32 女神官の傾聴
「ロク爺さん、話ってなに?」
宴席の最中、死霊騎士達の長である初代剣聖のロクスケに声をかけられるヴァル。
当のロクスケは返事を待つこともなくヴァルの対面に座っていた。
『まぁ、まずは一献…葡萄酒だとなんか雰囲気でねぇ気もするけどよ』
そう言って酒瓶を傾けてくるロクスケ。
『ふふ、確かにその物言いには清酒等が似合いそうですが…問題ない筈ですよ。『一献』に酒の種類の指定はなかったはずですから』
シズクが師匠の違和感に対してフォローを入れる。ヴァルやアズマリアにはわからない東洋人特有の感覚なのだろう。
「いやいや、一応これから皆の前に出るから酔うわけにはいかんよ!!」
『なーに言ってやがんでぇ、これっぽっちの酒で酔うようなタマかよ!? どうしても、ってんなら仕方ねぇが杯合わせるぐらいは付き合えや』
ヴァルが断ったにもかかわらずロクスケは葡萄酒を注いでいる。グラスに半分ほど残っていたレモン水に葡萄酒の赤が継ぎ足され徐々に薄まっていく。
「ったく、この一杯だけだよ。ほい、ご返杯」
『こりゃどうも、すまねぇなぁ♪』
ロクスケから酒瓶を取り、そこらに置いてあったグラスに返杯するヴァル。ロクスケの酒好きを知っているヴァルなのでなみなみと注ぐ。
「『乾杯』」
カンッ、と軽く合わせた後、ヴァルは軽く口をつけロクスケは一気にあおりグラスを空にする。
「ん~…やっぱ薄いし、混ざって妙な味わい。単体で味わった方が慣れてる分旨く感じる」
『プハァー!! ここいらじゃあ葡萄酒や麦酒ばかりだから慣れちまったが、この屋敷の趣だと米の酒を思い出しちまうなぁ。ま、酒は酒か』
それぞれの酒について感想を漏らす男二人。
一方でアズマリアとシズクの女二人もお互いの連れの隣に座り話をしていた。
『男の人は乾杯が好きですね。アズマリアさんは今は飲んでいないようですが、お酒は飲めますか?』
「あ、はい、最近飲み始めたばかりなんです……飲みすぎちゃって二日酔いになっちゃいましたけど」
『ふふ、飲み始めの頃によくやる失敗ですね。自分に適したお酒や量、飲み方がありますから徐々に覚えていけばいいと思いますよ』
「は、はい。あ、よろしければお注ぎします」
『あら、ありがとうございます。いただきます』
何処からか自身のグラスを取り出しアズマリアの酌を受けるシズク。注がれた葡萄酒をクイッとあおる仕草がなんとも艶っぽい。
『おうおう、お嬢ちゃんが例の女神官さんかぁ!? 今日はすまねぇなぁ』
シズクに見とれているとその横から声がかけられる。シズクの隣に座っていたロクスケだ。
『こっちも一献…って、これから神の《奇跡》を使うんだったな。流石に酒臭ぇ息してお願いしたら、神さんにあきれられっちまうか、ガハハ!!』
アズマリアに酌をしようとして取り止めるロクスケ。有無を言わせずと言った印象の老爺だったのだが引くところは引くようだ。
「そ、そうですね…やったことはありませんけど、流石に不敬かな~と」
『だわなぁ』
「あ、よろしければどうぞ」
『おっとっと、わりぃなぁ…ん』
直ぐ様アズマリアがついだ分をあおり、半分以下になるロクスケのグラス。
『よう、御当主。葡萄酒もわるかぁねぇがよ、米の酒も仕入れてくれねえかい!? 御当主ならその伝手もあんだろう?』
「残念ながら無理。今、アオイ皇国は鎖国中。大陸とのやり取りは断絶してるから』
『なにぃ!? じゃあ…』
「当然、人や物のやり取りは激減。密輸とかもあるけど、すぐに捌かれちゃうからねぇ。海に遠いここじゃあ買い付けるのは難しいかな」
『ぬお~畜生!!』
ヴァルのから話を聞いて頭を抱えてのけ反るロクスケ。よほど故郷の酒が飲みたかったようだ。
その様子に少しばかり興味が出るアズマリア。
「その『コメの酒』ってそんなに美味しいんですか?」
『お、興味があるかい? 米って言う小麦に似た穀物で作る酒なんだけどな、スッキリしててうめぇんだわ』
『濁り酒や清酒等、色々あるのですけどね。この辺りでは米…正確には稲と言うんでしたか…が作られていないので聞き慣れないでしょう?』
「はい、初めて聞きました」
そう言うアズマリアにあーだこーだと酒の説明をするロクスケとその補足を行うシズク。
やがて酒だけでなく東洋の文化や風習の話に移り変わっていく。この大陸で言う魔物がモノノケ等と呼ばれている事、神への信仰の違いや巫女と呼ばれる神職の事、服飾の話題では何故かアズマリアの胸元に苦々しげな視線を向けるシズク等々。
「…へぇ~、色々違うんですね」
『まあなぁ、土地土地の文化の違いってヤツだわなぁ』
上機嫌に語るロクスケ。その語り口には己が故郷への愛着が込められているように感じられた。話の間にもお酌を受けてかなりの酒量を消費しているので、酔った勢いもあるのかもしれないが。
『……『ふるさとは遠きにありて思ふもの』ってなあ…シズク、これで合ってたか?』
『…ええ、合っておりますよ。その後にも続きますが、出だしのその部分で十分です』
「?」
先程まで上機嫌に語っていたロクスケだったが、その表情が僅かばかり陰を帯びる。一度蓋をした筈の箱から不意に漏れ出てくる残り香のような寂寥感。
「…お取り込み中のとこ悪いんだけど、ロク爺の話ってなんなの? こうやって故郷の話をしたかっただけ?」
少し湿り出したその場の空気を変えるようにヴァルが疑問を口にする。
それを聞いたロクスケも、纏いかけた何かを振り払うようにぞんざいな口調に戻る。
『おっと、そうだった。ちぃとばかし話し込み過ぎちまったな。話ってのはな、御当主にしっかり礼を言っとこうと思ってなぁ。
今回の件、最初に話を聞いたときゃあ『何言ってんだこのボンボン!?』って思ったもんだが、やってみたら結構な盛り上がりようでなぁ……
ああいう場を設けてくれて、ありがとうよ』
そう言ってテーブルに額をくっ付けるように頭を下げるロクスケ。それに続き、シズクも頭を垂れた。
「そっか、まあ、喜んでくれたならよかったよ」
そう言ってグラスに口をつけるヴァル。視線をロクスケから外して合わさないようにしており、どうやら照れているらしい。
こういう真正面からの感謝や好意には弱いヴァルであった。
『………ま、感謝してんぜ。連中の中にゃあ、もうアンデッドとしての…生?に倦んじまってる奴らも多いからなぁ…』
「倦んでる…ですか?」
『おう、実はなぁ…』
ロクスケの言葉につい反応してしまうアズマリア。それを耳ざとく捉えたロクスケが説明してくれる。
それによると、どうやらここにいる死霊騎士達はアンデッドでいることに、いささか疲れたというか飽きてきているらしい。
通常の死霊騎士ならば、無念やら怨念の動機となった原因を果たした後は飢餓感のままに生きている者を襲い、いずれは討ち果たされる。
だが、運良くヴァルの領地にたどり着けた死霊騎士達はその飢餓感に悩まされる事がなくなり、半ば強制的にではあるが戦力として組み込まれ、防衛戦力として一応の仕事も与えられるとの事だ。
『飢えることも無ぇし、野良でプラプラってワケでもねぇ、んで似たような境遇の連中もいるって事でここに世話になるわけだ』
「なるほど、特に矛盾はありませんね…」
『んで、実際住み着いてみると居心地もいいワケだ。このヴァル坊…』
「今は当主」
『ああ、すまねぇすまねぇ…御当主の家は何して稼いでんだか金もあってなぁ、死霊騎士にとっちゃあ嗜好品の食い物や酒、武具なんかも景気良く支給してくれんのよ』
「あ、わかります。ヴァル様ってお金持ってるからか、そういうところは太っ腹ですね。無頓着とも思えますけど…」
「………」
過去に受けたもてなしや依頼の報酬等を思い出すと、一介の下級冒険者には勿体ない程の待遇だ。最近はそれにも慣れてきてしまっているのだが、これを当たり前だとは思わないようにしようと自分を戒めるアズマリア。
ヴァルが何か言いたげにジト目で見ているが気にしない。
『そういうとこあるわな。ま、ヴァルぼ…当代の御当主だけじゃなく、ここの歴代当主は代々そんな感じだがなぁ。
まあ、そうやって厚遇してもらえるとなると儂らも『お家の為に頑張るか』ってなるんだが……いかんせん役に立つ分野が闘う事しか無いような者達の集まりでなぁ…
代々の御当主がせっせと隠蔽工作してきたお陰でここに攻め込んでくるような相手も滅多にいねぇし、剣を振る機会がねぇんだよ。そんな状態が何百年も続くとなぁ………己の在り方に疑問を持つようになっちまうような連中も出てきちまうんだよ』
『まあ、死霊騎士達本人からすればもう少し深刻に考えていると思いますが、概ねそのような事情もあって今回の決闘と敗北したら浄化される事を受け入れた訳です。
あ、ちなみに私はまだ浄化される気はありません。お師様に強引に参加するよう言われただけですので』
最後はシズクが受け取って、今回の騒動の裏側を語り終える。
スケルトンの時もそうだが、魔物だと思っていた側にも様々な思いや事情があるのだと思うアズマリア。
「死霊騎士さん達にもそんなワケが…」
『なんでよぉ、遠慮なく連中を送ってやってくれや。お嬢ちゃんは優しそうだかんなぁ…連中に同情しちまうかもだが、ソイツは無用だぜ!?』
そう言うロクスケはニヤケ顔だが、目の奥には真剣味が見てとれた。
それを感じ取ったアズマリアはしっかりと相手を見据えて頷く。
「はい」
『ん……さて、御当主に礼も言ったし他の連中……特に今回送ってやる連中と酌み交わして来るとすっかな』
『まだ一緒に飲んでいないのはレオとディアン、シェットの三人ですね。参りますか。
では御当主、アズマリアさん、私達はこれで失礼します』
「ああ、んじゃね」
「はい」
席を立って宴席の喧騒の中に紛れていく死霊騎士の二人。それを見送るヴァルとアズマリア。
「……ヴァル様、死霊騎士さんにも色々あるんですね。控え室で剣の仕合を見てた時はあんなに楽しそうだったのに…」
「うん、色々あるねぇ……」
その後しばらくの間、黙ってグラスを傾けながら宴席の様子を見続ける。
騒ぎ続ける死霊騎士達をなんとも言えない心地で眺め続けるアズマリアだった。




