11 女神官の成長
礼拝堂に凛とした声が響き渡る。
「《浄化》!」
奇跡を発現させ目の前のスケルトンに行使するとその身が光に包まれ、やがて燐光を発しながら大気に溶けていく。
わずかに骨片や灰を残し浄化されるアンデッド。
「………どうか彼の魂に安らぎを…」
奇跡の文言ではなく、彼女自身の心から出た悼みの言葉だ。
「…………………」
祈る仕草からそれなりの間をおいて息をつき、その場にへたりこむアズマリア。
「ふぅ……すいません、少し休憩を」
少し息が上がっている。
《奇跡》を連続して行使した事による疲労だ。
「お疲れ様。ミザリー、休憩の用意。
今回はちょっと長めにする」
「はい」
アズマリアに礼拝堂の長椅子に腰をおろさせ、自身も座り込む吸血鬼ヴァル。
「あの、どうでした?」
「まだまだ力は入ってるけど、朝一に比べればだいぶマシかな?
昨日の全力の一割ぐらいに抑えられてる感じ」
「はぁ…力を抜くってむずかしいですね」
「まあ、回数こなして慣れていくしかないよ」
屋敷で一晩過ごした後、朝食を摂り浄化の依頼を始めたアズマリア。
昨日は《浄化》一回で精神力を使いきって気絶してしまった為、同じ轍を踏まないよう精神力を小出しにしながらの奇跡の行使を試しているところだ。
「朝一の《浄化》は三割ぐらいな力の込め具合だったし、それに比べれば進歩してるよ。
朝一は三回行使したら精神力切れだったのが、今回は五回だったし回数にちゃんと表れてるでしょ」
ヴァルが扱うのは魔術だが、己の内なる力を使うという点で奇跡とは共通項があるらしく、ある程度の判別が可能らしい。
浄化の見届けついでに力の込め具合を見てもらっていた。
「そうですけど…依頼の百体が終わるのがいつになるか。
あんまりかかってしまうとご迷惑が…」
宿泊代や食費等、ここにいるだけで何かしらの負担はかけているはずだ。
いくら『こいつ金持ってんな~』認定したとはいえ無制限に世話になれるほどアズマリアの肝は太くない。
「あまり焦らないで下さい。
当家といたしましては何日ご逗留いただいても問題はありませんので。
こちら《霊薬》です」
休憩の用意を命じられ席を外したミザリーがワゴンと共に戻ってくると青い液体の入った小瓶を渡す。
実はこの小瓶もアズマリアの頭を悩ませる要因の一つだった。
「あの、ホントにいいんですか?
精神力を回復する《霊薬》なんていただいちゃって…」
冒険者にとって薬は身近なモノだ。
体力の回復、解毒やその他の状態以上の回復を手軽に行える手段として重宝されている。
薬草採取の依頼が常時依頼として成立するくらいには。
オラシアの街の冒険者ギルドや治療院でもそこそこの値段で販売されており、いざという時の為にアズマリアも数種類を所持していた。
…だいぶ前に購入したので期限とか大丈夫でしょうか?と不安がよぎったので後で確認してみようと思うアズマリア。
「傷薬や解毒薬とかと違って《霊薬》なんて滅多に出回らない代物なんですけど…」
前述のように一般に手に入りやすい薬だが、それはあくまでそれなりの効果の範疇でだ。
今アズマリアの手にある《霊薬》に関してはそうではなかった。
「稀少な薬草とか錬金術を用いるとかで作れる数が少なくて、神官とか魔術師がいざというときの切り札としてこぞって手に入れようとする秘薬なんですけど…」
早い話高額なのだ。
すでに一本空けている事もありアズマリアの経済観念が悲鳴をあげていた。
「だいじょぶだいじょぶ、後で請求とかしないから。
ほら、条件を詰めた時に供与の準備があるって言ったっしょ。
グッといって、グッと!!」
「は、はあ…」
手にちょうど収まる程のガラスの小瓶、蓋を開けると何かの香草のような匂いがする。
勢いをつけるために一気にあおる。
「ん…んく…はぁ」
匂いが鼻を抜け僅かな甘味を感じたがそれだけだ。苦いだとかマズいといった感想は湧いてこない。
飲み終わると不思議と気分がスッキリして気力が満ちた気がする。
「…うう、いいんでしょうか!?
スッキリして気分は良いけど、気が重いという矛盾…」
「依頼人がいいっていってるんだから気にしなくていいのに。
なあ、ミザリー?」
「坊っちゃまはボンボンですから。
生まれてこのかたお金関連で困ったという経験がありませんので、アズマリア様の抱く不安というものは理解出来ないでしょうね」
「あれ? なんかバカにされた?」
「とは言え、本当に気になさる必要はございません。
こちらの薬は本城の倉庫で肥やしになっていたものですので、むしろ在庫を減らせてありがたいぐらいです」
倉庫の肥やし。
稀少と言われる霊薬がまるで不良在庫のような扱いだ。
「なんというか、うちにお抱え?の錬金術士?みたいなのがいてね。
ソイツが薬を作るんだけど、エリクサーだかソーマだかの伝説級の代物を作ろうとしてたの。
その過程で余った素材で作ったのがそれね。作るモノがモノだから素材もそれなりに良いものでさ、薄めても結構な量が出来ちゃったというわけ」
「エ、エリクサー…………」
「ちなみにソイツ、それを完成させたら飽きちゃってね。
今は飲んだらいっとき剛力を得るけどその後死ぬ薬とか、飲んだら水をかぶると性別が女になってお湯をかぶると男になる薬とかの変な薬を研究してるよ。
そういうのが良ければ貰ってこようか? 確か三日間寝ずに働けるけど、その後十日眠り続ける薬があったような…」
「いえいえ、ワタシはこれで結構です!!
《霊薬》だ~い好き、ですよ! 何本でもいけちゃいます」
妙なモノを飲まされたらたまらないとばかりに《霊薬》を肯定するアズマリア。
「まあ、比較的安全な薬らしいけどあんまり飲みすぎないほうがいいよ。
胸焼けするらしいから」
「む、胸焼けって…」
ずいぶんささやかな副作用だなと思うアズマリア。
「薬談義はそのくらいにして、日も中天を過ぎましたので軽食などいかがでしょうか。
スコーンとお茶をお持ちしました」
ワゴンからお皿とカップを取り出して配る。
「わ、干しブドウ入りのお菓子ですね♪」
甘いものを前に表情がゆるみ、年相応の笑顔になる。
ちょろい。
「はい、甘いものを摂ると疲労回復になりますので。
坊っちゃまもどうぞ」
「俺当主。
…プレーンはないのか? 干しブドウ苦手なんだよ。干した果物の噛んだときのグニャブチャって感じが駄目なんだって何度も言ってるよな?」
「でしたら干しブドウだけ噛まずに飲み込んで下さい」
「ひでえ……」
モソモソと口の中でスコーン生地をお茶の水分でふやかし、干しブドウに触れないようにして飲み込むヴァル。
「一個でいいや。残りはどうぞ」
「そういえば気になってたんですけど、ヴァル様は…吸血鬼なんですよね?」
「そだよ」
「その、お食事は普通に摂られるんですね…あの、その」
「ああ、血を吸わないんですかって事?」
今までヴァルはアズマリアの前で二度食事を摂っている。
ギルドでのクッキーと今のスコーンだ。
普通に味わっていた様に見えたが本当のところはどうなのだろう。
「血はね~、いわゆる嗜好品扱いかな。
摂らなくてもいい、は言い過ぎだけど普段からガブ飲みする必要もないね。
血液ってくくりなら動物の血とかでも大丈夫だから。
………これ広めないでね。
吸血鬼が豚とか猪に噛みついてる絵面とか想像されるのイヤだから」
「グールのワタクシは屍肉を食べますが、人である必要はございません。
ですので同じく動物の肉、豚肉や鶏肉で大丈夫ですね」
ちなみに味覚も人と同じようにあるらしい。
ヴァルは肉好きでミザリーは甘党だそうだ。
確かに考えれば普段食べてるお肉って、ある意味屍の肉だよねと思うアズマリア。
「「…人は人で意味がある(あります)けどね…(ボソッ)」」
「え? なにか言いました?」
「いやいや、何も。
じゃ、休憩が終わったらまた始めようか。
それとも今日は終わりにする?」
「せっかく《霊薬》も飲みましたのでもう少し頑張ります」
「うんうん♪」
その後、浄化を八回。
もう一度《霊薬》を飲み十回行使してその日の仕事は終了とした。
総浄化数は初日と合わせてスケルトン二十七体である。




