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13 女神官の同期


 昼を過ぎ浄化の仕事を再開したアズマリア。


 十体程のスケルトンを浄化した後礼拝堂に入って来たのは見慣れたスケルトンではなくドス黒い肌のゾンビだった。


「…え!?」


 近づくごとに強くなる腐臭、歩く度に四肢の先から詳細を想像したくない汚液が垂れる。


「え、あ、アナタは………」


 そんな状態のゾンビだが、アズマリアが驚いているのはそこではなかった。

 ゾンビが着ているのは所々が破れ黒ずみや黄ばみが目立つものの元は白を基調とした神官服、男女の仕様の違いはあるがアズマリアが着ているモノと同じだ。

 そしてドス黒く変色しているその顔には見覚えがあった。


「…神官学校で同級生だった、えっと………イロエくん…そう、イロエ・リッツくん!!」


「ありゃ、生前の知り合いだった?」


「…はい」


 名前を思い出すのに間があったがそれも仕方がない。

 神官学校に在学中、特に接点のない同級生だった。強いて言えば卒業後に共に冒険者になったことぐらいだろうか。


「ワタシと同じ時期に冒険者になった人です。数ヵ月前にギルドの依頼を受けてからパーティ共々行方不明でした…

 ひょっとして…とは思ってましたが…」


 錫杖をギュッと握りしめるアズマリア。

 薄い関係とはいえ見知った人物の死を間近で確認し、心が揺さぶられる。


「数ヵ月前か………冬の間だね。

 そのせいもあって腐敗が進まなかったんだろうね。

 君にとっては身元と生死が特定できてよかったと言うべきか、知り合いの死体と対面してお気の毒と言うべきか」


「坊っちゃま、不謹慎でございますよ」


「…あー、スマン」


 ヴァルとミザリー、主従二人のやり取りには深刻さは感じられない。

 アズマリアを気づかってくれている節もあるが、それは本心からと言うよりは状況に合わせた行動様式をなぞっただけという印象だ。


 当然と言えば当然だろう。

 彼らにとってアンデッドは下僕のような扱いに近い。その素性や生前のしがらみなど些細な事なのだろう。


 考え方の違い、種族の違いをいやが上にも意識してしまうアズマリアだったが、それはすでに知っている事。

 目の前の吸血鬼はそれを承知の上で人と交流を持とうとしているのだと。


 そこは割り切って目の前の仕事に集中する。


「冒険者ですから、こういうこともありますよね……


 妄執に囚われし魂よ、導きによりて大いなる御手の元へ還らん…《浄化(ピュアリフィケイション

)》」


 目の前の元神官ゾンビに問いかけ《浄化》を行使する。先ほどまでの効率重視の奇跡とは違い、今込められるだけの祈りを込めた。


 知り合いという事でえこひいきになってしまうな、と自戒しながらも自然と力の入ってしまうアズマリア。

 せめて遺品ぐらいは持ち帰ってあげようと思う。


「………アァ……オ!!」


 光に包まれるゾンビ。

 スケルトンと違い腐りながらも肉体の残っているせいか呻き声がする。


「あ、あれ!?」


 なんだか妙に力がこもっている気がした。


「……オオォ!! アォォ!!」


 さらに光を振り払うように体をねじり暴れるゾンビ。


「え、ちょっと…!?」


 光に包まれて浄化されるはずのゾンビだが予想外に抵抗された。

 

「おお! スゴいな、めっちゃ抵抗(レジスト)してるよ!?」


「一介のアンデッドにしては見上げた根性です。よほどこの世に未練があるのでしょうか」


「え、えええええぇぇ!?」


「オオオォ!!」


 三者が見守る中ゾンビが吼える。

 体の前で交差させた腕を左右に開いたポーズを決めると内側からの衝撃により周囲の光を弾き飛ばしたかのような現象が起きた。


 物語のヒーローのようだ。


「おお、まるで闇の力にとらわれた勇者が光の力を覚醒させて危機を脱したかのようだ、光と闇が逆だけど!!

 ムダにカッコいい!!」


「芸達者なゾンビですね。元神官というのが影響したりしているのでしょうか」


「ヴァ、ヴァル様、これどういう事ですか!?

 ゾンビさん襲ってきたりしません?」


 感心している主従。

 だが、アズマリアからして見れば《浄化》に失敗したことはあっても抵抗されるのは初めてだ。

 このまま襲われるのではという危機感を感じていた。


「いやぁ、珍しいモノ見れたなぁ。

 あ、ゴメン。襲ってくることはないから安心して。今も敵意は感じられないから。

 う~ん、基本浄化されることに反対しないアンデッドさん達を集めたはずなんだけど…どういう事だろ?」


 アゴに手を当てて考えるそぶりをするヴァル。

 その様子からこれは意図したモノではないようだ。


「アズマリア様、《霊薬》をどうぞ。

 今の奇跡でお疲れでしょうから」


「ありがとうございます」


 キュッと瓶を開けてクイッと飲み干す様は随分と手慣れたモノだ。


「う~ん、なんだろう…浄化されるのは受け入れてる、けど、その前にしたいことがある、的な?

 詳細に関しては………彼女の映像? 今見ているモノだよな? 

 ここで出来る?

 ………ダメだな、思考が乱雑過ぎて読み取れない」


 一方でヴァルはゾンビに近づいてウンウン言っている。

 アンデッドとの繋がりで浄化が成功しなかった原因を探っているようだ。


「ん~、ゾンビくんの生前を知ってるんだよね。

 なにか思い残すような事に心当たりないかい?」


「そう言われても…」


 顔を知っているとはいえ、元々接点のない人物だ。


「一般的だと家族とか恋人とか…ですかね?」


 個人的な未練など想像がつかない。


「そっかぁ…でも…ここで…だろ?」


 なおもウンウン唸っているヴァル。


「坊っちゃま、結論が出ないのでした先代に倣ってみてはいかがでしょうか。

 死霊魔術による本人への聞き取りです」


 ミザリーからの提案にポンと手を打って納得するヴァル。


「当主な。

 …それがてっとり早いか。死霊魔術は得意ってほどじゃないけど…」


 そう言ってゾンビに手をかざすと、《浄化》の奇跡とは違い闇色の幾何学模様が足元に浮かび上がる。

 

「霊格の一時強化と交信ぐらいなら出来るだろ」


 へたりこむゾンビ。

 それに重なるようにして浮かび上がる半透明の人影。


「死霊魔術による降霊の応用と霊格の強化ですね。これで会話も可能になります」


「イロエくん…」


「これはサービス」


 ヴァルが指を弾くと半透明の姿に色がつき更に生前の姿に近づく。

 幻影魔術による化粧とでもいうべきモノだろうか。


 丸顔に鼻元に浮かぶソバカス、特にこれと言って目立つ特徴もなさそうな少年だ。


「さて、ゾンビ…イロエくんだったか。

 君の未練だかなんだかを教えてくれ。


『………』


「死に様に納得できなかったかい?」


『………』


「家族とかに伝えたいことでも?」


『………』


「ん~、もうしゃべれる筈なんだけど………」


 問いかけても返事がない。


「ひょっとしたら…俺が吸血鬼だからかな? 人の天敵と話すことはないってか?」


「いえ、先代が死霊魔術を使ったときはそのような事はありませんでした。

 この地のアンデッドはアンデッドになった時点で領主の隷属下にあります。無意識下で従うようになりますので、敵意から無言でいるとは考えにくいですね」


 ミザリーが口を挟むとふとイロエが反応した。


「イロエくん、残念だけど君はもう死んでるの。

 なにか未練があるなら教えて…ワタシが出来る事なら叶えるから!」


 アズマリアが言うと更に反応した。


 イロエの目が泳ぎ出す。正確にはアズマリアとミザリーの両者を行ったり来たりして、稀にヴァルに目を止める。


「あ………なんか未練の方向性がわかってきたかも…」


「………ワタクシもです」


「?」


『………ッ』


 チョイチョイとヴァルに対して手招きするイロエ。


 ヤレヤレという風に近付き、男二人はアズマリアに背を向けてコソコソと話し合った。


『……で、……す』


「…俺が言うの? マジで!?」


『………しょ。……よ』


「…ええ…そんなん自分でなんと……」


 そんな男二人を女二人は遠巻きに伺う。


「ヴァル様に頼みたい事があったんですかね?」


「………おそらく、違うと思われます」


 やがて観念したかのようにヴァルが戻ってくる。


「………」


 が、今度はヴァルが口を閉ざしてしまう。

 沈黙の呪いでも感染(うつ)されたのだろうか?


「………」


「…坊っちゃま、おおよその見当はついておりますので」


「………はぁ…」


 吸血鬼からため息がもれる。

 心底面倒臭そうな表情だった。いつもの坊っちゃまに関する突っ込みも忘れる程だ。


 そして覚悟したかのように口を開き、


「イロエくんの未練なんだけど……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 言いかけてフリーズするヴァル。


「坊っちゃま、いっときの恥でございます。

 棺の内蓋のシミを数えて忘れましょう」


 どうやらミザリーには未練の見当がついているようだった。

 一人かやの外のアズマリア。


「………………わかった、俺も覚悟を決めたよ。彼の未練は………

 童貞のまま死んだ事だそうだ。

 未経験のまま死んだ事が許容出来ないらしい」


 全てを諦めた声音でヴァルが言い放つ。

 半笑いなのが痛々しい。


「………は?」


「………やはり」


 片や困惑、片や諦念の表情を浮かべる女性陣。


「話はこれで終わりじゃない…」


 吸血鬼特有の青白い顔が更に白くなる。


「彼はその未練をアズマリア、君に果たして欲しいらしい」


 

 


 


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