プロローグ
闇の城に煌めく火花。
「クッ、おのれぇ!!」
憎々しげに叫ぶのは白皙の魔貌。漆黒の衣装に身を包んだ恐るべき夜の王、吸血鬼だ。
「ウオオオオオオオオオオォ!!」
対するは勇者。生まれながらにして魔を討つ使命を帯びた、人の希望。
その使命に従い魔王を倒す旅の途中、とある森の奥深くに潜む吸血鬼の噂を耳にした勇者パーティ。
人々を魔の恐怖から開放するため、森の結界を破り、立ちはだかるアンデットを打ち倒し、古城を踏破して元凶たる吸血鬼と相対しているのである。
片や闇の魔力を纏った魔爪、片や伝説に語られる聖剣。
銀閃が交差する度に硬質な金属音が響き渡る。
「くっ、この、手強い」
吸血鬼の五指から伸びる爪はミスリル製の防具も容易く貫く。下手に受ければ瞬く間に串刺しとなってしまうだろう。
現に幾つかの傷を負っている勇者。ミスリル製の盾や鎧には幾つもの切り裂かれた跡が見て取れる。
特に右足の傷は深く、動く度に痛みが走り機動力を低下させていった。
このままでは徐々に均衡を崩されるかと思われたその時、
「ここはワタシに任せて!!」
傷を負った勇者と入れ換わるように前に出る剣聖。純粋な剣技においては勇者を上回るパーティの頼れる前衛だ。
細剣から繰り出される斬撃は疾風の如し。
「…援護、する」
正面から切り結ぶ剣聖に対し、縦横無尽に魔術を展開する魔術師。魔術の媒体である杖が振られると炎、氷柱、紫電等が産み出され吸血鬼を襲う。
時に助攻、時に主攻として放たれる魔術は繊細にして強大。
「人の子風情が!!」
だが、吸血鬼もさるもの。
物理と魔術、怒濤のごとく押し寄せる攻撃にさらされながらも即座に対応し爪撃と対抗魔術を放つ。
「つぅ!」
「………なかなかやる」
一瞬の膠着。
が、次の瞬間には流れは渡さんとばかりに吸血鬼が攻め立てる。
攻守入り乱れる戦況だ。
その最中、一時の猶予を与えられた勇者に駆け寄る女性。
「勇者様!! 足の傷を、《完治》」
白の神官服に身を包んだ彼女が足の傷に手をかざし、神の奇跡を行使する。柔らかな光が灯ったかと思えば傷の内側から肉が盛り上がり元の肌色に戻っていた。
《治癒》系統の奇跡の中でも最上の効果を誇る《完治》を容易く使いこなす稀代の聖女。
「ありがとう!!」
傷の回復を確認し、勇者は仲間二人の戦闘に目を向ける。
常人にはただただ一つの嵐にしか見えない武力と魔力、暴力の奔流。だが、常人でない勇者には見えていた。
僅か、ホンの僅かに仲間達が劣勢だ。
「お待ちください。《聖鎧》」
すぐさま戦線に駆け出そうとする勇者に再び神の奇跡を行使する聖女。
勇者の全身が光に包まれた。
《聖鎧》は一時的に防御力を強化する奇跡。特に闇の魔力に対しては比類なき効果を発揮する。
「重ねてありがとう!! これで攻撃に集中出来る」
片手に構えた盾を投げ出し、背中にくくりつけた鞘から二本目の剣を引き抜く。
古竜の鱗を人の持つ最高の技術で鍛えた名剣。
勇者の友が打ったこの剣は今はまだ、ただの名剣。
しかしいつかの未来、伝説の武器として語り継がれるに違いない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!」
二刀流を構え雄叫びとともに駆け出す勇者。その速度、正に神速。
「グワァ!!」
吸血鬼までの距離を刹那でゼロにし、横薙ぎの一閃。
吸血鬼の胴体から鮮血が弾けた。
剣撃そのものの威力もさることながら、聖剣の一振が闇の住人にとって致命的だ。
「なにぃ!? き、貴様!!」
これまで激昂しながらも、どこか余裕を崩さなかった吸血鬼が狼狽する。
それも無理なからぬ事。
命持つものにとって欠かせぬ血液、とみに吸血鬼にとっては何より欠かせない力の源。それがゴソリと失われたのだ。
拮抗した秤の傾く時、それを見逃す間抜けはこの戦場にいない。
「今!!」
「………捕らえた」
「闇を祓う力を、《聖域》!!」
剣聖が追撃を、魔術師が拘束魔術を、聖女が闇の魔力を希釈させる奇跡を。
「う、動けぬ…だと!?」
三重の鎖に捕らわれた吸血鬼に焦りの表情が浮かぶ。
「「「勇者!」」」
今が最大の好機と叫ぶ三人。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!」
極限まで高められた集中、気力を解き放ち成し得る勇者の究極の剣技。
「太古と現の二つの刃がお前を滅する!!
極技《聖竜双刃》!!」
「ぬわーーーーーーー!?」
不可避にして不可視の斬撃が吸血鬼に叩き込まれる。
「ば、馬鹿な…まさかこの私が…このような輩に…」
大気中に溶けていくように消えていく吸血鬼。その身に宿る魔力すら維持できず、ただ霧散していく。悠久の時を生きてきた怪物の成れの果て。
すでに勝敗は決した。
「お前が奪って来た命の報いだ…最期くらいその所業を悔いていったらどうだ!?」
「………のれ……っ者が…」
やはり魔物、最後まで怨み言を吐き捨てながら消えていく吸血鬼。
こうして勝利をおさめた勇者パーティは打倒魔王の旅を続けていく。いつの日か平和を勝ち取る日がくると信じて。
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勇者の吸血鬼退治から一月後、最寄りの街の冒険者ギルドに一つの依頼が貼り出された。
《指名依頼》
募集人員:《浄化》系統を使用できる聖職者1名
依頼内容:アンデット(スケルトン、レイス等)の浄化
報酬:アンデット一体につき銀貨五枚
備考:当方アットホームな依頼です。詳細に関しては応相談いたします。