそのままに後方にのけ反ってしまった為、背もたれのない椅子から転がり落ちる。
「痛ったぁ~、いったい何が?……って、ちょっ、こっち見ないで下さい!?」
自身の現状確認を行うアズマリア。
最初に気付いたのは、自身がシリモチをつき神官服のスカートがめくれてしまいあられもない姿を晒している事だった。
隣に座っていたヴァルに見下ろされている形なのだが、その角度からだと椅子に引っ掛かった足の間から下着が丸見えである。あわてて神官服のスカートを押さえるアズマリア。
「ん、目が覚めたようで何より」
「ちょっ、ヴァル様!! 見ましたよね!? というか、なんでこんな事になってるんです!?」
立ち上がろうとするアズマリアだが、スカートを押さえながらの為なかなか上手くいかない。それを見かねたのか、ヴァルが手を出してくる。
「お手をどうぞ、神官殿」
「……どうも」
いつまでも床にひっくり返ったままでもいられないので素直に手をとる。細腕に見えるがそこは吸血鬼、アズマリアの予想以上に力強く引っ張り上げられた。
「んしょっと、見た目通り君は軽いね」
「はあ…」
わざわざそこを言及しなくてもいいのになあ、と思いつつ重いと言われなかっただけマシかと思い直す。
「あの、それでなんでワタシあんな目にあったんですか!?」
「いや、そろそろ浄化を始めないといけない時間だってのに寝ちゃってたからさ」
「う…」
「一応最初は普通に起こしたんだよ? 声かけたり肩を揺すったりしてさ」
「うう……」
話を聞くうちに自分の分が悪いかもと思い始めるアズマリア。色々言いたいこともあるが、これから仕事があるとわかっていて寝てしまったのは自分の落ち度だ。
「んで起きなかったらから、ちょっとばかり脅しの意味も込めて『血ぃ吸うたろか!?』って気持ちを込めた視線を向けた訳ね。そしたら予想以上の反応でのけ反って倒れちゃったって事ね」
「んん?」
え、なんでそこまでするの?理不尽じゃない?と言った目で訴える。
それに対しての反論をするヴァル。
「ダメだよ、一応俺も男なんだから。男なんて隣で若い女の子が寝ちゃったら『これって自分に気を許してるってことだよな!? つまりこれ以上の関係に進んじゃってもいいってことだよな!?』って簡単に思っちゃうんだから。最悪、お持ち帰られたりその場で襲われちゃったりされかねないからね?
この場に連れてきた俺が言うのもなんだけど、もうちょっと気を付けなさいな」
「う、それは…確かに」
ヴァルからの忠告を聞いて、以前の冒険者ギルドの男性の面々を思い出すアズマリア。
女癖が悪いと噂されていた冒険者の顔が幾つか浮かぶ。彼らの横で寝入ってしまう事を考えてみたところ、ゾワッと鳥肌が立った。
そこでふと、ヴァルの隣で寝入ってしまった事の意味について考えようとしたところで、
「さて、これ以上時間が経っちゃうと弱った死霊騎士達が回復しちゃうから。そろそろ浄化にとりかかろうか」
「は、はい!!」
そう先を促された為、先ほどまでの思考はとりあえず心の棚にしまって頬をパチパチと叩くアズマリア。
眠気覚ましと気合いを入れて浄化の仕事に備えるのであった。
■■■
「全員注目!!」
宴席の一角に移動したヴァルは声を張り上げ、その場にいる死霊騎士達の注目を集める。それまで酒に酔い騒いでいた死霊騎士達が静まり、ヴァル側を向くのにさして時間はかからない。
皆、来るべき時がきたか…という面持ちだ。
「宴もたけなわと言ったところだが、そろそろ時間だ。
事前に説明したと思うが、今日の決闘に敗北し…浄化される事に同意している者は前に出てきてくれ」
そう促され、本日ケイと闘った死霊騎士のうちシズクを除く十名が前に出て横並びになる。意識して見るとケイと闘った順に並んでいる。
「シェット、ベルーガ、レオパルド、タイダス、アルト、リースコット、レマ、セリンバル、ディアン、レイオット………念の為聞いておく。お前達とは今生の別れになるが…悔いはないか? 言い残した事は?」
『ありません、先ほどまでの宴で語り尽くしました』
ヴァルの確認の言葉に、冒険者風の死霊騎士レイオットが代表して答える。その横で他の死霊騎士達も同意する様に頷いている。
既に彼らの覚悟は決まっているようだ。
「そうか、じゃあ送る側からは…」
『ねえよ、言ったろ? 宴で語り尽くしたってよぉ……こっちもおんなじだ』
送る側からロクスケが声をあげる。ぶっきらぼうな口調だが、どこか静かで落ち着いた声音だ。
こちらも見送る覚悟は出来ているようだった。
「わかった…じゃあ、始めるとしよう。
神官殿、お願いする」
「はい」
そう促され、ヴァルの後方に控えていたアズマリアが前に出る。横並びになった死霊騎士達の中心付近まで歩き、そこで止まった。
「…皆さんを天上へ送らせていただきます。よろしくお願いします」
そう言って死霊騎士に向き直り一礼するアズマリア。
聞きようによっては挑発しているようにも聞こえるが、無論アズマリアにそんな気はない。短い間とは言え言葉を交わし交流した彼らの事を思い出すと、ただの魔物として浄化をすることなど出来ない。そんな想いから彼らと精一杯向き合う事を考えた故の言動だった。
『では、私から』
列から出てアズマリアの側へと歩み寄る死霊騎士。あと数歩というところまで近づいたところで片膝をついてうずくまる。端から見れば王に忠誠を誓う騎士のようだ。
『死霊騎士シェット=カインズです。どうか、よろしくお願いします』
どのような想いでその様な姿勢をとるのかはわからないが、わからないなりにも覚悟と言うものは伝わってくる。
その覚悟に報いる為、アズマリアに出来ることは全力で《浄化》の奇跡を行う事だけだ。手にした錫杖の先端を死霊騎士に向け、奇跡の顕現を願う詠唱を始める。
「……妄執に囚われし魂よ、導きによりて大いなる御手の元へ還らん!!《浄化》」
スケルトンの浄化よりもかなり多目の精神力を込めた《浄化》を発動させる。ここ数ヶ月で数百のスケルトンを浄化してきたアズマリアは、対象のアンデッドを浄化させるのに必要なおおよその精神力を予想出来るようになっており、その感覚で言うと目の前の死霊騎士は通常のスケルトンの約五~六倍程度の精神力を込める必要があった。
『………』
奇跡が発動し、光に包み込まれる死霊騎士。
ヴァルが言っていた通り、スケルトンよりもかなり強いらしく、《浄化》に抵抗している手応えを感じるアズマリア。
浄化される事はを受け入れてくれているはずなので、能動的な抵抗ではなく素の抵抗力と言う事なのだろう。これでケイとの闘いで弱っていると言う話なので、万全だったら更に手こずっていたのかもしれない。
『………!!』
だが、アズマリアの《浄化》もヴァルをして聖女級と言わしめた程である。拮抗していた死霊騎士の抵抗と浄化の光は後者に軍配が上がり、死霊騎士の身体から燐光が立ち上ぼっていった。
そして徐々に崩れていくかのように輪郭がぼやけていく。
『……感謝いたします…』
最後にそう言葉を残して消えていく死霊騎士シェット。一際大きな燐光が弾ける様に輝き、そして消える。戦いに生きた騎士の最期、それは驚くほど静かで穏やかなモノであった。
その場にいる死霊騎士全員が黙祷し、仲間の消滅を見送った。
「…どうか彼の魂に安らぎを」
アズマリアが悼みの言葉を発し、しばしの間祈りを捧げる。
「………お待たせしました。次の方、どうぞ」
『…では次は私だな。死霊騎士ベルーガ=クマリオンである。よろしく頼む』
「はい」
そうして死霊騎士の浄化を続けていく。
時に精神力が底をつきながらも、ヴァルから支給される《霊薬》を摂取し回復させながら浄化を行うアズマリア。
そんな彼女にちょっとした事件が起きる。
十人目の死霊騎士レイオットの浄化を終えた瞬間、神から新たな奇跡を授けられたのである。
その奇跡は《聖域》
数ある奇跡の中でも上位に位置する奇跡の一つであった。




