18 受付嬢の業務
※受付嬢視点です
私は冒険者ギルドで働く一般職員、冒険者の皆さんからは受付嬢の呼び名の方が馴染むようです。制服で統一されているので皆まとめて受付嬢という感覚らしいです。
一応リナ・ルーベンスという個人の名前があるのですけれどね。何人かの個人的な付き合いのある冒険者さんにはそう呼ばれています。
受付嬢とは呼ばれていますが、ずっと受付にいる訳じゃありません。時間毎に交代して書類仕事をしたり、時にはギルドで扱う物品の荷運びもさせられたりします。ギルド内の下働きといったところでしょうか?
中には魔物の解体や外部との渉外・交渉等の専門職やその秘書的な役割の職員もいますが、大半は一般職員です。お給金的な面で差があるので、その事に不満を漏らす方もいますが私は違います。その報酬に伴う様々な責任や重圧を思うと一般職員でいいと思ってしまうのです。
勘違いされるかもしれませんが決して仕事の手を抜いている訳ではありません。自分の仕事は手早く完璧に。余裕があれば他者を手伝うこともします。要は手は抜かない、でも頑張りすぎもしない。それが私の信条といったところでしょうか。まあ、最近は勇者様関連での仕事がたて込んでしまって残業続きだったのですが…ようやく一息つけて通常に戻りました。
そんな風に、今日も自分の仕事をこなしていたのですが、
「おーい、誰か、この中にイロエ・リッツっていう冒険者を知ってる者はいるか?
男で十六歳前後の神官で数ヵ月前から音沙汰なしらしいんだが」
ギルドの上役がその場にいる職員に問いかけます。
イロエ…イロエ・リッツ…ああ、思い出しました。丸顔でそばかすのある神官の新人冒険者です。使える奇跡が《治癒》、《解毒》、《聖壁》、《中治癒》と、かなり有用なモノばかりでしたので覚えています。
…あと、少しばかり女性の胸やお尻等に目のいきやすい少年でした。
「はい、私覚えがあります。確か丸顔でそばかすのある新人さんでした」
手を上げて報告します。端的な特徴を伝えますがムッツリな情報までは言いません。個人の嗜好ですからね。
私の言葉に他の職員も『ああ、アイツね』といった感じで手を挙げる方がチラホラ。一番に挙げたのは私ですけどね。
「そうか…今しがた北門の衛兵から身元確認の要請があってな、彼と思われる遺体が届けられたそうだ」
ゲッ…と職員一同の心の声が聞こえた気がしました。ごく稀に冒険者の遺体を旅の方や同じ冒険者が持ち帰ってくれることがあり、今回はその稀な事案のようです。
皆が嫌がるのはこういった場合の遺体は損傷・腐敗が激しい事が多く、以後しばらく食が進まなくなるからですね。
「う~ん、じゃあ…」
上役が手を上げた職員の中から確認させにいく者を選ぼうとキョロキョロと見回します。
その目が私を捉えました。まあ、最初に手を挙げちゃいましたからね…
「リナ君、行ってくれるかい?」
「わかりました、行って来ます」
内心はしぶしぶですが、そこは態度に出さずに了承し外出の準備をします。まあ最近腰回りに余分なお肉が付きかけている気がしますので食事制限の一助といたしましょう。
「ああ、ついでに教会に見積り届けておいて。例のお宝、買い手の目処がついたから」
「…はい」
ついでと称して厄介…やり甲斐のある仕事を与えてくれた上役にはとても感謝しています。
なので、今度トイレ掃除が終わったら美味しいお茶を出してあげましょう。
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「おい!! この件に関しては厳重に抗議するぞ!!」
「額面については私に言われましても………この後も仕事がありますので失礼します。
書面は経理担当の方に渡しておきますので」
北門に行く前に教会での用事を済ませましたが、やはり難しい仕事でした。納得する気のない老人を説き伏せるというのはどだい無理な話ではないでしょうか?
今回は勇者様達が吸血鬼の城から持ち帰った財宝の換金の件でした。聖女様の取り分はこちらの教会に寄付するという事になり、ギルドの査定額を伝えたのですが安すぎると文句を言ってきました。『聖女様が持ち帰った財宝だぞ!! その分を上乗せしろ!!』とか言われても無理なものは無理です。
と言うか意味がわかりません。誰が持ってきても宝石や金塊の価値は変わらないと思うのですが…
この類いのイザコザはいつもの事なので教会への訪問もギルド職員には嫌われる仕事です。
教会というと清貧・節制を重んじるモノのような気がするのですが、不思議と幹部達には当てはまらないようですね。
下の方、例えば目の前の経理担当の方などは道理をわきまえているのですけどね。
「司教が無理を言って申し訳ありません…」
「いえいえ、お互い大変ですね」
「入ってくる金銭に対してだけは自ら確認する、と言ってきかないものですから…ふぅ」
目の前の老女から疲れがにじんだため息が漏れます。こちらの経理担当の司祭は孤児院の責任者でもあるそうなので色々と悩みがあるのでしょうね。
本来この経理担当と実務上のやり取りだけやっていればいいと思うのですが、そうはならないのが組織というものです。
「こちらが目録とその詳細になります。
受け取りに関してはお手数ですが冒険者ギルドまで足をお運びください」
「わかりました」
業務上の短いやり取りを済ませて教会を出て街の北門に向かいます。
大通りに出ると人の往来が目に見えて変わりました。街を南北に縦断する大通りには飲食店や個人商店、宿屋や大規模商会の支店など様々な店舗が連なっています。
活気にあふれた空気にあてられて、なんだかワクワクしてしまいます。使いに出された時は恨みましたが、たまには人の営みに紛れて散歩するのも悪くないですね。上役には台所掃除をした後に美味しいお茶を淹れてあげることにしましょう。
歩いているとやがて北門広場に到着しました。北門広場は屋台や大道芸人等が多いようです。
北門の基礎部分が衛兵の待機場所になっているのでそちらに向かいます。
「失礼します。ギルドから身元確認の為に参りました」
入り口の衛兵に事情を話すと少し待たされて案内役を呼ばれました。
「御足労いただき申し訳ありません!! 俺…じゃなくて、私がご案内させていただきます!!」
「よろしくお願いします」
新人の衛兵さんなのかやたらと元気な感じです。
「こちらです!!」
先導する彼に従って、ある一室に案内されました。部屋というよりは馬車ごと入れる車庫のような空間です。
そこに別の衛兵が一名、その他に四名の人が待機していました。
「あ、受付嬢さん!?」
「おや、見知った顔ですね」
「「………」」
相手方が言うように幾名かには見覚えがあります。つい先日依頼受注の仲介をしたお二人ですね。
「お久しぶりです。もう戻ってこられたんですね。で、こちらにいらっしゃるという事は…」
「あ、はい…」
「残念な事ですが、依頼したアンデッドの中にアズマリアさんの顔見知りがいましてね。確かイロエ君と言いましたか?
せめて故郷に帰らせてやろうと思ってご遺体だけでも…運ばせていただきました」
「ヴァ、ヴァル様…アンデッドになってた事はお伝えしなくても…」
「いや、こういった事は事実を伝えておいた方がいいですよ。少なくとも街の衛兵の皆さんやギルドの職員さんみたいな半ば公的な機関には特に。
ご家族への報告の際は少し気を使いますけどね」
たしか冒険者のアズマリアさんと依頼者のヴァルゲイン=フォン=…なんだったかしら? まあヴァルゲイン様でよろしいでしょう。なんだかずいぶん仲がよくなっている気がしますね…でも時おりアズマリアさんが微妙そうに口元をひきつらせているのはなんでしょうか?
ヴァルゲイン様が言っている事は正論ですね。ギルド側からするとそういった報告は正確にしてもらう方がありがたいのですが、ご家族からすれば息子さんがアンデッドになっていたという事実はよくない風聞になりかねません。
「ヴァルゲイン様、ご配慮ありがとうございます。
アズマリアさんが確認したのなら大丈夫だと思いますが、念のため確認させていただきます。ご遺体は?」
「馬車に積んであるそうだ。ご丁寧に棺入りになっていたよ」
一緒にいた衛兵が近くにある馬車を親指で示します。そちらに近付くとヴァルゲイン様の使用人らしき二人が馬車の後方部から棺を引き出してくれました。
…なんだかずいぶん立派な棺ですね。
「どうぞ、ご確認くださいませ」
「…すいません。では失礼して…あら!?」
メイド姿の女性が棺の蓋をずらしてくれました。
腐乱した姿を覚悟していたのですが、思っていたよりも原形をとどめています。臭いもそれほどキツくはないですね。
多少黒ずんだ箇所や肉が落ちてしまっている部分はありますが個人の判別は可能です。
「はい、確認しました。私の知っている冒険者の特徴と一致しています」
「了解した。こちらに署名を」
とりあえずイロエ・リッツの身元確認は終了しました。衛兵の書類に署名を行ってこの場の手続きは完了です。
遺体はこのあと共同墓地近くの安置所に運んでもらう手筈を整え、あとはご家族への連絡ですね。確か彼にはこの街にご家族がいたはずです。
「ヴァルゲイン様、重ね重ねご協力ありがとうございます」
「いえいえ、優秀な神官を紹介していただきましたし、後は領地に戻るだけですから」
なんとヴァルゲイン様はこのまま馬車で共同墓地まで遺体を運んでくれるとの事でした。そしてそのままお帰りになるそうです。共同墓地へは先ほどの元気な衛兵が同行し案内するそうです。
自然この場は解散という流れになりました。
「ではアズマリアさん、例の件よろしくお願いしますね♪ 受付嬢さんもまた」
そう言い残して馬車が出発します。金髪碧眼の好青年から妙にいい笑顔を向けられました。一瞬私に気があるのかしら?とか思いましたが、そんな事はおくびに出さず無難に一礼して見送りました。
アズマリアさんもお辞儀をして見送っています。
その後、女二人でギルドへの向かいました。
アズマリアさんも依頼達成の報告をするという事でしたので向かう場所は同じです。そこで別行動をとるほど社交性がない訳ではありませんから。
自然会話は今回の依頼の事になります。
「スケルトンやゾンビ百体を四日でですか? ずいぶん早い進捗具合ですね!?」
「ヴァル様が色々と協力してくださいましたから。あ、そうだ受付嬢さん、これを」
アズマリアさんから冒険者プレートを差し出されました。表面に刻まれた文字は『イロエ・リッツ 第八等級冒険者』とあります。
「それはそのままアズマリアさんがお持ちになってください。後にギルドで功労金と引き換えになりますので」
「あの、これとは別にもう一枚あるんですけど…」
確かにもう一枚冒険者プレートが手元にあるようです。確認すると『オーエン・メイフ 第六等級冒険者』と刻まれていました。
「えっと…こちらも依頼で浄化したスケルトンさ…が持っていたモノです」
「…ちょっと聞き覚えがない名前ですね。後で行方不明者の名簿で確認しますので、そちらもそのままお持ちください。
…そういえば、ちょっと気になったのですが先ほどヴァルゲイン様が言っていた例の件とはなんなのですか?」
「その~、いわゆる個人的な依頼を受けまして」
「…あら、良かったですね。若くして支援者持ちですか?」
一部の熟練冒険者はその能力を買われて貴族や大商人の支援を受けられる事があります。もちろんただ支援を受けるだけでなく支援者の都合を優先して仕事をしたり素材の調達や護衛を行うという私兵のような扱いになりますね。
正直なところ、目の前の少女がそのような実力者とは思えないので実力というよりは個人的に気に入られて仕事をもらえたのではないでしょうか? なかなか可愛い娘ですしね。
「そ、そんなに大層な契約じゃないですよ!? 月に一回ぐらい…あ、その、内容は言えないんですけどヴァル様のお屋敷に行って泊まりがけのお仕事をするぐらいですから!? いつ頃終わるかはまだ未定なんですけど…」
「……そ、そうですか」
どうしましょう。
冗談で考えていた事が聞いているとどんどん現実味を帯びてきました。それって愛人とか愛妾関係の契約とかではないですよね?
万が一そうだとしても男女の事なのでどうすることもできないのですが。
「さしでがましいようですがお体は大事になさって下さいね…」
「はぁ? わかりました」
一介の受付嬢にはこんな風に注意を促すのが精一杯です。
その後ギルドに到着し、そのまま彼女に付いて依頼達成の処理と魔石の買い取り、プレートについての功労金を含めた金額を渡しました。
これまでの彼女からすれば比較にならない金額なので嬉しいのはわかりますが顔が緩みっぱなしです。ああ、こうやってお金をちらつかされて契約を結ばされてしまったのかもしれませんね。
彼女達のズブズブな関係に未来はあるのでしょうか? そんな事を酒の肴にし、今夜の独身受付嬢の集いで盛り上がるとしましょう。