1 女神官の憂鬱
Q:『剣と魔法の世界における聖職者の役割とは?』
A:『回復でしょ?』
『回復だろ』
『回復に決まってんじゃん』
『ん~セーブポイントとか?』
『後衛で回復じゃね?』
『すいません、回復以外思い当たらない』
『全身タイツに貫頭衣』
『癒しの奇跡のイメージ』
『回復…白魔術って違うか』
『神の奇跡でヒール』
『オレンジの全身タイツ』
『東方の巫女って刀が似合うよね』
『弓もいいよ』
『薙刀も捨てがたい』
『ケモミミ巫女は大正義』
という結果に大きな異論を差し挟む余地はない(幾つかの特殊意見は除く)
さほどに聖職者=回復役の図式は、共通認識として世間一般に深く浸透している。
ここオラシアの街の冒険者ギルドでも同様だ。
神官として登録する冒険者に期待することは基本回復役。
危険と隣り合わせな冒険者稼業にとって、元手の必要がなく速効性のある回復手段は是非とも確保しておくべき手札である。
…実際にはなんの元手も無いわけではなく神官達の精神力を引き換えにしているわけだが…
神官系の職業を得たものはその際に一つ二つの《奇跡》授かり、以降魂の位階が上がる際に新たな《奇跡》を授かる、という成長をしていく。
この最初に授かる《奇跡》で圧倒的に多いのが《治癒》だ。
そうして冒険者になった神官には戦闘経験はないが《治癒》役という明確な役割が与えられる為、パーティへの勧誘率も高い。
そうして最初の取っ掛かりを得た彼らはパーティと共に依頼を繰り返し成長していく。新たな《奇跡》を授かり、時にはそれ以外の技能を獲得していくのだ。
時折冒険から戻らぬ者もいるが、冒険者は自己責任が原則。
こんなところが冒険者となった神官の認識と常道である。
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が、何事にも例外は存在する。
神官の職を得た際の《奇跡》には《治癒》を授かる事が圧倒的に多いとは言え全員が必ず授かるという訳でもない。
「………はぁ…」
ため息をつきながらギルドの扉を潜る少女もその一人。
一から十まである冒険者ランクの第九等級、神官のアズマリア。
「…今日は薬草の指定依頼あるかな」
神官服に身を包んだ十代後半で長い黒髪の少女。手には錫杖を持っている。
中々の器量良しなのだが、身にまとう倦怠感が板についてしまっている。
有り体に言うと生活に疲れたオバちゃんっぽい。
「もう半月も麦粥と野草だけ…白いフワフワのパン、食べたい」
実に本人の窮状を端的に示した台詞だ。
「もっと塩味欲しい…甘味も…ああ、勇者様の祝勝会で食べたお肉とデザート…美味しかった…」
ブツブツと呟きながら依頼の掲示板に歩み寄るアズマリア。
「薬草採取………良いのはない。他の街中で出来る依頼は………ないかぁ。
臨時のメンバー募集とかは………そうだよねぇ」
掲示板にはパーティのメンバー募集の貼り紙もあるのだがアズマリアでは条件を満たせないモノばかりだった。
『大盾を扱える者募集』…力不足
『遺跡調査の人足、五十キロ以上背負える者』…同上
『急募、魔術師!!』…魔術ムリ
『回復役探してます。《治癒》十回程使えると嬉しいです。《中治癒》使えればなお良し』
特に最後の募集はアズマリアにとって少しばかり目に痛かった。
《治癒》を使えない彼女は回復役が出来ない。
それでも経験を積むうちに使えるようになるのが普通なので、青田買い的な感覚でパーティに勧誘され所属したことはあった。
だがどういう訳か彼女は《治癒》系の奇跡を授かる事が出来なかった。
彼女と同時期に冒険者になった神官達は二度目の《奇跡》の授受、精々三度目の授受の際には《治癒》を授かる事が出来ていた。
中には《治癒》の一つ上《中治癒》を授かった者もいたのだ。
良くない事にアズマリアの神官としての成長具合は他の者よりも大分遅かった。
位階で言えば同期の神官が三に到達する頃ようやく二、五に到達する頃に三といった具合だ。
「皆さんの気持ちも分かるので恨み言は申しませんけどね…」
幾つか位階が上がり、新人としての期間が終わる頃には陰口も叩かれたものだ。
曰く、
「『ハズレをひいた』ね…」
そしてパーティからの解雇。
残念ながらアズマリアの戦闘技術は気休めの域を出るものではない。自覚もあるし周囲もそう言っていた。一人で討伐依頼を受けるのは危険が過ぎるだろう。
出来る依頼といえば街の周囲での採取や街中で行える細々とした雑用。読み書き算術に不足はないので力仕事以外なら問題なくこなせた。
冒険者、つまりは神官としてのアズマリアもなにもしなかった訳ではない。
祈り、瞑想、奉仕活動等神殿でのお務めも人並以上にこなしているし、神官としての技能以外も鍛えてみている。
だが、結果は芳しくない。
出ない結果は成果に繋がる訳もなく貧窮に喘いでいる、という事である。
「いつもの常備依頼で薬草摘むしかないか…緊急に薬草が必要になったとかなら多少色付けてもらえるのになぁ…ハァ」
何気ない日常のちょっとしたガッカリ、そんなモノこそ感情の堤防を決壊させる。
こんなはずじゃなかった。
孤児院のお母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、妹達、弟達、優しくしてくれた人、お世話になった人達にいっぱいお返ししたかったの。お金を稼いで、美味しいもの持って、新品のシーツと…シーツと…シーツと…
神殿の孤児院で育てられ、与えられた環境の中では一生懸命努力した。文字も覚えた、孤児院と教会内にある本は全部読めるように。難しい計算だって出来る。お金の種類だって全部覚えた。金貨や大金貨は見たことないけれど、屋台でお釣りを誤魔化される事だって無かったんだから!!
年下の子供達の面倒だってよくみた。洗濯だって掃除だって誰より真面目にやったのに。
十三歳で受けられる神官学校への試験だって合格したもの。神官の職を授かれて神様の声を聞いてっ、正式に神殿の聖職者になれてればこんな苦労しなくて済んだのにどうして決められたお家の人しか働けないの?同級生の皆は冒険者になるのが精々だよって言ってた。続けてる人は多いけど、もう帰ってこない人もいる。女の子の中には色街で男の人の相手をしているって噂を聞いた。冒険者の人達からもそういう視線を向けられた事もあるし、おふざけみたいだったけど直接誘われた事もある。もうワタシもそうするしかないのかな…
焦燥と貧困により張りつめた心が決壊しそれが涙として流れる寸前、掲示板前で俯いた彼女にある依頼書が目に入った。
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《指名依頼》
募集人員:《浄化》系統を使用できる者1名
依頼内容:アンデット(スケルトン、レイス等)の浄化
報酬:アンデット一体につき銀貨五枚
備考:当方アットホームな依頼です。詳細に関しては応相談いたします。
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彼女の目を縫い止めた文字、
それはあやしげな備考ではなく、
アンデットにしては破格の報酬でもなく、
その上の《浄化》の二文字。
それは彼女が最初に授かった《奇跡》だった。