10 吸血鬼の慰問
何か嫌な夢を見た気がする。
そんな後ろ髪ひかれるような思いで目を覚ましたアズマリア。
「………ヴァル様の屋敷…だよね?」
普段の自分が使っている部屋とは天井が違う。
いつもはシンプルな板張り、今は格子状の木枠と花の絵が描かれている。
ロウソクの炎に照らされ、陰影のついた天井はひどく遠くに感じられた。
「…目立たないところにかけられる余裕…お金持ってるなぁ」
妙なところに感心してから上体を起こし、そのまま何をするでもなく手の甲を見つめるアズマリア。
脳裏にはスケルトンとその生前の姿らしき男性が交互に浮かんでは消える。
そのままどれ程時間が過ぎただろうか。
扉からトントンとノックの音が聞こえた。
「は、はい」
「オレオレ、入っていいですか~?」
「………ど、どうぞ」
返事に一瞬の躊躇があったが、来客者は気にせず扉を開き入ってくる。
「やあ、元気?」
思っていた通り来客者はヴァルだった。
「ええと…多分、大丈夫です…」
「そっか、よかった。
まあ、怪我とかじゃなくて精神的な疲れとかショックって感じだったから、肉体的には心配してなかったんだけど心は見えないからさ~
ちなみに今は宵の口ってところ、君は半日ぐらい気を失ってたよ」
ベッド脇に椅子を置いて座るヴァル。
それ以上は何も言わずにただ時間が流れる。
そんな中、口火を切ったのはアズマリアだった。
「あの、スケルトンさんのあの……人影みたいなのって…やっぱり生前の魂…とかなんですか…」
「…うん、そう。
つっても普通の《浄化》じゃああいう風にはならないけどね」
「え、そうなんですか!?」
「その様子だとやっぱりアンデッドの浄化をしたのって今回が初めてだったのかな?
はたから見てて『力入ってんな~』って感じだったから」
「はい、今まで実践する機会がなくて……浄化するとああなるモノじゃないんですか?」
「普通はキラキラ~って光って消えて最後に灰みたいなのとかが残るね。
途中まではそうだったでしょ?」
「え、じゃあ……」
あれはなんだったのだろう?
「それでね、普通じゃないのだと聖女とか大司教とかの高位聖職者が使う《浄化》系の奇跡なんだ。
アイツらが込める祈りとか精神力は半端じゃないからね………思い出したらゾワゾワしてきた。
ともあれ、その込められ過ぎた力が魂を顕現させる事があるらしいよ。
詳しい仕組みは知らんけど」
「え、それって…」
「君の全力を込めた《浄化》は聖女級って事だね。
おめでとう♪」
誉められている事に気付くのに時間がかかるアズマリア。
「え、ええぇ!? 冗談ですよね!?」
「いや、冗談とかじゃなくてホントだよ。
あくまで《浄化》に関してだけどね。俺の見立てだと、君《浄化》系統に特化してる神官なんじゃないかな。
ピーキーな性能ってやつだね」
「ぴぃきぃ?」
アズマリアには聞き慣れない言葉を使うヴァル。
この吸血鬼は時おりそういうところがある。
「ん~、何でもは出来ないけど一芸はスゴいみたいな感じ。
今回は最初の一撃に全力込めちゃったから倒れちゃったけど、慣れてくればどれくらいの祈りとか精神力を込めればいいのかわかるようになるでしょ」
「慣れ…ですか」
今まで発揮されることのなかった自分の力。
それが思いの外大きく、ましてやそれを使いこなせるようになるというのは心が踊る話だ。
だがそれとは別の懸念があり、心の底から喜ぶことが出来ないでいた。
「その、スケルトンさんって元は人だったんですよね…」
「うん、そうね。
たまに獣のスケルトンさんもいるけど大多数は人骨だから必然的に元は人だね。
よく見ればエルフとかドワーフ、人型の魔物のスケルトンさんもいたりするけど」
「………じゃあ、ワタシって人を…その…手にかけたって…」
自然とうつむいていく視線。
思い出されるのはスケルトンに重なるようにして浮かび上がった男性の姿。
それを消し去ってしまった事、それがアズマリアの心に《浄化》に対する忌避を生んでしまっていた。
「いや、それは違う。彼の人としての生はとっくに終わってる」
真剣味を帯びた声音にハッ顔が上がる。
「スケルトンさんとかゾンビさんって無念のうちに死んだ者が長いこと弔われないとなっちゃうんだ。
逆にある程度納得して死んだ者や、死んでもある程度手順を踏んで弔われるとそうそうアンデッド化はしない」
「………」
「前者だったら天寿を全うしたり病気や戦いの中での死を受け入れてる者、覚悟を決めた者って言えばわかりやすいかな。
後者なら本人の意向はともかく他者からなにかしらの想いで弔われた者、祈りを受け取った者とでも言うのかねぇ?」
「…わかります。
ですから神官は仕える神に関係なく死した者への供養と祈りを行うよう定められています。
それがゴブリンやオーク等の魔物でも……」
「…今日のスケルトンさんは四百年前ぐらいに街道で犬だか狼だかの獣か魔物に襲われて死んだそうだ」
「え…」
「断片的だけど情報のやり取りが出来るんでね。
意識はあってないような感じだけど、生前の記憶みたいなのがポツリポツリとね。
行商人で、家族は故郷に父親が一人、楽観的な性格で護衛の代金を渋って一人で無茶な移送、結果死んだ。
当然死ぬかもしれないなんて覚悟もなければ、偶然通りかかってくれる敬虔な人も、ましてや聖職者もいなかった。
結果アンデッドになってここに流れ着いて、君という聖職者に弔ってもらったわけ」
「《浄化》されることを……望んでたんですか…」
もしそうなら…救いがある気がする。自分は善行を行ったと誇れる気がするのだ、と。
そう期待していたアズマリアにかけられた言葉は、
「う~ん、どうなんだろうね?」
「え…」
「人の価値観でいうとそれが正しいように思えるんだよね…多分。
でも俺吸血鬼でアンデッドの代表格だからさ、正直わからないんだよね」
「あの、」
「ほら、前に言ったじゃない。
俺は人の生死のアレコレに意味が見いだせないって。
動いてた死体が動かない死体になった、永いことお疲れ様って印象かな?」
「ちょっと、」
「要はさ、俺から君に与えられる正解なんて無いんだよ。
立場が違えば意見も変わる。
ましてや種族が違えば何をいわんや、だね」
「それは、そうですけど…」
「それでも俺が言えることがあるとすれば………スケルトンさんが最後に言った言葉、ぐらいかな?」
「あ、」
思い出される口の動き。
ア、リガ、ト
感謝の言葉だ。
「…さっきスケルトンさんの意識ってあってないようなもんだって言ったじゃない。
あの時もそうでさ、明確な意識はなかったんだよね。
それでもあの言葉が出た、と思うか。
ぐうぜんあの言葉が出た、と思うか。
当のスケルトンさんももういないし、君の好きな方選べばいいんじゃない?」
「はい………その、まだストンと腑には落ちてないんですけど、明日からも頑張ってみます。
よろしくお願いします」
「こちらこそ。ところでお腹すいてない?
一応食事用意させてあるんだけど」
パンパンと手を叩くヴァル。
「失礼いたします」
待機していたのかすぐにミザリーが入室してきた。
ミザリーはワゴンを押しており、服と合わせてなんともメイドらしい佇まいだ。
「お食事をお持ちしました。
召し上がれそうですか」
お腹に手を当てるとクゥと空腹を訴えてくる体。
正直なのは美徳だが少し恥ずかしい。が、グウウとかグギュルルルでなかっただけましだと思い直す。
乙女の尊厳はギリギリではあるが保たれただろう。
なんとなく受付嬢に感謝したくなったアズマリア。
「大丈夫そうですね」
目を覚ました当初はそんな気もおきなかったが、今は体も栄養を欲しているようだ。
「あ、はいヴァル様に色々お話を聞かせてもらいまして、気がまぎれました」
思い返してみると元気づける為に色々話してくれたのではないだろうか?と思う。
「そうですか。ですが坊っちゃまにはお気を付け下さい。
口八丁なのでなんとなく良い話風にまとめてきますが、実は問題は何も解決していない事もありますので」
「当主な…ミザリー、お前ぶっちゃけ過ぎだろ。
こういうのは話の流れとか勢いとかも大事なんだぞ」
「聞きましたか、アズマリア様。
このように坊っちゃまは………」
「おまっ、昨日から辛辣つ過………」
「まあ、まさか男子たる坊っちゃまが一度言われた事を反故になさるおつもりですか。
なんと嘆かわしい………」
騒がしい主従だが根は悪くない方々だなと思いつつ用意された食事を自分で配膳するアズマリア。
簡素だが具だくさんのスープとサンドイッチは美味しかった。




