16 女神官の成果
「妄執に囚われし魂よ、導きによりて大いなる御手の元へ還らん…《浄化》」
依頼開始から四日目、イロエの件からは特に変わったアンデッドもおらず《浄化》の依頼は順調。三日目はイロエの件の後に十二体を浄化し計四十八体、初日の一体と二日目の二十六体と足して七十五体の浄化を終えることが出来ていた。
「今日の中天前に依頼は終わりそうだね」
「はい、順調でございます。昨日のような例外がなければ」
「その言い方、何かが起こりそうで不吉なんだけど…俺もだけど」
人外主従二人の心配を余所に浄化数は順調に積み重なりやがて百体目、最後のアンデッドの番が来た。
「こちらのスケルトンさんで最後ですね。
…妄執に囚われし魂よ、導きによりて大いなる御手の元へ還らん…《浄化》」
光に包まれ消滅していくスケルトン。浮かび上がる燐光もこれで見納めだ。
「…お疲れ様」
ヴァルがボソリと呟く
周囲には聞こえないぐらいの声量のつもりだったが、側で控えるメイドの耳は地獄耳だったようだ。
「どなたに対してでしょうか。
アズマリア様ですか。それとも百体のスケルトン達にですか」
「………どっちも」
「そうでございますか」
わかったような素振りをするミザリーに肩をすくめるヴァル。浄化を見届けていた位置からアズマリアに近づき声をかける。
「ふぅ」
「依頼達成だね、お疲れ様。
多少は余裕があるみたいだからもう《霊薬》は飲まなくてもいいかな? これ一応副作用あるって話だし…」
「はい、飲まなくても大丈夫です」
多少の疲労感はあるようで手を胸にあてて息を整えているが、表情には疲れよりも依頼達成の喜びの方が強く出ていた。
「アズマリア様、お疲れ様でした。
確かに当家からの依頼、百体のアンデッドの浄化を見届けさせていただきました」
「はい。あ、これ、依頼書に確認のサインをお願いします」
神官服のポケットから筒状に丸めた羊皮紙を取り出すアズマリア。
今回のような現地に赴いての依頼の場合、依頼者に直接成果を確認してもらいサインをもらった依頼書をギルドに提出することで依頼達成となる。
「はいよ、え~と…ヴァルゲイン=フォン=ベオウルフ…っと」
「坊っちゃま…まだその偽名を使われていたのですか」
「いやいや、今回はこれで登録しちゃってるから。
それに仮にも吸血鬼の真名だからねぇ…どこから足がつくか…」
そう言うと仕方なさそうに引き下がるミザリー。
「確かにそうですね。古い文献等には当家の家名が残っている可能性もあります。
承知いたしました。今後、人との取り引きの際は坊っちゃまのその恥ずかしいお名前をお使いください」
「お前はホント、心をえぐるね…あと、当主って呼んでよぉ…」
「あはは…」
主従二人の掛け合いに苦笑しながら、受け取った依頼書に目を通すアズマリア。
「ふふ♪ こんなにしっかりした依頼を達成できたのって初めてな気がします。
常時依頼の薬草摘みとか街の倉庫の在庫管理とかばっかりでしたから…」
ここ最近の仕事の内容を振り返り底辺冒険者だった自分を思い出すと泣きそうになる。
「へ~、初めて達成した大口の依頼って感じかな」
「そうですね、それに《浄化》の奇跡でお役にたてたのもうれしいです」
授かったものの使いどころのない《浄化》には色々と複雑な思いを抱いていたアズマリアである。それが存分にふるわれ、その方面に才能があるかもしれないというのは彼女の中で大きな躍進だった。
「それにこの報酬の額…銀貨五百枚、大銀貨で五十枚、金貨で五枚…ぐふ、ぐふふふふ♪」
そしてもっとも大きいのが現金収入、実入りである。
カツカツの生活をしていた彼女にとっては約半年分の収入になる。嬉しくないわけがなかった。
「宿賃を清算して、二月分は前払いできるでしょ♪ 神官服とか装備も新規購入して、ご飯もしばらくはちゃんとしたもの食べれる。
懐が暖かいって幸せ…ぐふふふふふ♪」
一人悦に入るアズマリア。
「…乙女に似つかわしくない喜び方だ…」
「時に人の世では金銭は命よりも重くなります。坊っちゃまはボンボンですから理解できないでしょうが…」
「当主だって…いやいや、俺だって長いこと人の世に混じってたんだから、お金の価値ぐらいわかるよ?
でもさ、お金関係で身を持ち崩しちゃうとか命まで失うってのは理解できなくない?」
「「はぁ~…」」
わかってないなと言わんばかりの顔でため息をつく女二人。
「ヴァル様は絶対お金で苦労したことないですよね…」
「金銭面で苦労したことがない、というより貨幣経済の枠の外にいるのです。
なまじ高い能力を持っているので、お金を稼ぐと言うより何かをした結果金銭がついてきてしまっているのです」
「浮世離れしたところありますもんね…」
「人の世に混じっていたとはいえ、お客さん感覚なのでしょうね。金銭というものがどれだけ深く根付いているのかわかっていれば先程のような台詞は出てきません。
所詮あっちへフラフラ、こっちへフヨフヨな根なし草な旅暮らしだったのでしょう」
「わかります…ワタシ達冒険者だって拠点の街を決めたらそうそうそこから動けませんもん。そうするとどうしても地縁とか人間関係が構築されていってそれにまつわる出費なんかもできちゃうものなんですよ!?」
「その通りです。そういった柵に関わらない旅行気分の冒険者暮らしだったのでしょうね」
「………俺フルボッコ…」
不用意な発言によって集中砲火にさらされるヴァル。
説教は鐘の三分の一程の時間にも及んだ。
「ミザリーさんはヴァル様よりだいぶ庶民の生活について詳しいですね?」
「…グールになる前は人でしたから。坊っちゃまよりは余程人の世の苦労を知っていると思いますよ」
「そ、そうだったんですか」
ひとしきり言いたい事を言いきった二人。
「…と、とう…しゅだ……」
ヴァルは礼拝堂の長椅子にもたれ掛かってグッタリしていた。休日に女性の買い物に付き合わされた男性のような疲労困憊ぶりだ。
「………と、ともあれ依頼は終了だね。本日の夕食は労いもかねて豪勢にしよう…給仕部隊にはそう伝えてくれ、ミザリー…」
「かしこまりました。アズマリア様に合わせた豪勢な食事形式にいたします」
「い、いいんですか!? ワタシは毎日いただいてるものでも充分過ぎるくらいですよ!?」
この屋敷に滞在中、朝食と夕食は宿泊する部屋に届けられていた。簡素ながらも普段アズマリアが食べているものよりもはるかに良いものだ。
昼はお茶と菓子のような軽食が提供されているだけだったが、昼食というモノ自体が一般には浸透していない。そんな中、ヴァルの提案で用意されていたモノであった。
「マブダチの習慣でね。大きな仕事を終えたら一区切りってことで飲んだり食べたりして騒ぐんだってさ。よく頑張ったって慰労と次の仕事も頑張ろうって景気付けらしいよ。
打ち上げって言ってたな」
態度は軽くても当主で依頼人。この場での最高権力者ヴァルの鶴の一声で豪勢な夕食会が決定した。
■■■
時刻は日の入りが過ぎた頃、会場は屋敷の一室。
「うわあぁ~…」
案内されたアズマリアが感嘆の声を上げた。
部屋の中央に置かれた真っ赤なテーブル。
その上にところ狭しと置かれたお皿の数々。
「待ってたよ~」
「こちらのお席へどうぞ」
「ひゃい!?」
ミザリーが椅子をひいて誘導した為あわててそちらに座る。
近くで見ればテーブルは二段になっており料理の皿がのっているのは上段部分だけだ。ミザリーが軽く触れると上段部分が回転し、離れた位置にあったお皿がアズマリアの目の前に止まる。
「本日は南洋式の食事形式をご用意させていただきました。この回転するテーブル自体は東洋で作られたらしいのですが今では南洋の主流だそうです。。
味付けはこの地方のものですので、気になったお皿を近付けてアズマリア様用のお皿に料理をお取りください」
「あんまり早く回すとお皿がふっ飛ぶからゆっくり回してな。
俺、子供の頃にグルグル回してやらかした事あるから…アハハ」
「お飲み物をお注ぎいたします。何がよろしいでしょうか」
横に立ったミザリーが尋ねてくる。
「え、ええと…」
今までの食事は部屋に運ばれてテーブルに並べてあるだけだったのが、今日は給仕付きだ。
憧れの上流階級形式だが緊張して肩が凝りそうだと思うアズマリア。
「ああ、いいよミザリー。飲み物だけ近くに置いて自分で選んでもらおう。
今日はミザリーも座って食べてくれ。多分その方が彼女も気楽にやれるだろ」
「しかし、」
「あ、ワタシもその方がいいです。食べながらおしゃべりとか出来た方が楽しいですし」
「いつものきっちりした給仕の食事じゃ寛げないって思ってこの様式にしたんだろ?
見知らぬ使用人がいても緊張するだろうからって人数もこの三人にしたんだからさ。
今日は無礼講でいこうぜ?」
「…わかりました。
本日だけは坊っちゃまとアズマリア様と席を共にさせていただきます」
丸テーブルに等間隔で三者が座る。
「よっし、では宴席を開始いたしましょう。皆様グラスにお飲み物をお注ぎください」
場を仕切るヴァル。
それぞれにグラスを満たしていく。
ヴァルとミザリーは葡萄酒、アズマリアはジュースだ。
コホンと咳払いして、
「我ら三人…生まれた時は違えども…」
「坊っちゃま、何か違います」
「当主。
そう? 俺の冒険者時代には鉄板だったんだけど…
コホン、失礼。
えー、今回のアズマリアさんの神の奇跡による浄化ですが、大変素晴らしいモノであり、当家のますますの繁栄と…」
「ヴァル様、なんかカタいです」
「………アズマリアさん、アンデット百体の精神力で疲労に耐えてよく頑張った!! 感動した!! おめでとう!!
乾杯!!」
グダグダな乾杯だったが、ヴァルが肉と酒を中心に食べ、ミザリーが甘味時々肉を食べ、アズマリアが満遍なく全種類の料理を味わいながら進む宴席はその日の夜遅くまで続いた。