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14 女神官の反省


「………はああ!? ど、ど、どう…て…」


「アズマリア様、落ち着いて下さい。

 うら若き乙女が発するのにあまりふさわしい言葉ではありません。今ならまだ『どうして』を言おうとしているのだと思わせられない事もありません」


 真っ赤になったアズマリアの肩を抱き落ち着かせるミザリー。


「まあ、そうなるよね…アハハ…あー恥ずかしい」


「ツラいおつとめ、お疲れ様でした。坊っちゃま」


「…当主…な。

 お~い、一番恥ずかしいところ代わってやったんだから後は自分で言いなよ、イロエくん」


『…わかりました。

 アズマリアさん、僕を男にしてください!!』


「ムリ!! ムリです!!」


 さっきまでのダンマリはどこへ行ったのか、意外とハキハキとしゃべるゾンビの霊魂、イロエ。


 アズマリアの方は完全拒否だ。ミザリーの背中に隠れてしまっている。


「余所から口出すことなのかよくわかりませんが、性的に未経験のまま死ぬというのはそれほど無念な事なのですか」


 ミザリーの素朴な疑問。


『はい、死んでも死にきれません!! 実際ゾンビになってますし!!』


「…気持ち良いくらいの断言ですが、なぜでしょう。不思議と気持ち悪いですね」


「………」


 この年頃の少年は性的な方面に夢見がちで、男女のアレに『もぉんのスゴく気持ちいいんだろうなぁ♡』的な憧れを持つものだ。

 更に『女を知る』という事が大人の条件みたいな雰囲気になっているところがあるので、それに影響されているのもあるのだろう。


 と、一応同じ男の立場から擁護しようとしたが、下手な事を言うと飛び火しそうなので、そこはダンマリを貫く事に決めたヴァル。

 吸血鬼も自分がカワイイのだ。


「でも童貞喪失が望みって言うけど、実際のところどうするつもりなわけ? 

 今の君は死霊な訳で、頑張れば呪いぐらいはかけられるかもだけど他者に触れるのは無理だよ?」


『…この肉体じゃダメですか?』


 床にへたりこんだゾンビの方のイロエを示す霊の方のイロエ。


 女性陣は『ないない、論外』という風に首を振っていた。ヴァルとしても気持ちはわかるのでフォローする。


「いや、死姦は倫理的にちょっと。

 それにイロエくんのアレ、そもそも使えるの? 確認はしないけど腐り落ちてんじゃね?」


『くっ…』


 悔しがるイロエ。どうやら思い当たる節があるようだ。


『仕方がありません。

 悔しいですが本番は諦めて妥協点を探りましょう』


「いや、そもそもアズマリアの方は完全拒否なんだけど…」


『いえ、彼女は言いました。

「イロエくん、残念だけど君はもう死んでるの。

 なにか未練があるなら教えて…ワタシが出来る事なら叶えるから!」

 と、僕ちゃんと覚えてますよ!!』


「あ~、そういえば…」


「言ってしまいましたね」


「ううぅ…だって、こんな未練だなんて思ってなかったから…ご家族とか想い人に言伝(ことづて)とかかと…」


 涙目になってミザリーにしがみつくアズマリア。


「今後は男性に対して軽はずみにそういったことを言ってはいけません。

 どんなに紳士に見えても一皮剥けば男はみんな狼ですから」


「はい」


「………まあ一応なれるけど」


 ヴァルは吸血鬼。コウモリや狼への変身も可能である。


「だが、イロエくん。

 彼女も『出来る事なら』と言ってるわけだしそれなりの事で手を打ってあげたら?」


 ヴァルの援護にブンブンと頷くアズマリア。


『仕方がないですね…本番は泣く泣くですが諦めます。

 ですが、その変わりになるような衝撃的なナニかをお願いしますよ!!』


 上から目線にイラッとしたがこらえるヴァル。 


「…そもそもアズマリアじゃなきゃダメなのか? そういう欲求なら、ほれ、そこのメイドさんだって妙齢で美人さんだろ?」


「…坊っちゃま、ワタクシを巻き込まないでいただきたいのですが」


「当主」


 あまり表情が動かないミザリーなのだが、明らかに嫌そうな顔をしていた。

 

『いやあ、それはちょっと…』


「………」


 イロエからまさかのダメ出しにムッとするミザリー。別に選ばれたいわけではないのだが、女性としての矜持の問題なのだろう。

 だが、それに表立って反論するほど大人げない…


『だって、僕から見たらオ……』

 

 チュイン!! パァン!!


 イロエの耳のすぐ側を何かが掠めた。直後、後方から破裂音。


『ヒッ!?』


 見ればミザリーが拳を振り切った姿勢で静止していた。


「は? 今何を言いかけましたか」


 その眼光死神の如し。

 いつの間にかその両拳には真紅のガントレットが装着されており、その拳から打ち出された何かが後方の礼拝堂の壁に炸裂したのだろう。


「ミザリー…」


 主人の言葉にも耳を貸さず、イロエを見据えるミザリー。

 

「もう一度聞きます、今何を言いかけましたか」


 キレイな立ち姿に戻っているが身体からは闘気が立ち上ぼり、首の角度だけわずかに曲がっている。


「あれ、威嚇だわ…昔よくやられた」


「ミザリーさんに年齢の話はタブーなんですね…」


 いつの間にかミザリーからヴァルの背中に張り付くアズマリア。なかなかの危機回避能力だ。


「心して答えて下さいまし。

 返答によってはアズマリア様の《浄化》など待つまでもなく、ワタクシの全身全霊をもって消し飛ばしてさしあげます」


 真紅のガントレットに魔力と闘気が集中していく。詳細はわからないが感じる威圧からは先の発言もハッタリではなさそうだ。


『オ、オ、オ………』


 完全に蛇に睨まれた蛙状態のイロエ。

 オから続く適切な単語を思いつかなければ彼はここで終わりだろう。


『オ、お(うつく)し過ぎて手が出ない高嶺の花ですぅ…』


 かろうじて賛辞の言葉を絞り出したイロエ。


「…採点は?」


「ワタシとしては不合格でもいいんですけど……」


 ヴァルとアズマリアが裁定の瞬間を見守る。

 数秒がやけに長く感じられた。


「………ふぅ」


 ミザリーが一息つくと両拳に込められた力と一緒にガントレットも消えていった。

 周囲の空気も緩んだように感じられる。


「おおまけにまけてのギリギリのギリの及第点です。

 もう少し意外性や独自性を込めた台詞が欲しかったですね」


 冷たい視線で言い放つミザリー。


『た、助かった……』


 へたりこみ足元にあるゾンビの身体と重なりあうイロエだった。


 

■■■



『気を取り直して、自分を昇天させて下さい!!

 アズマリアさん!!』


 復活したイロエ。

 最初と同じテンションを維持してきている。


「君、ホント彼女にこだわるね。そういや神官学校の同級生なんだっけ。

 気まずくないの?」


 ヴァルの素朴な疑問。


『むしろ興奮しますね。

 彼女、クラスでは目立つ感じではありませんでしたが見てのとおりカワイイですし、優しかったので隠れた人気がありました。

 神官学校の合宿の夜に男同士で気になる女子の告白をしたときは皆二番手か三番手ぐらいに名前をあげてましたよ』


「一番になるほどの華はないけど、身近で優しくて手が届きそうな感じかな?

 わからんでもないけど…」


『でしょう!!

 一番人気の子ってなんか気が強いとこがあったり高嶺の花過ぎて気後れしちゃうんですよね。

 その点、アズマリアさんはカワイイけど隙があるというか、話しやすい印象があったんです。僕達みたいなソコソコの男たちでも相手にしてくれそうな、それでいて隣にいてくれたら夢みたいな♪

 夢と現実の間に立っている女の子、僕らの間で付いたアダ名は『境界線上のアズマリア』さんなんです!!

 本好きの文学少女だったのも高ポイントでした。胸もそれなりにありましたし………ただ眼鏡をかけていないのが惜しいところでしたね…』


「知らんがな…」


 イロエのアズマリア評を聞かされるヴァル。

 

 すぐ近くにいる女二人にも筒抜けである。


「ワタシ、そんな風に見られてたんですね…」


「男が集まれば身近な女を品評するのは自然な事ですから。女も同じですがね。

 多分に彼らの主観が入っていますのでざれ言と聞き流してしまってよろしいかと。ただ、男性からの支持を得たいのであれば、聞くべきところもございますね。娼婦等は男のそういった部分を上手く触発して常連客を繋ぎとめますから」


「べ、勉強になります…」

 

「そこまでやれとは言いませんが、意中の男性の嗜好に合わせる程度にとどめておけばいいのではないでしょうか」


「はぁ…」


 意中の男性、と言われて特に思い当たる者がいないアズマリア。

 年頃なのにこんなんでいいのかしら?と思わないでもないが、いないモノはいないのだから仕方がないと割りきる。今はまず男より生活基盤の安定だ。

 

『そうです!! その豊満な胸を揉ませていただくのはどうでしょう!?』


 イロエのいきなりなステキ提案。

 過去のアズマリア評に刺激されたようだ。


「ひぃ!? ムリ!!」


「………おさわりは禁止の方向でお願い致します」


『そ、そんな…』


「なにか」


『は、ハイ!! 了解いたしました!!』


 ミザリーに一睨みされると勢いを失って縮こまるイロエ。

 先程の件で苦手意識がすりこまれているようだ。


 その後、ガラス越しのキスや官能小説の音読、ストリップ等がイロエ側から提案されたがアズマリアの付き人と化したミザリーから却下される展開が続き、最終的に下着を見せることで決着をみた。


 当初の願いよりだいぶ落差がある為落ち込むかと思われたイロエだが、


『フゥ~♪ ブラチラ、パンチラ、パンモロ、フゥ~♡』


「…まあ最初の要求よりだいぶ下がったから、ある意味清貧なのかね」


「このように色欲にまみれた神官でよいのでしょうか」


「全部が全部こんな風じゃないですよ!?」


 踊る死霊を見ながらの三者の呟き。


『どんな色かな~♪ 谷間~、脇乳~、下乳~♪ クロッチ~、パンティーと太股が織り成す三角形~♪』


「………大丈夫?」


「おいたわしや」


「…うぅ…」


 涙目になるアズマリアだがすでに決定事項。


 今後は迂闊な約束はしないと誓うものの、そもそもこの依頼を受けた時もそんな反省をした気がする。


「ワタシ…まるで成長していない…」





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