9 女神官の仕事
ミザリーに案内されたのはアズマリアにとって見慣れた場所だった。
「吸血鬼の屋敷に礼拝堂…ですか」
「先々代がこの屋敷を建てる際に参考にした設計図があったのですが、それを再現した結果です。
個人の持つ礼拝堂ですので比較的こじんまりとしたものですが」
「いえ、十分立派だと思います。街中にある教会と比べても遜色ないです」
祭壇中央にある神の意匠はアズマリアが信仰する神とは違うが、それでもここは神域だ。
「少しお時間をいただいてもいいですか?」
「どうぞ」
跪き祈りを捧げる。
何人にも妨げられぬ静謐の時間。
定められた作法に正しき想いとそれを向ける方向を意識する。
それがアズマリアの祈りのやり方だ。
「………………」
忘我の時間を過ごし、やがて離れた心と身体を一致させる。
「はぁ~、厳かって言うの? これだけで空気が清められた気がするね」
「はい、見事な所作でした」
「さすが本職」
いつの間にか建物内にいるヴァル。
ミザリーと並んで感想を言い合っている。
「あ、お時間もらっちゃって…」
「いいよいいよ。
なんだか良いもの見せてもらったし」
「この意匠、見たことがないですけど何の神様なのでしょうか?」
聖職者として気になる事を尋ねる。人の街では見覚えがない。
「ミザリー、知ってる?」
「確か、月の神であると聞いたことがあります」
アズマリアに見覚えがない筈だ。
人に信仰されているのは光の神や戦神、火の神等のいわゆる光に属する神々が多い。
闇などに関連する、もしくは連想される神々というのはあまり人気がないのだ。
月の神や夜の神等は必ずしも邪神というわけではないのだが…
「ほえ~、知らんかった。爺殿は信仰してたんかね?」
「どうでしょうか。熱心に信仰していたとは聞いていません。
皆を集めたときの演説等でその名が出たことはありますが」
「ああ、『我らを祝福する月の神に、乾杯』みたいな決まり文句で使ってたな。
まあ、せっかく作った礼拝堂に何の神もいないのもなんだし、それっぽい神様を置いたんじゃね?」
「アハハ…真相はそんなモノかもしれませんね」
「さて……………………………と。
空気も清められた感じがするところで、例の依頼をお願いしてもいいかな?」
「………はい」
スゥ…ハァ~と深く息を吸い、錫杖を握りしめてから力を抜く。
いよいよ本番だ。
「よろしく。
やり方は君に任せると言ったけど、最初だけはこちらから色々口を出させてくれ。
場所はここで。
アンデッドはここに一体づつ呼ぶ。
精神力の回復手段はあるけど、今回は君の精神力が尽きたらそこで終了。
俺達二人が見届け人として同席させてもらう。
以上だけど、いいかな?」
「…はい、問題ありません」
コクリとうなずくアズマリア。
「ん、じゃあ入っておいで」
ヴァルが扉側に呼び掛けると、すぐ外で待機していたのか一体のスケルトンがゆっくりと中に入ってきた。
一歩進む毎にカチャカチャカタカタと骨同士が擦れる音がする。
他に物音のしない森の中の礼拝堂。
この状況下において、それは一際冒涜的にアズマリアの耳に届いた。
「ッ………」
こみ上がりそうになる悲鳴を押さえつける。
すでにスケルトンはホンの数歩の距離に近づいていた。
「スケルトンさん、そこで止まって。
はい、そこでいいよ」
ヴァルの命令通り数歩の距離を保って静止するスケルトン。
「じゃあ、後は君のタイミングでどうぞ」
そう促され浄化の対象を見据える。
本来そこにあるべき筈の眼球が抜け落ちた眼窩。
視線などない筈なのに見つめられていると感じてしまう。
「………」
いかに吸血鬼の太鼓判があるとはいえ、魔物は魔物。
ふとした拍子に襲いかかってくるのでは?
「妄執に囚われし魂よ…」
恐怖を胸に抱きながらも詠唱を紡いでいく。
「導きによりて…」
《奇跡》をより強く顕現させる為に。
「大いなる御手の元へ還らん!!《浄化》」
奇跡の名を唱えると同時に錫杖の先をスケルトンに向けた。
同時に足元から立ち上る光。
「………!」
スケルトンがうち震え、その骨の身体からも燐光が立ち上る。
その様は静かな炎に焼かれていくかのようだ
邪悪なる魔物よ消えされ、と更に強く念じるアズマリア。
もう少しで全て浄化し終わる、そう思った時。
「……ァ……ォ、…ァ…」
物言わぬ筈のスケルトンから声が聞こえた気がした。
「!?」
「……リ…ァ…ォ…ォ…」
透けていく身体、その輪郭に重なるように人影が写し出される。
平服を着たこれといった特徴のない男性。
それはおそらく目の前のスケルトンの生前の姿。
骨身にも刻まれた魂の形ではなかったのだろうか。
「… … … ………」
かすれた声で絞り出された言葉。
正確に聞き取れなかったアズマリアだったが、正面に立つ彼女は彼の口元の動きからも何を言ったか判別することが出来た。
出来てしまった。
ア リガ ト
「あ、」
骨が消える、足元の光が消える、魂が消える、燐光が最後まで残って…………消えた。
「ああ、」
自分でも何をしたいのかわからぬまま、一歩踏み出し手を伸ばしかけ、止まった。
「人? スケルトンが人…え? 人!?」
わけのわからぬ感情の奔流に飲み込まれ視界が歪む。
グルリと半回転したところで軽い衝撃と共にアズマリアは意識を失った。
■■■
倒れこむ女神官を受け止める吸血鬼。
「おっと、あぶないあぶない。
祭壇とか長椅子があるからね、怪我でもさせたらコトだよ」
「そうですね」
異常に気付いたのはアズマリアが倒れ始めてからだったが、そこから動き出しても受け止めるのには余裕があった。
吸血鬼の身体能力からすれば問題にもならない。
「いや~、まさか《浄化》一回で意識を失っちゃうとは思わんかったね」
軽い口調はいつも通りなのだが、表情は少々硬いヴァル。
「………失礼ながら申し上げます。
アズマリア様には浄化を行う直前あたりから極度の緊張が見られました。
これが本来の力と見限るのは早計かと」
主人の不興を買ってしまったのではないかとアズマリアを心配するミザリー。
だが、その心配は杞憂だったようだ。
「まあねぇ、明らかに気負いすぎって感じだったもんねぇ。
《浄化》に込められた祈りとか精神力も半端なかったから、多分全力を込めちゃったんだろうね?
生前の魂の顕現なんて普通の《浄化》じゃ無理だから」
「はい、驚かされました」
「あの規模だと俺でもちょっと痛いかもね。
ミザリーだと四・五発喰らったらヤバイんじゃない?」
「…今の段階では連発は無理そうですので、問題ありません」
冷静沈着な筈のメイドに負けず嫌いが顔を出す。
矜持にさわったかな? と心の中で舌を出した。昨日からやりこめられっぱなしだった溜飲が少し下がっていくヴァル。
「でもまあ、緊張もあったろうけどそれだけが原因じゃなさそうだね。
本人と話した印象とギルドの受付嬢さんの話とかからの予想だけど、彼女アンデッドに《浄化》を使ったの今回が初めてなんじゃないかな?」
この辺りでは吸血鬼の領地外ではアンデッドを見かけない。ヴァル以前の当主の頃からそういう風に仕向けているからだ。
ということは遭遇もしないので《浄化》の奇跡を使う機会もない。
ヴァルは知らないが、《治癒》を使えないアズマリアが仲間に『ハズレ』扱いされた間接的な要因でもある。
授かった《奇跡》を試しに行使したことはあっても実戦では使用した事がないというのは正解だった。
「《浄化》の力加減みたいなのはこれから覚えていけばいいんだけど…倒れる前の様子からすると心のケアってヤツが必要かなぁ」
今もうわ言で『人…』と時おり呟くアズマリアを見て心配になるヴァル。
「弱った心につけこむのですか」
「しないよ!? お前、俺の事どういう風に見てんの!?」
「気を失ったうら若き女性を抱きかかえる吸血鬼。
客観的に見て婦女暴行の現行犯ですね」
「イケメン無罪という言葉を知らないのか?
顔が整った男がやることはだいたい正当化されるんだぞ」
「………坊っちゃまがそう言われるならそうなのでしょうね、坊っちゃまの中では」
「当主だっつーに」
その後、アズマリアをミザリーに預け部屋に運ばせるヴァル。
礼拝堂の外に集まっていたスケルトンやレイスに一時解散を言い渡し森に戻っていくのを見送った。
そして一人になると思いついたように礼拝堂に戻り、
「永い間ご苦労…感謝している…」
ボソりと呟いた後、床を一撫ですると薄く積もった灰が空へと散らされ消えていった。
「来世ってヤツはあるらしい。
幸福を祈ってる」
こうして依頼初日はスケルトン一体という成果をもって終了となった。




