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2 メンタル激弱、青柳良馬 -2-

「あの……西浦さん……」

 甘い声が過呼吸のせいでかすれてる。

「その……」

 よろけた。変な服を着た不審者に壁ドンされた感じになるが、青柳先生が消耗し過ぎているので何もツッコめない。ツッコんだらかわいそう。


「言い訳……させて……いただき……たいことが……あって……」

 派手に咳き込む。

「は、はい! せ、先生、とりあえず落ち着いて。息、整えましょう」

「だ……大丈夫……です……」

 大丈夫に見えないから言ってるんだけど。


「それで……あの……もし、良かったら……嫌でなかったらなんですけど……僕の……部屋に……」

「あ、いいですね。行きましょう行きましょう」

 氏原さんが軽率に話に入ってきた。アンタは言われてないよ、多分。


「帰れと言っただろう!」

 ほら、怒鳴られてる。

 青柳先生、今過呼吸で苦しそうなんだからあまり大きい声ださせるなや氏原。

「そんな、殺生なあ。いいじゃないですかあ」

 そしてぜんぜんこたえない氏原。青柳先生だけにダメージが降り積もっていく。もうさっさと通報したらいいんじゃないかな。


「さっさと……帰れ……僕、は……西浦さん……に……話して……るん……だ……」

 私もさっさと救急車を呼ぶべきだろうか。

「西浦、さん……」

「は、はい」

 あまりにゼーゼーしてるので、早く落ち着かせてあげたい。

「ダメ、で、しょうか……?」


 何だったっけ。部屋に行くって話だっけ。

 私は高速でうなずいた。青柳先生、ちょっと横になった方が絶対にいいし。


「あ……あり、がとう、ござい、ます……」

 先生はホッとしたように微笑んだが、過呼吸で超絶具合悪いから地獄の使者の笑みみたいになってるよ。ちょっとコワイ。


「じゃ……案内……しま……」

 すごい咳き込んでよろけた。青柳先生の顔がすぐ傍に来る。

 近っ。昨日のことを思い出して、私の心臓も止まりそうになった。


「す、すみません……!」

 先生も真っ赤になった。具合悪そうな人が顔を赤くするとますます具合悪そうなことに。

「だ、大丈夫です。気にしてないです。それより先生、とにかく落ち着いて」

「すみません……」


 氏原。肩貸してやれよ。先生、倒れそうだよ。

 と思って探したら、あれだけ空気読まずに割り込んで来ていた氏原がなぜかエントランスを出てマンションの外にいた。

 私に向かい、ガラス越しにいい笑顔で親指を立てる仕草をして見せる。

 何やってんの? ねえ何やってんの?

 あんたの謝罪だよねこれ。そしてあんた、まだ一言も先生に謝ってないよね。どこ行くの?


「あの……西浦さん……部屋……」

 青柳先生のいい声が、耳元でゼーゼーと囁く。こんなにゼーゼーしてなかったら甘いシチュエーションだったかもしれない。

「わ、分かりました。部屋までお送りします」


 私は先生からアップルパイが入った紙袋を奪う。こんな具合の悪そうな人に荷物持たせてたらダメだ。

そして少し身を寄せて肩を貸すように立った。

 身長が違い過ぎるからあまり役に立たないかもしれないけど、何もないよりいいだろう。

「あの、良かったら私にもたれかかってください」

「えっ」

 先生は絶句した。


「い、いえ、それは……(咳) 良くない……(咳) そんなことは……(咳×∞)」

「せ、先生?! 青柳先生、しっかりしてください」

 あわてて先生の背中をさする私。……触っちゃったよ。触っちゃったけど、この状態じゃ仕方ないよね?

「あの、そこそこ力ある方なんで大丈夫です。遠慮しないでください」

 今はやってないけど、高校ではアーチェリー部だったし。


「で、でも……(咳+咳+咳)」

「いいですから! もう行きますよ、ほら」

 私は出来るだけ先生をかつぐようにして(身長差があるから限界があるけど)、手を掴んで引っ張った。あ、膝、痛っ! 青柳先生の体重もかかった分、痛みが増した。

 だけど先生の方が私より具合悪いし、とにかく早く横にならせてあげたい。頑張るんだ私。


 自動ドア……あ、オートロックだから開かないんだ。

「すみません先生、開けてください」

「あ……はい……(咳)」

 先生はもそもそとオートロックを解除する。自動ドアが開いて、私はエントランスからマンションの中に足を踏み入れた。


「何階ですか?」

 エレベーターに乗ってからたずねる。

「そ……その……八階……804……です……(咳)」

 そこそこ上の方だね。最上階じゃないところに、何と言うか青柳先生の奥ゆかしさを感じる。



 八階について、案内してもらって先生の部屋へ。

「あ、あの……」

 鍵を開けようとしながら、先生はぼそぼそと言う。

「い、今さらなんですが……(咳)……本当に……(咳)……いいんですか……(咳)」

「いいから早く開けてください」

 あなたは一刻も早く横になった方がいいです。


 ドアが開いた。

「ベッドはどこですか?」

 と聞いたら、青柳先生が死にそうになって玄関で崩れ落ちた。

 あ。あまりに具合が悪そうなんでつい救急隊員の気持ちになっていたが、いきなり寝室見せろとか失礼すぎるよね。


「し、失礼しました。他にどこか……」

「……と……とりあえずリビングへどうぞ……しょ、正面です……」

 ということでリビングにお邪魔した。


 リビングは……何かよく分からない機械でいっぱいだった。大きいテレビの他にモニターが三台くらいあるし、高機能そうな音楽キーボードも二台ある。

 もしかして仕事部屋兼用? ここで私が愛するあの名曲たちが生まれたのかな。

 今更だけど私、青柳先生の自宅に足を踏み入れちゃっているんだなあ。ちょっと感動かも。ゲーム機も複数転がってるけどそれは気にしないことにしよう。


「その……ゴチャゴチャしていて申し訳ありません……」

 いや、配線とか機械の配置はちょっとゴチャゴチャしているけど、部屋自体はむしろすごく綺麗なんじゃないだろうか。床のフローリングもピカピカだし。

 男の人のひとり暮らしってもっと散らかってるのかと思ってたよ。ん? ひとり暮らし? あれ? ひとり暮らしだよね先生。うん、家族が住んでる感じはしないし。あれ、これって。


「あの……適当に座って……今、コーヒーでも……」

 ゼーゼー言いながらよろよろとキッチンに向かおうとする先生を見て私の思考は逸れた。そんな気遣いはいいです!

「先生は休んでください。えっと……」

 寝心地良さそうなソファーあった。

「こちらで横になって。とにかく息を整えてください。お水いりますか?」

 来る途中にコンビニで買って、まだ口つけてないのがある。


「あ……いえ……」

「本当に? 遠慮しないでくださいね。救急車呼んだ方が良ければ言ってください」

「それは……大丈夫です……その……寝てれば……多分……治まる……」

「じゃ、安静にしていてください。落ち着くまで傍にいますから」


「そ、傍っ……」

 また咳き込んだ。大丈夫かなこの人。

 と思ったら、がしっと手首を掴まれた。先生、意外と力強い。あと、手も大きい。

「あっ……あの。話……その、話、を……」


 ああ、そもそもそれがあったんだっけ。

「はい。うかがいますから。でもまず先生は体調を整えてください。落ち着かれましたらちゃんと聞きますから」

「本、当、に……? かな、らず……」

「はい」

 何か遺言聞くみたいになってきた。


 だけどそれで先生はちょっと安心したみたいで、私に背を向けてソファーの中で丸くなる。

 さて、私は先生が落ち着くまで何をしてようかな。新たな氏原の悪行を係長にバラすか。


 と思って携帯を手に取ったら氏原から、

『がんば(ハートの絵文字)』

 とかいうメッセージが来ていた。


 ふざけるな死ねと言ってやろうと思ったが、履歴が残るSNSで『死ね』はさすがにまずいので、既読スルーという手段で冷酷に対処することにした。

 具合の悪い青柳先生を私一人に委ねるとか本当に何を考えてるんだろう。先生の担当を降りろ。



 私が氏原を告発する文章を延々と打ち込んでいる後ろで、青柳先生のしゅぴーしゅぴーという呼吸音が聞こえてくる。

 ……話って、あの話だよね。『言い訳したい』って言ってたものな。

 釈明じゃなくて言い訳なのが潔いって言えば潔いな。あれを晒しておいて『誤解を解きたい』とか意味不明なことを言っていた氏原とはやっぱり違うね。


 あれ。ものすごくものすごく今さらなんだけど。

 これヤバくない? ひとり暮らしの男の人の部屋に上がり込んでるって、私、もしかしてヤバくない?


 あのやりとりから察するに、多分に酒の勢いはあるにせよ青柳先生は何と言うか私のことを女として見てくれている人。

 あ、でも面と向かって『根本的に女じゃないんだよなあ』とか言いやがった氏原さんも、私のケツはエロい目で見ていたようだからその辺りは連動しているとは限らないのか。あーもう男ってよく分かんない。


 ともかく、私はこれまで周りからあまり女の子扱いされたことがないのだ。正に氏原が言っていた、『生物学的には女でも』ってヤツ。中味を女の子扱いしてもらえないのである。

 男友達とは、正に男同士の付き合い。エロ話とか平然とされる。多分それが私がセクハラに耐性がある理由だ。


 あの高一の時の事件だってなー。

 保育園から一緒の幼なじみが土下座したと思ったら、

『真帆って女だから穴あるんだよな? 頼む千円やるから一発やらせてくれ!』

 って言ってきたという身もふたもない話だったし。

 断ってたら最終的に五千円まで値上がりしたけど、そこでブチ切れて『寝言は寝て言え』って腹パンして帰らせたよ。今思い出しても安いにも程があるだろ、乙女の純潔なめんなバカ野郎。


 まあそういうわけで。純正な意味で女の子扱いされたことの少ない自分は、酔っ払いのたわごとでも『結婚したい』なんて言葉を目にしてしまうとそれだけで動揺してしまうのだ。

 あ、ダメだ。私も頭に血が昇ってきた。メッセ。チクりメッセに意識を集中しよう。



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