31 女神官の宴席
死霊騎士の討伐という名のスパーリング契約を結んだヴァルと、それを見届けるアズマリア。
「では頻度は月一で、アズマリアさんに頼んでいるお仕事に合わせての来訪ということで。
報酬に関しては本当にこちらの言い値でよろしいのですか?」
「ああ、私は闘う事が出来れば文句はない……本音を言えば毎日のように通い詰めたいのだが、一応教会付きの聖騎士という立場上、こなさねばならんお務めもあるからなぁ…はぁ」
いかにも残念そうな表情でため息をつくケイ。
「いっそ聖騎士をやめて冒険者にでもなってしまおうか…そうすれば雑事に時間をとられる事なく…」
「そ、それはちょっと……」
同じ教会に属し冒険者でもあるアズマリアが苦笑いをしながら宥める。
冒険者と呼ばれてはいるものの、その実態はその日暮らしの食いつめ者の集まりだ。中には市井の人々よりも遥かに稼いでいる者達もいるが、社会的な信用の度合いで言えば教会付きの聖騎士の方に圧倒的に軍配が上がる。
「私もそれはお奨め出来ませんね。聖騎士がその任を離れるとなればそれなりに周囲の耳目を集めてしまうでしょうし、そうなればこの契約の秘匿性が失われる事にもなりかねませんから」
ヴァルがこの契約で最も重視したのが秘匿性だ。ここでの依頼に関しては口外しない事を第一に優先してもらっていた。
「む!? それは駄目だ!! ここの事がバレて王国や教会から討伐部隊でも送られて来たらコトだ。死霊騎士達は全員私の獲物だからな!! 一人たりとも譲らん!! 私の楽園は私が守る!! という訳で聖騎士は辞めないし、お口にはコルセットだ!!」
「ええ、よろしくお願いします♪」
鼻息荒く誓いを新たにするケイとそれを悪い笑顔で見つめるヴァル。
「では報酬に関してはこちらで決めさせていただきます。とは言え極端に安くするような事はしないとお約束させていただきます」
「わかった、任せよう」
契約を纏め終わったところで、ヴァルがパンパンと手を叩くとミザリーともう一人のメイドがワゴンを押しながら入室して来る。ふわりとバターの香りがしたので、どうやら先の指示通り食事の用意をして来たようだ。
「お食事を用意させていただきましたが、食べれそうですか?」
窓の外を見れば既に日は沈んでおり夜の帳が降りきっていた。夕食にしてもやや遅い時刻だろう。
「おお、ちょうど腹の虫が鳴き始めそうなところだ。ありがたく頂こう」
「ではこちらのメイドを給仕として置いておきます。他にも何かあれば申し付けて下さい。アニー、ご挨拶を」
挨拶を促すヴァル。言われてミザリーの横に立って控えていたメイドが一歩前に出る。
基本メイドや執事達は主人の客に対し、許可なしに発言等は出来ないのでミザリー共々壁の花になっていたのだ。
「メイドのアニーと申します。どうかお見知りおきを」
一礼して簡潔な挨拶をするメイド。サイドで纏められた髪の房が垂れ下がる。
アニーと名乗ったメイドだが、当然普通の人間ではなくミザリーと同じグールである。外見年齢は二十歳手前ぐらいで、全体的に硬質な雰囲気を纏っている。キリッとした美人系の女性だ。
「今回だけでなく、今後ケイ殿が滞在される際にはこの者を側仕えとして置くつもりです」
「そうか、わかった。よろしくなアニー。
さっそくだが食事の準備をしてくれるか? 腹の虫を鳴らしては乙女の沽券にかかわる」
「かしこまりました」
要は世話役兼監視な訳だが、特に気にした様子もなく受け入れるケイ。
「…では私達はこれで退室いたします。アズマリアさん、ミザリー、我々は下がろう」
「あ、はい…」
「……(ペコリ)」
「ん? 一緒に食事を摂るんじゃないのか?」
「今日明日中に片付けてしまいたい執務が残っていますので。これで失礼します」
「そうだったか。引き止めてすまなかった」
そうしてケイとアニーを残して退室する三人。
ちなみにケイはこの後、夕食をおかわりして早々に就寝した。
監視役であるアニーが後日報告したところによると、
「『明日からの剣術の稽古が楽しみだ♪ 今日見た剣筋のおさらいもしたいし、自分でも試してみたい技もあるし、やはり具体的な目標があるとやる気が違うな♪ さて、食事を終えたら今日は早目に休むとするかな。寝不足は剣術の大敵だ♪』と申されておりました」
との事だ。
ともあれ退室した三人はしばらく廊下を歩き、ケイの部屋から十分に距離を取ってからようやく言葉を崩して会話を始めた。
「ふ~、これで聖騎士殿の方は一区切りついたかな。予想以上に戦闘狂というか剣術バカ一代って感じだったねぇ?」
「は、はあ…」
「そうですね。すでに彼女に当初の目的である吸血鬼に対しての執着は全く、これっぽっちも感じられずスライム以下の関心事でしかないようでした。
よかったですね、坊っちゃま」
「…なんか途中俺への悪意があった気がするが、まあ、よかったよ。あと、当主な」
いつものじゃれ合いを行う主従。
「ともかく、無事に終わってよかったです。今日はこれで解散ですか?」
そんな主従を見て少し気が抜けたアズマリア。
「いやいや、夜はこれから。聖騎士殿の方が一区切りついたら今度は死霊騎士さん達の方も一区切りつけなきゃだからね」
「へ!?」
「昼間言ったでしょ? 死霊騎士さんの浄化をしてもらうって。それをこれからやってもらわなきゃだよ」
「い、今からですか!?」
「そ、今から」
そう言って笑みを浮かべたヴァルに手を引かれ、馬車に乗せられるアズマリア。
その行き先は例の東洋風の武家屋敷であった。
■■■
屋敷に到着すると、先程後にした控え室にてドンチャン騒ぎが行われていた。
どうやらケイが負けた後、決闘場にいた死霊騎士全員が控え室に移動して大宴会になったらしい。
『おっ、若のお戻りだ~』
『お先やってまーす♪』
「だいぶご機嫌だな」
軽く挨拶を済ませると端っこの席に移動するヴァルとアズマリア。
「あの…死霊騎士さん達を浄化するって聞いて来たんですけど、宴会しちゃってていいんですか?」
もっともな疑問である。
「まあ、死霊騎士達なりの壮行会と言うか、見送りの儀式みたいなモノだからしばらくは付き合ってよ」
「その…宴会をしてるなら今日じゃなく明日とか日をあらためても…」
「あ~、それは駄目なんだ。明日になっちゃうと聖騎士殿と闘った死霊騎士達が回復しちゃうんだよね」
「どういう事ですか?」
「死霊騎士ってスケルトンさんより大分格上だから、弱らせないと浄化が通りにくいんだよ。
今日の決闘は死霊騎士の戦闘欲を満たすのと同時に、そうやって倒されて弱らせるって意味も合ったんだよね。
んで死霊騎士…と言うか、アンデット全般に言える事なんだけど、夜になると能力が強まる傾向があるでしょ。その影響で今弱ってる死霊騎士達も一晩経っちゃうと六~七割方回復しちゃう訳。
だから今日中に浄化を済ませておきたいんだよ」
ヴァルに死霊騎士と今日の決闘の意義について説明されるアズマリア。
「あのぉ…でしたら早く浄化した方がいいんじゃないですか? もう夜になってますし、多少なりとも回復しちゃうんじゃ?」
「…そこはまあ、目をつぶってくれると助かるかな? 仲間との最後の別れの場、みたいな感じで。遅くても真夜中前にはお開きにする予定だからさ?」
そう言って両手を合わせてお願いしてくるヴァル。そうされるとアズマリアとしては受け入れざるを得なかった。
そうして宴席に居座る二人だったが、時おり酔っぱらった風の死霊騎士達が挨拶をしに来る以外は基本ほったらかしだ。
その事についてアズマリアがヴァルに尋ねる
「宴席の主役は死霊騎士達だからね。いちいち挨拶しに来るのは窮屈だからしなくていいよ、って言ってあんの。無礼講ってヤツ」
ちなみにミザリーも武家屋敷まで同行していたのだが、いつの間にか離れ今は給仕を行っている。
会場をよく見れば、騒いでいる死霊騎士達の間を縫うように動いているメイド服や執事服が確認できる。どうやら料理や酒瓶の追加や、逆に空いた皿などを片付けているようだ。
ミザリー同様グールであり、この宴席では裏方を務めているようである。
「あの、死霊騎士さん達って酔っぱらったりするんですね…というか、皆さん盛大に飲み食いしてますけど、食事の必要ってあるんですか?」
「ん~、死霊騎士の場合は魔力で体を造ってるから出来ることは出来るけど、必須って訳じゃないね。どちらかと言うと嗜好品に近いかな? 特に今日なんかは雰囲気づくりの為って言う方が合ってるかも。
ちなみに普通の死霊騎士は人の魔力を奪ったりして体を維持してるね…いわゆる魂喰ってヤツ?」
「へ~そうなんですね…って大丈夫なんですか? ワタシをおつまみ代わりに食べたりしませんか!?」
「ここの連中は大丈夫だよ。地脈から魔力を吸収してるからね。野良の死霊騎士ってのはそれができないから常に空腹な状態で、だから人を襲ったりするわけ。衣食足りて礼節を知る、ってヤツだね」
「ほっ」
そうして料理をつまみながら過ごしているヴァルとアズマリア。このあと浄化の仕事が控えている為二人共に酒類は控えている。
そんな二人に声をかけてくる者がいた。
『おお、ヴァル坊、ここにいたのかい♪』
『お師様、失礼ですよ。御当主です』
『お!? そうだったそうだった。だが、儂にとっちゃあ御当主っつうとどうしてもバルザック殿でなぁ、ま、勘弁してくれや』
初代剣聖ロクスケとその弟子シズクである。
『ちぃとばかし話がしたくてよぉ、時間いいかい?』




