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28 女騎士の勝敗


 想鬼流・三の秘剣《千年花(せんねんか)


 身体から生み出した闘気を剣に込め、振り下ろすと同時に解放し衝撃波を放つという原理自体は単純な技で、五つある想鬼流の秘剣の中では比較的習得が容易な技。


 だが原理が単純な分、使い手の剣に込める闘気の量とその制御の如何(いかん)によって威力は天井知らずとなる。


 想鬼流の創始者がある戦場で放った際には巨大な陥没跡を残し、現在では巨大な湖になって残っているという逸話がある。


 放射状に抉れるその形状と後々まで残るその威容を見て『千年後まで咲き続ける花のようだ』と言わしめた事から命名された秘剣《千年花》




『…大きく出ましたね。我が秘剣を破ってみせると?』


「ああ、もう一度その秘剣を披露してみるがいい。その時が貴女の敗北の瞬間だ」


 ニヤリと笑いながら言い放つケイ。

 先程の衝撃の余波で全身が土埃にまみれており、その端正な顔も例外なく汚れてしまっているのだが、闘争心に溢れた表情にはかえって野性味が足されてひどく似合って見えた。


『……言いますね。それでは、いきますよ』


 シズクもニヤリと笑って刀を構え、先程の続きとばかりに縮地を用いて攻め始めるシズク。狙いも急所狙いから、ケイの体勢を崩すのを主目的にしている。

 どうやら先のやり取りが彼女の何らかの琴線に触れたようで、先程と同じ展開を再現しようとしているらしい。


「…狙いは読めるが、そう易々とやられるのもな!!」


 対するケイも、ただやられっぱなしというのは不本意であるらしく応戦する。


 が、虚実を交えた攻防にはシズクに一日の長があるようで、様々な太刀筋や時には当て身や蹴り技も交えて体勢を崩すことに傾注されては分が悪い。

 

 後手にまわり、徐々に不利になっていくケイ。見切りの能力が優れているとは言え、初見の技にはどうしても対応が遅れてしまう。


「ぐッ!?」


 やがてその均衡が崩され、ケイは後方にしりもちをつく形で倒れこむ。


 当然そんな絶好の機会をシズクが逃すわけがない。素早く接近し、相手の体勢が整う前に大上段の構えに入った。


『善戦しましたが、これで終いです…秘剣《千年花》!!』


 闘気を込め振り上げられた刀を下ろそうとする刹那…


「《聖撃(ホーリースマイト)》!!」


 崩れた体勢のまま《聖撃》の奇跡を発動させるケイ。


 シズクはそれを意に介する事なく刀を振り下ろす。多少の驚きはあったが、想定内の事だ。

 先程受けた《聖撃》の威力からして、あらかじめ受ける覚悟が出来ていれば体勢を崩すこともない。それに今回は跳躍をせずに地に足をつけたままで踏ん張りも利く。


 勝った!! そう確信して腕を振り切り、自身が起こす衝撃波に備えるシズク。


『………!?』


 が、いくら待てどもやって来る筈の衝撃はこない。


 そもそもが振り抜いた際、刀が相手に当たった感触もなかった。


 ふと手元を見ると握りしめた両の手があるだけで、肝心の刀がどこにもない。


『は!?』


 混乱の最中、体勢を直したケイが立ち上がる。


「隙だらけだぞ…ハアァッ!!」


『!? し、しまっ…』


 気合いを込めて袈裟懸けの斬撃を放つケイ。

 

 シズクもそれに気付き瞬時に後方へ跳ぶ。が、混乱の為か縮地の発動は間に合わず、通常速度のバックステップだ。


『グッ!?』


 結果、両断は避けられたものの決して浅くはない傷を負ってしまう。速度重視・回避優先で具足を身に付けていなかったのも裏目に出た。


 アンデッドの為出血はないようだが、相応の深手に変わりはなく戦いを続けられたとしても勝ちの目はほぼ無いだろう。


 この仕合の勝敗は決したようなモノだ。


『……これで私の勝ちはほぼ消えましたか…よければ私の刀がどこに言ったか教えてもらってもよろしいですか?』


 前のめりに倒れそうな身体を、かろうじて支えながら尋ねるシズク。


「…貴女の後ろだ」


 そう言われ確認すると確かに後方の地面に突き立っている。それなりの距離が空いており、それを見たシズクは何が起こったのかを理解した。


『……なるほど、無刀取りの一種ですね……あぁ、それであの状況で《聖撃》だったわけですか』


「…理解が早いな」


『これでも長く生きて…途中からは死んでますね…様々な経験をしてきましたからね。似たような技を見たことがあります』


 無刀取りは剣対徒手で発揮される技術、相手の懐に入り剣を奪ったり無力化させる技の総称だ。


 今回の場合、本来なら振り下ろされる刀の柄頭を掌打等でかちあげてすっぽ抜けさせるのだが、それを《聖撃》で行ったというのが事の真相だ。


『さほど威力のない《聖撃》、と決めつけたのが敗因ですかね』


 シズクの言う通りケイの《聖撃》には大した威力はない。精々強めに押される程度、もしくは弱目に殴られる程度だ。

 身体の他の部分に当てられたとしても効果は薄かっただろう。


 だが、今回に限ってはシズクの振り下ろす力にぶつける形、所謂カウンターとなる為その程度の威力でも事足りたという訳である。

 

「もう少し言わせてもらえば、先に一度秘剣《千年花》を見せてもらったのも大きい。

 振り下ろす型や振り下ろしの際の力の緩急を見せてもらったので思い付いた策だ」


『ふふ、秘剣をそう何度も見せるモノではありませんか……

 さて、そろそろ限界です、ね。決闘ですので、自ら退くよりもお相手にトドメをさしてもらいたいのですが…』


 息も絶え絶えになりながら決着をつけろと促す女武者。


「……わかった。介錯、と言うんだったか?」


 その意を汲んだ女騎士も歩み寄り、細剣を振り上げた。


『…楽しい勝負でした、もう一度ぐらい戦り合いたいモノですね』


「同感だ」


 互いに笑い合いながら、それでも容赦なく細剣が振り下ろされる。

 

 最後の一太刀を浴びるとシズクの姿は霞の様に消えていった。


 僅かな寂寥感を覚えるが、それ以上に高揚する気持ちを抑えられずにいるケイ。


 剣聖となるべく研鑽し磨きあげてきた剣術。それらを遺憾なく発揮できているこの決闘場。


「…ただ剣の力のみがまかり通る空間…勇者の権威も権力者達の横槍もない。純粋な力比べ…ああ、まるで世俗の垢が洗い流されていくかのようだ」


 高揚を通り越し、まるで真理にたどり着いたかのような悟った表情を浮かべるケイ。


「ここに来た目的は吸血鬼を倒し現剣聖や勇者を見返す事だったが……そんな考え自体が浅ましい。

 気付かぬ内に自分も世俗というものに染まっていたのだな…私が目指した剣聖というモノはそんなモノに囚われる存在ではなかったというのに」


 シズクとの戦闘の中で強敵に苦戦し、思考し、打倒し、勝利したケイは己の中の剣というものと向き合い初心を思い出していた。


 剣に生き、権威というものなど意に介さず民衆を守ったという初代剣聖。自分はそうなりたくて剣をとったのではなかったか?と。


「ああ、心地いい♪」


 天を仰いで今の気分を呟くケイ。

 あいにくの曇天だったが、ケイの中では天上から光が差しているかのように感じられていた。


 それだけシズクとの戦闘が心地よかったということなのだろう。


『おーい、お嬢ちゃんよぉ!? いい気分のところ悪りぃんだが、まだ勝負は続けんのかい?

 なんだか満足げなんだがよぉ…』


 感極まっていたケイに審判役の頭領らしき男が声をかける。

 審判役というか、仕合中は特に何も言ってこなかったので見届け人といった方が正しいかもしれない。

 

「ん? そういえばそうだった。勝ち抜き戦というか総当たり戦の最中だったな。

 先程の戦闘が楽しくて忘れるところだった」


『シズクにも言われたと思うが、こっちとしちゃ別にこれで終わりでもいいんだぜぇ!? 

 意欲は……問題なさそうだが、疲労もあるだろうしよぉ』


「バカを言え、こんな楽しい時間を簡単に終えられる訳がない!!

 先程の女武者より強い剣士達もいるんだろう!?」


『ああ、いるな。シズクは十七番だったからなぁ…十番台の連中はまあ、どっこいどっこいってところだが、一桁台は確実にシズクより強ぇな』


「それを聞いて、よりヤル気が出てきた。実に楽しみだ」


 悟ったような表情が途端に獰猛な笑みに変わる。立派な戦闘中毒者(バトルジャンキー)の笑みだ。


『おうおう、上ばっか見てると格下と思ってる連中に足下すくわれるぜぇ!?

 まあいい、ホレ、んじゃ札をひきな』


 そう言ってぞんざいに木箱を前に出す頭領らしき男。


 出来ることなら上位の相手をひけるようにと願いながら木箱から札をひくケイ。ひいた札に書かれた文字を読むと心の中で喝采をあげた。


「……よし、一番だ」


『ほぉ……オメェ引きがいいな、次の相手は儂だ』


「一党の頭が相手で先程の女武者殿の師か……楽しませてくれるんだろうな?」


『おう、楽しいかどうかは知らねぇが相手してやるよ。位置につきな』


 そう促され決闘場の中心で構えるケイだったが、


「!? どうした? 構えないのか? それに…得物は…」


 相手の男が構えない事だけでなく、その手に何も持っていない事を訝しむ。


 先のシズクも胴着だけの軽装だったが、その師はそれ以上だ。


『儂はこれで問題ねぇよ。遠慮しねぇでかかってこい……ひよっこ』


 その瞬間、男から圧倒的な闘気が立ち上る。まるで質量を伴うかのごとき濃密な闘気。


「!!!?」


 その奔流を受け、それまで抱いていた疑念は吹き飛んだ。


 格が違う。


 そう判断したケイは先程までの浮わついた気分を消し去り、決死の覚悟を決めた。それでもまだ足りないと感じつつも、剣士の矜持が逃げる事を拒否する。


『そういやぁ、さっきはお互い名乗りあってたなぁ…

 儂は、想鬼流十一代継承者、剣鬼(けんき)のロクスケ・イヌイ。

 ここらじゃあ初代剣聖のイヌイって方が馴染みがあるかもなぁ?』


「な、なんだと!?」




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