17 吸血鬼の勧誘
「う~、頭痛いです…あ、揺らさないで…乙女の尊厳が口からあふれでちゃう…」
「大丈夫? 万が一の時は窓から出してね、乙女の尊厳」
「うう…ひどい…」
昨晩の宴席から一夜明け、今はオラシアの街へ向かう馬車の中。依頼が終わった為、行きと同様送迎の最中だ。
面子も変わらずヴァル、ミザリーが長椅子に並んで座りその対面にアズマリアが座る。
そんな中、アズマリアはお酒の後遺症、要は二日酔いに苦しめられていた。
「うっぷ…」
「………出来る限り揺らさないようお願いします」
見かねたミザリーが御者席に向かって指示を出した。この場合アズマリアの為かミザリー達の為か。
そう言えば行きの時も今回乗り込む時も御者の顔を見ていないなあと考えるアズマリア。少しでも苦しいことを忘れるための意識転換だ。
「最初はジュースだったのにね。
葡萄酒の値段の話になってから急に飲みだすから…」
「だ、だって…ものすごい高級品だって聞いて…飲まないともったいないじゃないですか…つぅ…」
普段はお酒を飲まない彼女だが、一杯で安酒数十杯分と聞いて興味が湧いてしまったようだ。
慣れない赤の葡萄酒をガブ飲みしてしまった為この様である。はっきり言って自業自得だ。
「…君ってお金が絡むとちょっとおバカになるよね…」
「………」
仕方がないじゃないですか、こっちはお金で散々苦労してるんです。と思いつつ言葉にはしないアズマリア。
冷静に考えれば、その場で飲むのではなくお土産としてでも譲ってもらえれば換金出来たなあ等と考える始末だ。
「そんなちょっと守銭奴の素質がありそうな君に朗報です。
ミザリー、渡したげて」
「はい、アズマリア様、まずはこちらを」
先の人物評にちょっとムッとしながらも出されたモノを受け取るアズマリア。手渡されたのは人の頭ほどの大きさの袋だ。
「わ!? 重っ!?」
受け取るとそれなりにズシリとした手応えを感じる。片手で底を持って支えようとすると手を当てた部分以外が横に広がるような動きを見せた。どうやら同じ大きさのモノが大量に収められているらしい。
アズマリアが真っ先に思い付いたのは銀貨であった。ニヤケてしまいそうになる表情を抑え込みながらヴァルに中身を問い掛ける。
「こ、これ、なんですかぁ?」
「……多分君が思っているモノではないと思うけど、結果的にはそうなるモノかな。
開けて確認してみなよ?」
そう言われ袋を膝の上に乗せて開けてみると中には大量の小石が詰めてあった。手の中にスッポリ収まるぐらいの大きさで色は真っ黒だ。
その上で先のヴァルの台詞、
「これ…魔石ですか?」
「当たり。君が浄化したスケルトンさん達の魔石ね」
魔石。魔物の体内で生成される魔力が物質化した石だ。
魔道具の燃料や薬の原料として恒常的に需要があり、冒険者ギルドでも買い取りを行っており、冒険者の主な収入源の一つでもある。
「いいんですか? 今回みたいな場合って魔石や魔物の素材は依頼者側のモノになるんじゃ!?」
通常、討伐依頼等で倒した魔物は討伐の証明部位を提出する以外は全て冒険者側のモノになる。
だが、今回のように依頼者側から支援などを受けた場合等はそれらを依頼者側に譲り渡すのが暗黙の了解だった。更には銀貨五枚というスケルトンにしては高額の報酬からして、魔石分も含めての金額だったと思い込んでいたのだ。
「いいよ。お金には困ってないし」
「…じゃあ、ありがたくいただきます」
なぜかその余裕に少しイラッとしたアズマリア。
いつかそのすまし顔を崩してやりたいと思いつつ、『出会い頭《奇跡》ぶっぱ事件』を思い出した。
予想外の《破幻》で変装を解かれあっけに取られたヴァル。
「ぶふっ…」
「…何を思い出し笑いしてるのか知らないけど、なんかイラッとするなぁ…」
「続きましてこちらを」
勝手に繰り広げられる心理戦を余所に、ミザリーが別のモノを差し出してくる。
「…これ、冒険者プレート…ですね」
「浄化したスケルトンの中にこれを持ってたのがいてね。イロエくんみたいにゾンビじゃなかったから遺灰を片付けてる時に気付いたんだ。
十年近く前に亡くなってる冒険者のモノだけど届けてやんなよ。
確かこれにも幾らかの功労金が出たよね」
冒険者の身元確認として用いられる冒険者プレート。
パーティーのメンバーの遺体を持ち帰る事が困難な場合や出先で偶然冒険者の骸を発見した時は可能な限り持ち帰ってギルドに提出するよう義務付けられていた。
だが努力義務であり冒険者側になんの得もない行動である為、功労金という形で報いているのだ。
「わかりました…しっかり届けますね」
人の死をお金に代えるようでいささか気が咎めたが、伝える事で救われる事や諦めがつく事もある。そう思い直してプレートを受けとるアズマリア。
「うん、よろしく。
で………だ、ここからが本題なんだけどぉ…」
魔石と冒険者プレートを受け取ったのを確認したヴァルが微妙に猫なで声で言ってきた。
「な、なんですか…ちょっと怪しいんですけど…」
「いやいやぁ、ぜ~んぜん怪しいことじゃないよぉ…ときにどうだったかな? 今回のお仕事は? 体や心はツラくなかった!?」
「? 疲労はそれほどでも…最初に精神的にキツいのがあった以外は…あ、イロエくんの時はなんかひどかったです」
「ふんふん、体力的には問題なしと、精神面では…比較的丸くなったスケルトンさんを選抜すればクリア出来るかな?
あと、こちら側からの支援なんかについては何か不満とかあった?」
「はあ………強いて言えば《霊薬》が高価で飲むのに気後れしちゃいましたかね?
ありがたいんですよ!! でも、ヴァル様達にとっては対したことなくてもワタシにとってはあんな高価なモノを無償でいただくのはちょっと…」
「なるほど、金銭感覚の隔たりがあるか…低額にせよ有償に…要相談だな。
じゃあ、報酬的な面ではどうかな?」
「ええと、報酬に関しては何も不満はないです…むしろ貰いすぎな気が」
「多くて不満な事はないかなと思ったんだけどね…じゃあ今からでも減らす?」
「それはイヤ」
「……あ、そ。
これが最後の質問なんだけど…今回と全く同じ条件でもう一回依頼をお願いしたいって言ったら受けてくれるかな?
あ、魔石や冒険者プレートの件も今回限りのオマケじゃなくて今後も渡すよ」
「………」
少し考えるアズマリア。
自分の技能が活かせる、安全も確保されている、支援も充実、何より金払いが良い!!
唯一問題なのは依頼者が吸血鬼という事なのだが…
「受ける………と思います」
この数日の付き合いを思い出しても敵対的な言動は全くと言っていいほどなく、逆に友好的だった気がする。
ふざけたような態度は相変わらずだったが、要所要所では真剣なところもあった気がしないでもないような気がする。
それに対してヴァルは、
「そうか、そうか♪
じゃあこれからも月一か二ぐらいの頻度で頼んでもいいかい? ウチのスケルトンさん千や二千じゃきかないって言ったでしょ 。俺が思う適正数になるまでお願いしたいんだよね」
「え…でも…」
「俺の方で想定してる浄化数が二、三千ってところだから一回百体として月一だと二年近くはお仕事を供給出来るね。
しかも今後はギルドを通さずに個人的な依頼ってなるから仲介料分を上乗せ出来るよ?
アンデッド一体につき銀貨六と大銅貨五ぐらいでどう…」「やります!!」
ヴァルの台詞が言い終わる前に食い気味に返事をするアズマリア。見立て通り守銭奴の気があるようだ。
あまりの即断即決ぶりに逆に心配になる。
「…アズマリア様、その…よく考えなくてもよろしいのですか」
「大丈夫です!! ワタシ今はパーティーもいなくて個人活動中ですし!!」
見かねたミザリーが忠言するがすでにやる気満々のアズマリア。
「いやー、やる気にあふれていてとてもいい。じゃあ細かい条件を詰めていこうか♪」
「はい!! 頑張ります!!」
あれよあれよと決まっていく契約内容。
「………」
楽しそうに今後の仕事について語り合っていく二人とそれを端から見るミザリー。彼女には上手く騙せてよかったと喜ぶ詐欺師と美味しい話に騙される被害者にしか見えなかった。
こうしてアズマリアは吸血鬼の外注祓魔師として雇われる事となった。