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19 女神官の相談


「誤解されてるんです…」


「はい?」


 最初の浄化の依頼から数えて二月程、今回で三度目の浄化の仕事。

 恒例となった礼拝堂での浄化の最中にアズマリアがひとりごちた。


 本日の見届け人はミザリーのみ。これまでは毎回付き添っていたヴァルだったが、この依頼の期間中は別の用事があるらしく不在だ。


「ワタシ、誤解されてるんです…」


「はあ…」


 先程と同じ台詞を呟くアズマリア。しかもチラチラとミザリーに目を向けながらだ。

 どうやら事の詳細を聞いてもらいたいらしい。


 基本ミザリーはアズマリアの訪問時にはそのお世話を申し付けられている。今回の浄化のノルマも終わりかけており、この後は特に差し迫った仕事もない。

 ちょっと面倒臭そうだなと思いつつも、これも職務の一環かと自分を納得させるミザリー。メイドの鑑である。


「…この後、お茶でもいかがでしょうか。よろしければそちらでお話を伺いますが」


「ぜひお願いします!! さ、残り二体。お待ちのスケルトンさん、どうぞ!!」


 言質をとったアズマリアが少しやっつけ気味にスケルトンを浄化するのを見て嘆息するミザリーだった。




 ところ変わって屋敷のテラスに用意された茶席。中庭に面しており、整えられた庭園を見渡せる落ち着いた場所だ。

 アーチ状の構造物や何かを型どった植物が目を楽しませてくれる。


「ワタシ、愛人業をしていると誤解されてるんです。ううぅ…ズズ、あ、お茶美味しいです」


「………」


 そんな場所でお茶を飲みながらくだを巻くアズマリア。


 その正面に座るミザリーはカップを傾けながら無表情にそれを見つめていた。本来メイド、使用人の類いは主人や客人とは席を同じくしないモノなのだが、最近は主人や目の前の客人の意向で同じテーブルにつくことが多くなっている。

 規律が乱れてますね、と思いながらカップを置くミザリー。


「ヒドイですよね!? ワタシまだ清らかな乙女ですよ!! 

 ピッチピチの乙女がビッチビチの売女扱いされてるんです!! 許せません!! あ、このパイ美味しいです」


「………特定のご職業をされている方への侮辱になりますのでもう少し穏便な言葉でお願いします」


「あ、すいません…調子乗っちゃって…」


 相談の相手がお茶を飲んだり菓子を食べながらの為にいまいち真剣に聞く気がおきないミザリーだったが根気よく話を聞いていく。

 すると、どうやら冒険者の間でアズマリアが貴族の愛妾になったらしいと噂されているらしい。そしてどうやらここでの仕事がヴァルとの愛人契約だと勘違いされている、との事だった。


「…話をまとめますと、

 ・直々に迎えに来る貴族所有と思われる馬車

 ・目撃された若い貴族の跡取りらしき男

 ・仕事を受ける若く美しい女神官

 ・泊まりがけの仕事

 ・内容を説明出来ない仕事

 ・仕事から戻ると羽振りの良い女神官

 ………なるほど。こう並べてみますと貴族が若い女性を定期的に呼び出して淫行に耽り女性はその報酬を受け取っている、と思われても不自然ではありませんね」


「そうなんですよぉ………」


 テーブルに突っ伏すアズマリア。下唇を出して拗ねている。


「特に前回の依頼を終えた後から急に広がり出して…どうやら馬車での送迎を見てた人がいたみたいで、何故か元からあった噂に信憑性がでちゃったみたいなんです」


 依頼の事なんて受付嬢さんにしか話していないはずなのに、と思うアズマリア。

 それで正解である。


「誤解を解きたいんですけど…依頼の事を説明出来ないから難しくて」


「そちらに関してはなんとも…坊っちゃまと契約をされたのはアズマリア様ですので」


 ミザリーの言うように依頼の内容の秘匿に関してはヴァルとアズマリアで決めた事だ。初回依頼後の馬車の中であれよあれよと決まった契約である。


「…ですからあの時『よく考えなくてよろしいのですか』と言ったのですが…今更言っても詮なき事かと」


「ううぅ~」


 ミザリーの正論に頭を抱えるアズマリア。

 認めたくない、認めたくない…が事実と向き合うことで成長するのが人というものである。これは彼女が成長する好機なのだ。


「……それはそれとして、なんとかして噂を払拭することは出来ませんかね? 一発逆転な妙案を!!」


 とりあえず、己の過ちを見て見ぬフリをするアズマリア。

 往々にしてこういった選択をするのも人というものである。


「………残念ながら、妙案はありませんね。

 アンデッドの浄化の秘匿に関しては、坊っちゃまのおっしゃる事もわかりますので」


「…ですよね」


 大量のアンデッドの浄化という依頼内容。

 じゃあそれをどこでやっているんだ?ということになれば、この吸血鬼の領地の事が明るみに出る可能性が高くなる。

 吸血鬼や目の前のグールの存在にアズマリアは慣れたが、本来魔物と人は相容れないという考えが主流だ。

 こうした事情をふまえヴァルから依頼の内容については口止めを受けているのだ。


 アズマリアにしてもそれに関しては納得出来る。


「でも、その後の対応をワタシに丸投げなのもどうなんでしょう!? ズルくありません!?」


「…おそらくその面倒事も見越して急いで契約をしてしまいたかったのではないでしょうか。

 端から見ていてあの時の坊っちゃまは詐欺師と言うか、イタズラ小僧と言うか…うまく騙せてよかったという雰囲気がありました。獲物を前に舌なめずりしているようにも見えましたね」


「そ、そんなぁ…その時言ってくれれば…」


「それも含めて『よく考えなくてよろしいのですか』と伺ったのです。

 仮にも主人とメイド、坊っちゃまの意向に反する事はそうそう言えません。あれが限界です」


 いやいや、もっと普段もっと辛辣な事を言っていたような気がするんですけど…と思ったアズマリアだったが、考えてみれば普段から女性というくくりで結託したりと友好的なので忘れがちになってしまうが、確かにミザリーはヴァル側の勢力である。

 

「すいません、甘え過ぎてました…」


「…ワタクシも女性が坊っちゃまに弄ばれるのを望んでいるわけではありませんので。

 ()()は気をつけて下さい」


 言外に『次もヤバげな時には口を出します』と言っていてくれている気がしたアズマリア。

 ミザリーの優しさに先ほど見過ごした己の過ちを思い返し反省する。


 人は他人の優しさに触れて成長するのかもしれない。


「う…ワタシ、最近気付いたんですがお金に目が眩むと色々判断が甘くなるって言うか…」


「坊っちゃまいわく『おバカ』だそうですね。同じ意味で『アホの子』もありだそうですよ」


「ぐぅ…」


 己の過ちを他人から指摘されるのはとても痛かった。言葉に貫かれて心が瀕死なアズマリア。


 一方、どことなくスッキリした表情のミザリー。まるで心の中にあったモヤモヤしたものがが解決したかのようだ。


「さて、アズマリア様。

 ワタクシには愛人の噂を即座に払拭できる妙案はありませんが、幾つかは案が浮かびます」


「ふぇ?」


 アズマリアが顔を上げる。


「…何か解決策があるんですか?」


「妙案はないと申しました。これから提案するのは地味な案ですよ。

 一つは今後この依頼を断る事。ひょっとしたら飽きられたとか捨てられたなどと風評が立つかもしれませんがいずれは消えるでしょう」


「なるほど…」


 だが依頼を受けないと報酬が無くなる。

 アズマリアの中でこれは却下された。


「二つ目は依頼の内容を不自然でないものにする事。要はウソをつくということですね。

 長期間、定期的に泊まりがけで行う依頼、それでいてアズマリア様が行う事に整合性のある依頼をでっち上げてそれを周囲に伝えて納得させる。

 少し難しいかもしれませんが考えつかない事はないでしょう」


「たしかに…」


 おそらく最も現実的ではないだろうか。問題は矛盾なく設定を作れるかどうか。

 アズマリアでなくとも可能だったり、先に『内容を言えない仕事』と言ってしまったのでどうしてそう言わなかったのか等と色々ありそうだ。そうそうお目にかかる機会は無いが奇跡には《看破(センスライ)》等もある。

 だが…一番可能性はありそうなので、本命として保留。


「三つ目は第三者に噂を否定してもらう事。こういった場合当事者が潔白を証明しようとしてもなかなか難しいですから。

 出来れば周囲から信頼されているような人物が好ましいですね。もしくは四六時中一緒にいるパートナーやパーティーの仲間を作る等でしょうか」


「う~ん…」


 最もらしい気がするがそういった人物にあてがない。《奇跡》の種類もいまだ増えていないのでパーティーに入れてもらうのも難しい現状。

 保留としておく。


「四つ目はいっそ坊っちゃまに頼ってしまえという事。

 本当に愛妾になってしまえば気にならなくなるどころか大手を振って肯定出来ます。

 もしくは魅了で街の関係者全員から記憶を奪ってしまうなどでしょうか。」


 逆に考えるんだ。愛人になったっていいんだ、とは思えないアズマリア。まだ恋だの愛だのに夢を持っていたい年頃である。

 このトンデモ案に関してはミザリー流の冗談であろう……ですよね?と思いつつ当然却下。


「即興で思い付くのはこの程度です。もっと冴えた方法があるかもしれませんがワタクシには考えつきません。

 二つ目か三つ目が現実的なところではないでしょうか」


「そうですね…ところでミザリーさん、冒険者になるご予定は…」


「ございません。他を当たり下さい」


「ううぅ…」


 すげなく断られたアズマリア。当然である。


 その後、大半の当たり障りの無い会話や時おり当たりも障りもある会話をして一部の樹木が塵と消えたりしつつも女子二人のお茶会は終了した。



■■■

 

 

「通っていいですよ!!」


「は、はい」


 やたらと元気な衛兵に見送られてアズマリアは北門の関所を通り抜けた。


 吸血鬼の屋敷での浄化依頼を終え、いつも通り馬車で送迎をされて帰還したアズマリアだったが今回は街の直前で馬車から降ろしてもらっていた。

 前回の下車を目撃されてしまい愛人疑惑が広まった事へのせめてもの抵抗だ。


 北門から広場に出ると衛兵と騎士が話していた。その横をすり抜け、冒険者ギルドへの道を一人歩く。


 今回の浄化で得た魔石を換金するためだ。


「にしても、今回は結局ヴァル様には会えなかったですね」


 別世界なら『べ、別に会いたかった訳じゃないんだからね!!』と続きそうな台詞だがアズマリアにそんな気は毛頭なかった。

 愛人・愛妾などと呼ばれているものの実情はこれである。


「無責任な噂をする人々にこそ、この現実を見てもらいたいものですよね。

 あ、ここだ」


 大通りから外れて脇道に入るアズマリア。先日受付嬢と一緒にギルドに向かった際に教えてもらった近道だ。

 脇道と言ってもそこまで狭くも暗くもなく付近の住民用の生活道路らしい。スラムの路地のように荒れた雰囲気もなかった。


 とは言え多少なりとも人の目が少なくなったのは事実。


「よし、今のうちに今日売る魔石の数を調整しとこ」


 大通りでははばかられるような事でもこういった所なら大目に見てもらえると思える行為がある。

 例えば財布の中身を確認するなどがそうだ。大通りでおおぴっらに銀貨や銅貨を数えながら歩くような者は少ない。必要に迫られた場合、こういった路地に入ったり壁側を向いて確認したりするのが一般的だ。


 魔石についても現金に換えられるということで同様の心理が働くアズマリア。

 足を止めて袋の中身を手探りで探っていく。


「一気に全部売っちゃうと目立っちゃいますからね…あれ? これもヴァル様の領地についてバレちゃう一因になるんじゃ…」


「何がバレるだと?」


「ひゃう!?」


 突然後ろから声をかけられ驚くアズマリア。

 明らかに彼女に向かってかけられた声だ。


 振り返ると騎士姿の人物が睨み付けるような眼差しでアズマリアを見つめていた。


 



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