30 女騎士の陥落
幸福とも絶望とも思える感情がごちゃ混ぜになって弾ける。そんな感覚とともに目が覚める。
「……ここは…どこだ?」
気絶から目が覚めたケイ。覚えのないベッドに寝かされており、目の前に広がるのは格子模様の天井だった。
「私は……死霊騎士達と闘って、初代剣せ…!!!?」
そこまで思い出したところで、起き上がり慌てて首に手を当てて具合を確かめる。あれこれ触って状態を確認するが、特に異常はないようだ。しっかりとくっついているし傷や腫れもない。
「夢………ではない、よな?」
ベッドの上で訝しむケイ。まるでミラージュフォックスにつままれたかのような心持ちで呟いた。
「…思い出してみよう…シェットは正統派、逆にあまり印象が無い。次のベルーガは鉄球、更に次は大砲を背負ったレオパルド…今さらながらあの大砲はなんだったのだ?」
途中ちょっとした疑問が浮かびつつも対戦相手達を思い出し記憶を鮮明にしていく。戦闘の記憶を思い出す度にその時の夢中になれた感覚も甦っていった。
「…バルザの突き技の多彩さには学ぶべきモノもあったし、冒険者風のレイオットには剣技以外にも魔剣…得物の重要さを確認させられたな。そして女武者シズクとの死闘…初代剣聖…」
そこで一旦言葉を切り、目線を少し上に上げる。
「……ふはぁ…楽しかったぁ♪ ふふ…ふふふふふ♪」
扇情的な吐息をつき、弛緩した表情を浮かべる女騎士。口からはヨダレがこぼれかかっており恍惚とした様子だ。
そんな人様にはお見せできそうもな恥態なのだが、残念な事にすでに複数の目に触れてしまっていた。部屋のドアの隙間から様子を伺っていたヴァル、ミザリー、アズマリアの三名である。
「うん、立派な戦闘狂だな」
「…今の表情はどちらかというと、些かよろしくない薬の中毒者が浮かべる笑みに近い気がしますが」
「へ、変態さんがいます」
ボソボソと小声でアへ顔の感想を述べる三人。
ドアの隙間は当然ながら縦長なので、自然と身長順に顔が並んでいる。一番上がヴァル、真ん中がミザリー、一番下がアズマリアだ。
ちなみにこの部屋は数ヵ月前にアズマリアが気絶して運び込まれた部屋の隣室だったりする。死霊騎士の頭領、ロクスケに気絶させられたケイはヴァル達に回収され、東洋風の屋敷からホラー風の屋敷に運び込まれていた。
「さて、あの様子なら上手くいきそうなんで話をしてきますか。ミザリーは食事と装備一式を用意してきてくれ。君はできれば一緒に付いてきてくれるかい? 男女が一対一で同じ部屋は風聞がよくないから」
「承知いたしました」
「はあ…ん? ワタシの時は一対一じゃなかったですか?」
「まあ、君は俺からすると小さい子供みたいなもんだから」
「なっ……ぬぅ」
なんとなく腑に落ちない顔をするアズマリアを無視してドアをノックするヴァル。主人の意を汲んだメイドはすでにその場から消えていた。
コンコン
「ケイさん、ヴァルゲインです。起きられてますか?」
ドア越しに呼びかけるヴァル。
中のケイが起きてるのを知ってるのにそうやって演技をするヴァルを見て『なんだか見慣れてきたなぁ』と思ったアズマリア。
「!? あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!! ん…んん、どうぞ」
こぼれかけていたヨダレをシーツで拭いて居住まいを正すケイ。余人に見せてはいけない顔だという認識はあったようだ。
ドアを開けて室内に入るヴァルとアズマリア。ベッドのすぐそばまで近付くとケイの方から問い掛けてくる。
「その…ここは、ヴァルゲイン殿の屋敷か? 私を運んで介抱してくれたようだが…」
「ええ、例の屋敷を遠巻きに伺っていたのですが、しばらくしたら気絶した貴女が入り口から放り出されたのでこちらに運ばせていただきました。
事後承諾になって申し訳ありませんが、メイドに命じて着替えや体の状態を確認させていただきました。一見したところ大きな怪我等はないとの事でしたが、目覚めてみてどこかに不調等はありませんか?」
そう言われ、軽く腕を回したり布団の中で足を動かすケイ。
「………いや、問題は無さそうだ。多少の疲れがあるくらいだろうか」
それを聞いてホッと一息をつく演技をするヴァル。一部始終を見ていたので、無事は分かりきっている筈であるのに芸が細かい吸血鬼である。
「よかった…屋敷の門から放り出された時には生きた心地がしませんでしたよ」
悲痛な表情と台詞を出すヴァルに対し、『貴方アンデッドですよね』と心の中で突っ込むアズマリア。
ついでに、騙されているケイに対して憐憫の眼差しを向ける。
「アズにも心配をかけてしまったか?」
「え!? あ、はい、無事でよかったです!!」
どうやら憐憫の眼差しが、ケイには心配そうな表情に見えたらしい。なんだか罪悪感を感じてしまうアズマリア。
そこにヴァルが割り込み、話を促していく。
「ところで、中でどのような事があったのか教えていただけませんか? 領主としては、それによって今後の方針を決定しなくてはいけないので」
「ああ、そうだな…まず、決闘場に案内されて…」
と、屋敷に入ってからの事を懇切丁寧に説明するケイ。特に女武者シズクと初代剣聖ロクスケとの戦闘の場面では熱く語っており、握り拳を振り回しながらの熱演であった。
「信じられるか!? その一瞬のすれ違い様に剣を奪われていたんだ!! しかも当の私はその事に気付けもしなかったんだぞ!? まさに神技!! 剣聖の名に恥じない奥義だった…ぁはぁ…」
熱演の後、腕で自らを抱き締めてゾクゾクッと身悶えるケイ。
「…………」
「ふむふむ」
アズマリアが若干引き気味になりつつも、ヴァルは真面目に話を聞いている風である。
「ん、コホン、つい熱が入ってしまったが、私が覚えているのは概ねそのような内容だ。
意識を失ってしまった後は君たちの言ったように屋敷の外に放り出されたのだろうな」
「………………なるほど、そうでしたか。そのような事が…」
ケイの説明に対し、深刻そうに何事かを考えるような顔を浮かべるヴァル。
今日出会ったばかりのケイからすると領地に面倒な問題が降ってわいた事に対する苦悶の表情に見えるが、アズマリアからするとなんか妙な事を考えてるんだろうなとしか思えないようだった。
「………」
「ま、まあ心配するな。幸い私は無事だったし、連中も何度でも挑んで来いと言っていたからな。ヴァルゲイン殿さえよければ今後も私が…」
と、思い悩む領主を気遣いつつ、どさくさにまぎれて今後もあの決闘場に赴く口実を得ようとするケイ。
存分に剣を交えられ、アンデッドになっているとはいえ憧れの初代剣聖とも出会えるあの場所は彼女にとって至福の空間、楽園と言っても良いほどなのである。
『魔物に屋敷を占拠されている』という問題の解決の為にも強者である自分を頼る筈だ、という目算もあっての提案であったのだが、
「…いえ、これ以上貴女を危険にさらす訳にはいきません」
「え!?」
ヴァルの口から出たのは肯定ではなく否定の言葉であった。
「お話を聞いたところ、かの屋敷に居座っているのはただの死霊騎士ではなくとてつもなく強力な死霊騎士であるようです。剣聖候補の貴女ですらかなわない程に。
そんな魔物がいる場所に再度送り込む事など出来ません。今回は無事に戻ってこれましたが次回もそうとは限らないのですから」
「うっ…」
正論である。だが、闘いたいケイにとっては正論では困る。
「し、しかしだな…あ、あの屋敷はどうするんだ!? ヴァルゲイン殿は領主で、あの屋敷は君の所有物だろう? 占拠されたままでいいのか!? き、貴族の面子というものがあるのではないのか!?」
なんとか意見を変えさせようとするケイ。
確かにヴァルの意見は人道という点においては正論なのだが、領主という点においては失格だろう。
が、
「確かにそうですが、我が家は他の貴族との付き合いも大してありませんので、黙っていればわかりませんよ。仮にバレたとしても、当主である私が恥をかけばいいだけです」
「くっ!?」
朗らかに人格者な笑みを浮かべるヴァル。慈愛に満ちた眼差しは心からケイを気遣っているように見える。
当然演技であり、アズマリアからは心ないジト目をもらっているのだが気にしない。
「で、では連中が強者を求めて移動したらどうするのだ!? 今は大人しく待っているようだが、長期間訪れる者がいなければ自ら動き出すことも考えられるだろう?」
「それに関しては、家中に結界魔術の専門家がおりまして、少なくとも例の屋敷とその周辺を囲い移動を封じるのならば問題ないとの事です。我が家中は攻めは弱いのですが、守りには長けた人材が多くて…助かっていますよ」
「ぐっ、がっ!!」
女性に似合わない声で呻いて顔を歪ませるケイ。真偽はともあれ、問題の当事者が手助けを必要をしない以上、ここから先は過干渉と言われかねない。
先程から闘いたいケイと闘わせたくないヴァルという構図が出来つつあるが、当然そこにはヴァルの善意ではなく別の思惑があった。
「という訳なので、例の屋敷での決闘騒ぎは今回を最後にしようと思います。お話では十一体の死霊騎士を討伐してくれたとの事でしたので、その分の報酬はお支払いいたします」
「う、あ…」
ヴァルからすれば死霊騎士の浄化の手助けとなる決闘を行ってくれるケイは確保しておきたい人材だ。
だが、一応は吸血鬼とその命を狙う聖騎士という関係である。死霊騎士との決闘という依頼はヴァルが決定権を持っている形にして色々と制限を課したかったという思惑があった。
なので、おあずけおあずけしながら話を進めていたのだ。戦闘狂の気がある彼女ならおそらくこの餌に食いつくと半ば確信して。
「それでは…」
「待ってくれぇ!! 頼む!! どうか、どうかもう一度機会をくれ!! あの戦場は私にとって理想の場所なんだ!!」
思っていたよりも早くケイは陥落した。ベッド上で土下座のポーズを取りながら懇願してくる女聖騎士。背中越しに見えるお尻のラインがセクシーである。
この様子ではすでに吸血鬼の事に関しては大して関心を持っていないようだったが、念の為その辺りの事に注意を払った契約を結び直す。
こうして聖騎士ケイ=アンガートは死霊騎士のスパーリングパートナー的な相手として吸血鬼に雇われる事となったのである。
くっ殺ではありませんでした(ノ´∀`*)